432話 災厄V 極光と絆
絆って糸を半分って思ってたら違ってた。
父上が、遠い地で戦っている。
椅子がなくて、木箱に座ったフラガが僕の手を取る。僕を勇気づけようとしているのか、力が籠もっている。
その後は、じりじりと状況が分からないまま、時間だけが過ぎていっていたのだけど。突如、目の前の魔導器が輝き始めた。そして、地下にある本体が唸りを上げる。
「スパイラス、魔導障壁緊急展開。繰り返す緊急展開!」
「ディアナ卿、どうした?」
女の人の声が聞こえた数秒後。魔導器が眩き蒼い光の筋を放って、頭上で渦巻いていく。天井も屋根もまるでなくなったように透き通る。
そうだった。この建物自体が魔導器って父上から聞いていた。そして、地下にある本体が稼働し始めた。
渦巻いた無数の淡い光の襞が、星が瞬く夜空に広がっていく。
なんて美しい。
北の果ての地で見られる極光とは、こんな光景なのかも知れない。
僕は夢見る思いで見上げていた。
だが、その思いは突然終わる。
腹の底に、重い何かがのしかかってきた。
「ここに来るようだな」
パロール卿がこっちを見た
なにが? 竜?!
「腹を括れ、ルーク。ラルフが来るまで耐え抜くぞ!」
なんて力強い!
「来たぞ!」
空を覆わんばかりの黒い塊が見えた。
あれが───
竜がどんなものか知らないけれど、全身が総毛立った。
『全隊員に警告! 黎き竜は聖都上空から何処かへ転位した。厳重警戒。発見次第、報告願う』
「父上!」
空に紅い焔が灯った。
「うぅぅ……」
おぞましくも強烈な光が、空から真っ直ぐにこちらへ墜ちてくる。
呑み込まれる───
思わず目を瞑りかけた刹那、光の襞に当たって歪む。地響きと共に大きく城が揺れる。
何が起こったのか?
分かることと言えば、まだ僕は生きていることだけだ。
「くぅ。なんて威力だ。これが成竜のブレスか。だが、ラルフの造ったこいつも負けちゃあいない」
そうか。父上の魔導器が、障壁でブレスを弾いて僕らを守ってくれんだ。
「ルーク。また来るぞ!」
バロールさんの叫びで身構える。
───再充填を開始します
ぐぅぅぅ。
躰全体から力が抜ける……魔力が吸われているんだ。
その代わりに。魔導器が再び明るさを取り戻していく。
そう。幼い僕が、直々に王宮に呼び出された理由。この巨大な王都を覆い尽くす魔導障壁の動力源となるためだ。
ハァハァハァ……
こんなの初めてだ。躰が重い。
「ルーク様! この椅子ですね! この椅子が、ルーク様を!」
フラガは、僕の腕を引っ張った。
勘が良い。
魔力充填機構である椅子が、僕から魔力を吸い尽くそうとしているのが分かるんだ。だが。
「離れろ! フラガ! これは僕の使命だ!」
───第2射来ます!
くぅ……父上 父上───
†
ルーク?
ミストリア王都か!?
『ミストリア王国スパイラスが、黎き竜の攻撃を受けた! 繰り返す……』
ディアナ卿の声。
【勇躍!】
真っ暗な空の高見から、一瞬で灯火目映い部屋の中へ!
「えっ? あなたぁ!」
そこには、大きな眼をさらに見開いたクローソが居た。座って居る椅子から、跳ねたように立ち上がる。ここは、聖都内の宿舎だ。
「時間が無い。これから来る者を守れ!」
「はっ?」
「少し離れろ!」
まだまだ問いたそうにしているクローソを手で制して、丹田に魔力を集め循環させる。
我ながら、信じられない勢いで魔圧が上がる。
「行ってくる」
【対滅生!!】
魔術は、足下を揺らし轟音を上げる。
気が遠くなり、音が消えた。
†
何とか……第2射を耐えきった。
「ぐぅぅ……」
再びの魔力吸引を受けながら、隣の席にいる僚友の子を見る。
───魔力充填速度低下 繰り返す 充填速度低下!
くそぅ、充填が終わらない。
さすがに初回と同じようには行かないか。
この魔導器は、竜に対抗して障壁を張るのだが、ブレスが直撃し続けている間、魔力を消費する。魔力が空になった今は、また充填しなければならない。
それが俺達の役目。
だが。この仕組みは、そう何度も魔力充填することは想定していない。
そもそも俺達の方が持たない。
1ヶ月前。
この魔導器を試験した時に、魔力充填をできる魔術師を選抜した。が、合格したのは、俺とグレゴリー卿のみ。1回の充填に耐えられたのは、この2人だけだったのだ。
俺は、もっと多くの魔術師を並行させろと、ラルフに掛け合ったのだが。
『多ければ良いというものではありません。吸引される側の魔界強度が違いすぎると、逆流してしまいます。難題ですが……災厄までになんとかします』
どうするのかと思ったが、これかよ!
ルークは、苦悶の相で身を揺らしながら耐えている。
僅か6歳で。
俺は、なんてことを許しているんだ。賢者と呼ばれ、いい気になっていた大人でも、この体たらくだ。
並み居る上級魔術師でも耐えられなかったんだぞ!
ルークの魔力量が高いのは認めよう。
魔力消費耐性も強い。
なんて餓鬼だ。
だが、餓鬼が味わって良い責め苦ではない。
「はぁはぁはぁ……おっ、おい。そこのフラガと言ったか!」
「はっ、はい!」
少しは歳が行った、少年が跳ね起きた。
「椅子から、ルークを引っぺがせ」
「はっ? でも……」
「だめだ、フラガ!」
「いいから、引っぺがせ! 後は俺と爺がなんとかする! 早く引っぺがせ! おい! 聖獣、お前もなんとかしろ!」
聖獣がゆっくりと立ち上がると、暴れるルークの服を咥え、引っ張り上げた。
───魔力充填速度 低下!
それで良い。子供まで巻き込むことはない。
「はぁぁあああ」
死ぬ気で魔力を振り絞る。
「だめだ、セレナ。僕を降ろせ! 父上と約束したんだ。この王都を護るって、約束ぅぅ……父上?」
なんだ───
不意に魔圧が高まり、肌が逆立つ。
ルークの声音が途切れ、目映く光った。そして、弾けるように光の粒へ変わっていく。
彼だけではなく、脇に居た少年も、聖獣も!
何が起こっている?
光の粒は無為に解れ、象っていた彼らの形は失われた。
そして、再び凝縮していく。
うっ!
目も眩む閃きの後、人型に結実していた。
「ラルフ!」
涼やかな面持ちの美男子が、白く魔晄を纏いながら不思議そうな顔で立っていた。
「おい。ラルフ?! ラルフだよな?」
こいつのことだ。国家間転送が使えなくともなんとかするとは思っていたが。どうやったんだ?
ルークが居ない……セレナも、フラガも?!
こいつが現れたのと関係あるのか。
「ふぅぅぅ。グレゴリー卿に、バロール卿……ここは王宮か」
「ああ、大丈夫か? お前は教皇領に居たんじゃないのか?」
問いに答えず、ラルフは見上げた。
いつもとは雰囲気が違う、まるで別人のようだ。
このような状況にも拘わらず、微笑を湛えてさえいやがる。
───魔力充填速度 さらに低下……充填完了
ラルフは、さも面白くないように、魔導器へ手を翳すと、警告音が突如途絶えた。
一瞬かよ。
「おっ、おい」
ラルフはこちら顧みもせず、ゆっくりと見上げた刹那、掻き消えた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/08/27 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます),少々表現変え
2022/09/24 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




