434話 災厄VII 竜とは何か
竜は元々蛇なのか、蜥蜴なのか、ワニなのか、竜巻、川、それとも……
黎き竜は、ジタバタと身を捩っている。
無駄だ。
───テンイ デキヌ ナゼダ!?
空間が歪んでいるからな。転位は力業のようでいて、精密な術式だ。
俺とて、教皇領からここまで転位するには、ルーク達の共鳴が必須だったからな。
───グゥゥァァアア
魔力を吸収されるのは、竜にとっても苦痛のようだ。
人に為したことの報いだ。
全ての棘の魔力は既に下がっており、しばらく充填は無理に違いない。このまま魔力を吸い続ければ。
───ドイツモ コイツモ ヤクタタズメ! モハヤ イラヌ!
どいつも?
───グェェエァアァアアア……
何のつもりだ。
上体が倒れたことで、上腕が捩れて激痛が強く走っているのだろう。
何?
3本の棘の根元が、不気味に紅く輝いた。
───ギギュェェエ……
次の瞬間───
棘が弾けるように飛んだ!
くっ! 避けるのは容易いが。それでは、王都に直撃してしまう!
王都を護る障壁には、竜の息吹を防ぐ力しかない。
【魔収納!!】
恐るべき速度で向かってきた長大な棘は、目の前で失せた。
しかし、それは2本。
やや離れた1本は。
【魔収納…………駄目か!
収納範囲の遙か外。
重力加速度を受けて、王都に向けて加速。
転位───
駄目だ。竜の戒めが外れる。
閃く!
【熾電弧!】
目映い白紫の荊が稲妻の速度で伸び、棘に絡みつく。
瞬時に昇華し、錐体が白く煙った。
時間が───
加熱が不十分だったのか、白熱した棘は消えることはなかった。
大きく土煙が上がり、遠雷のような音が響いた。大地に突き刺さったのだ。
しかし、王都が纏った蒼い蛍光は健在だ。
「なんとか、逸れた」
熱量を片側に寄せたことで、棘の一部が爆発的に昇華した。そのガスの膨張圧力で軌道を変えることができた。
あの場所は……一瞬墜ちた場所が頭を過ぎるが、問題はこっちだ。
───滅ぼす
【夢幻刀!】
念を込めると、右腕が蒼く輝き始めた。
降魔の利剣。刀身は虚無にして眼には見えず。だが、斬れぬ物なし。
これで終わらせる。
───ヤメロ ヤメロ グォォォ……
むっ!
黎き竜の周りに、靄のような光量子が煙った。
星の灯りが七色に分光し、時の歩みが止まったように感じられる。
竜?
見るからに小さくなった黎き竜を庇うように、3つの炎が遮っている。
朱、蒼、金の炎色。
───ニンゲンヨ クロキモノヲ ホロボシテハ ナラヌ
何者だ!
───ワレラハ セカイノ シュゴリュウダ
守護竜………5成竜か?
黎き竜含めても4体しか見えないが
───5ニシテ1 1にして5
ああ、頸元に生えていた棘。あれはこいつらなのか。大きさも形もまるで違うが、色と言い魔力の波動と言い、重なるように同じだ。
仲間の命乞いか。それは、聞けぬ相談だ!
───マテ ワレワレハ アヤツラレテ イタノダ
───ソレニ 2タイガ リンネスレバ セカイガ ホロビルゾ!
知ったことか!
邪魔をするならば、諸共に滅ぼしてくれよう!
「あぁぁぁ、ちょっと待ってくれないかな、ラルフ君」
なぜか、聞いたことのある声がした。
3つの炎の前に現れた人型は豹頭───
その姿を見て、何者かを思い出す。
「僕のことを思い出してくれたようだね」
「天使が、邪魔をするのか?」
「いやいや。そんな恐い顔をしないでよ。ラルフ君のためを思って止めているのだからね」
相変わらず恩着せがましい。
「俺のため?」
「うん。君のためであり、この星に生きとし生けるもの全てのためさ」
「ふん」
夢幻刀を霧散させる。
「ふう。神通力に意識を乗っ取られていなかったんだね。少し安心したよ」
「話を逸らさないで貰いましょうか」
「だから、顔が恐いって! 竜脈だよ、竜脈。この星の各地に、魔素を還元して噴き出す地点が存在していることを知っているよね。ほら。何時だったか。ラルフ君も訪れたよね?!」
「それが?」
「君達の言語でも竜脈というぐらいでね、あれは竜そのものなんだよ」
「竜そのもの?」
「そうそう。竜は、いわゆる生物の形態を取ってはいるけど。ネットワークであり、惑星規模の浄化システムってなんだよ。君らは下界で気楽に魔術を行使するけど、そもそも何の代償も無しに使えていると思う?」
何が言いたいのか?
「下界で魔術を行使すると、魔素の固有振動数が変わり虚数化するんだよ。ああ、神通力に通じたラルフ君は、自ら魔束を循環させて励起する……なんてこともしているから、その環から外れることも可能かも知れないが」
むう。
「魔術を使わないとしてもだ。生命活動自体でも、魔素は消費される。それを、そのまま放置すれば、魔術を発動できなくなるだけではなく、生命維持すら困難になる」
豹頭の天使は、一瞬表情を歪めた。
「竜が還元しなければ、魔素はどんどん虚数化し、まるで窒息するように生物は生きていけなくなる。つまり生物にとって竜は必須ってことだよ。でもね。竜だって完璧じゃない。長年にわたる魔素の還元には老廃物というか澱が溜まってね、それを定期的に竜1体が持ち回りで輪廻して廃棄する必要がある、それが……」
「災厄とでも?」
「そうそう。いつもながら、察しが良くて助かるよ」
竜の輪廻とはあの忌まわしき昇華のことか。
「その還元とやらのために、人間の生命を生け贄にすると!」
「多少の犠牲はやむを得ないね。そもそも魔素を虚数化するのは、君達生ある者達なのだからね」
豹頭を睨み付ける。
「ああ、ごめん。しかし、今回はもう大丈夫だ。ラルフ君が、この世界の理を大幅に破って、3竜分も澱ごとどっかに吸い尽くしてくれたからね。これから、この星の公転で千回は廃棄が必要なくなった。僕が保証する」
「それで、審査官が下界まで出張ってきたのは、何のためです?」
「えっ?」
「あんたは、この星でエゴゥーが起ころうと起こらなくともどうでも良いはずだ。違うか?」
「うっぅぅくぅ……」
豹頭が歪む。
「さっき、朱き竜らしき炎が言った、我々は操られて居たと」
「うぅ」
「竜を操ることができる存在と言えば、神……あるいは天使」
竜を象る炎が、肯定の念を送ってきた。
「そっ、そうだけど……いっ、いいや、僕じゃない。僕じゃないよ」
豹頭の天使は、腕を突き出して手を横に振った。残念なことに、この天使は嘘を言ったことがない。本当のことは隠蔽するが。
「でしょうね。あなたはいつも自分の手を汚さない。これも北方天使会とかいうことですか?」
「いやあ、ラルフ君は察しが良すぎるよね。あははは……フグゥゥ……」
拳の先に手応えがあって、豹頭の天使が身体を折った。
「派閥争いに、下界の者を巻き込むな!」
「きっ、肝に銘じるよ……ああ肝なんてなかった」
睨み付けると、姿が消えた。
そして、炎達を振り返る。
「次に会った時は容赦しない。憶えておけ!」
「ほらほら、お許しも出たから、君も早くアストラル化してさ、姿を隠すんだよ」
豹頭天使の声だけが響いた。
黎き竜の形が曖昧となって、炎に加わったかと思った刹那。目映い光が尾を引いて、四方に散った。
†
白い空間に高次情報体は戻って来た。
「ソーエル首席審査官殿。お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま。あいつらは?」
「煉獄への護送を完了しました」
「そう。ご苦労様」
豹頭の天使は、己が腹を摩っている。
「どうかされましたか?」
「やだなあ。これで視ていたんでしょ。お陰で、数十万周期ぶりに痛覚を意識させられたよ、まったく」
「見ては居りましたが……なるほど。お身体をアストラル化されたのですか。その必要性がよく分かりませんが」
「いやあ、彼の霊格は高いから、記憶を消しても潜在的な不満が燻るんだよ。それが臨界に達する前に、少しでも解消できるなら、それに越したことはない。そう判断してのことだよ」
「ふふふ……」
「あれ? どうした」
「今回は他にも、あの人間の血族にも、霊格ポイントを与えるなど、随分情け深いお気遣いかと拝察致しますが」
「まあね。北方天使会を完全に骨抜きにしてくれた恩もあるし。ああ、子供へポイントを回したことは、ラルフ君へは内緒にね。彼のことだから、子供にも天界バイトをさせる気かって、却って恨まれかねないよ……ああ、でも、その線はアリか」
豹頭は、天使とは思えない表情を浮かべた。
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2022/09/10 誤字訂正,細かな変更
2022/09/16 脱字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




