429話 災厄II 決戦始まる
強大な敵相手に,心を折らないようにするにはどうしたものですかねえ。
暗闇が占める虚空に火が灯る。
怖気を催す息吹が迸った。
蒼白い光束は、以前とは比べるべくもない高温高圧───
避けた次の刹那、第2射が閃く。
さらに第3射、第4射が追ってくる。数瞬前、俺が居た空間を、恐るべき熱線が薙ぎ宙を焼く。
俺は錐揉みの軌跡で全てを避けきる。
だが余裕はない。
何発撃てるんだ!
以前は、連射すらできなかったというのに。
災厄に際して強大化したか。
その思いが、心に重くのし掛かる。
だとしても、超熱量を吐き続けられる訳がない。
しかし。
疑問が消える前に、次が襲い来る。
生きた心地がしない時間を長く感じるが、おそらく1分と経ってはいない。
周囲の宙を焼き、上昇気流を生成するが、ブレスが不意に途切れた。
2秒、3秒……無音が闇を圧する。
ようやく息切れしたか。
思ったより長かったが、やはり無尽蔵の連射は不可能か。
それにしても、出現時よりも一回り小さくなったような?
むっ。
漆黒の空間に突如無数の光粒子が燦然と煌めいた。その中心、竜の頸元に吸い込まれいく。
光粒子が失せると、ドクッと鼓動の如く波打った。その効果なのか? 竜に魔力が再び漲る。
やがて、竜の体格が、元の大きさへ戻った。
痙攣?
闇色の躰に、眸と赤味が差した。
何か違和感がある。おそらくは見た目の問題なのだが。何だろう?
───サア モウ イチドダ
魔力を周囲から補給できるならば、無尽蔵と同義。
流石に考えなしに撃ちまくりはしないか。
まあ、似たようなことを俺もやってはいるが、ここまでの規模ではできていない。
だから体内で呼び水となる魔束を循環させて、励起するのだが。
いや、やはり変だ。
そもそも、通常空間にそれ程の魔素が充満しているとは思えない。
つまり熱量収支が説明できない。
その思いに気を取られたか。避けきれなかった高圧高温のブレスが、紙一重で魔導障壁を擦過していく
ちぃ!
───チョコマカト イツマデ ヨケツヅケラレル カナ?
そう。このままでは、俺が不利だ。
1撃でも当たれば、それまでだ。
仮に魔導障壁で耐えきったとしても2撃、3撃と追撃を受け、消滅は必定。
あれだ!
頸元──
先程魔素を吸引した、大きな黄金の棘が暗くなっている?
やはり! 青色と赤色の棘に比べて、明らかに暗い。
さっきのあれと、何か関係があるのか?
もしかして! よし! あれで行く。
俺は、闇に紛れた。
───ドコヘイッタ……
竜の念が途切れた。
完全なる黎。真の闇。音もない。
亜空間だ。
目には見えずとも、位置は分かる。
再び現世へ。
竜の上背が見えた。
【竜爪白炎!】
ブレスの熱量には比肩できぬが、白熱の光炎が竜を灼く。
その成果を確かめぬまま、再び闇に潜む。
数秒も経たぬ間に、再び現世へ浮かび出る。
【竜爪白炎!】
───グァッ ドコダ?! ドコニィ……
再び亜空間に潜り、やや間を空けては浮かび上がり、攻撃しては潜る。
そう。
イーズ帝国の特級魔導師ファラム女史の戦術そのものだ。
中々に厄介だったからな。
真似させて貰った。
白煙を上げつつ、俺が居た上空へ向け、ブレスを何度か撃ったようだ。
次に現れた場所は、竜の目前。
鼻先の数十ヤーデン。
【竜爪白炎!】
竜が、顎門を開ききる前に発動───
しかし。
確たる損傷までには至らない。
何たる剛さだ。
───バカニ シオッテ!
再び亜空間に潜ると、常闇の界壁が赤らみ、そして弾けた!
現世と因果律を極限まで落としたこの空間に、赤黒い鉤爪が現れる。破れた境界に手が掛かったのだ。
ふう。
ふつふつと背筋を冷たい恐怖が登ってくる。
何時以来かの感覚。
そして、巨体がぬるりと入り込んできた。
眼が合う!
───コノヨウナ トコロニ ヒソンデイタトハ
───オロカナ ジブンデ ジブンヲ オイコムトハ
確かに、ここは死地。
竜の憎悪が眼に宿り、顎門が劫火を孕んだ。
†
教皇領でエゴゥーが起こっていた頃。
ミストリア王宮でも、平常時では起こりえぬことが始まっていた。
「はあ……緊張しました」
王宮内の大広間から長い廊下を歩いて辿り着いた控え室。
同行のダノンさんが明朝迎えに来ると言い残して部屋を出たあと、フラガは溜息を零した。
先程の大広間でのことを言っているのだろう。
「うん。国王陛下に拝謁したのは初めてだからね。僕もフラガも」
「いえ。ルーク様は、普段のように堂々とされていて、ご立派でした。母にも見せてやりたかったです」
「ああ」
生返事しながら、拝謁時の受け答えを反芻する。
『ラングレン子爵家、長子ルーク殿御入来!』
広間の中程へ歩き出したけど。我ながら、ぎごちなかったなあ。
『拝謁の栄に浴し、恐悦至極に存じます』
あれは、うまく言えて、ちゃんと跪くことができたと思う。
『そなたが、ラルフェウス卿自慢のルークか。良く顔が見たい、近う寄れ』
『はい』
皆、国王陛下は怖い人だというけれど。優しそうに笑っていた。数歩近付いて再び跪く。
『うむ。父譲りの賢い顔付きだ。よく来た。クリスティナが会いたがっていたぞ』
えっ!
『はっ……はあ』
びっくりした。
『ははっ、済まぬ。からかったわけではない。本当のことだ。こたびは、そなたの肩の上に、この国の未来が懸かることがあるかも知れぬ』
確実にからかっていたよね。
『もったいなきお言葉。父が聞けば喜ぶと存じます』
『そうか……6歳の童に託すことになったのは、心苦しいと思っていたが。どうやら、ラルフェウス卿の言うことが正しかったようだ。よろしく頼むぞ』
はぁぁ。責任重大だ。
身が竦む思いがする。だが、泣き言など言ってはいられない。
父上と約束したのだから。
あれだけ訓練したのだ。僕はできる!
ん?
年配の人が控え室へ入ってきた。
「では、ラングレン殿ご一行は、待機場所への移動をお願い致します」
侍従とかいう人だ。
「はい」
僕は、立ち上がった。
いよいよだ。
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訂正履歴
2022/08/06 誤字訂正、少々加筆。
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 竜の表記統一
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




