428話 災厄I 出現
まだ先の話だぁと思っていても、確実に期日は来るもので。仕事が立て込んでいるけど……免許書き換えに行かなきゃ。
「んんん」
隣でクローソが眠たそうに目を開いた。
「おはよう」
「うぅん。おはよう。とうとう今日ね」
「そうだな」
月が替わり、3月となった。ゲル生活も4日目だ。
「あなた。少しは寝たの?」
「少しはな……起きるか」
「ああ、ちょっと!」
毛布を捲ると、白い裸体が顕わとなった。
「もう!」
†
昼になっても、どこからも竜発見の報は入らなかった。今では日が傾いてきている。
予想通りのため、特に焦りはない。
託宣からいって、竜が現れるなら夜だ。
早めの夕食を摂り終わった。
「バルサム!」
「はっ!」
「騎士団を連れて、聖都内の宿営へ戻れ」
「承りました」
予め申し合わせた通りだ。始めは、俺の留守にこの駐屯地を守ると言い張っていたが、守るべきはここではないと説き伏せた。
それを知らない者が、1人居た。
「えっ、騎士団……帰っちゃうの?」
目が泳いでいる。俺が出撃すると、自分だけが取り残されると思ったのだろう。
「もちろんクローソも一緒に聖都に戻るのだ」
「あっ、うん。でもここは、どうするの?」
「レプリー達は残る」
「なるほど」
†
「じゃあ、聖都で待っているから」
「ああ」
直前まで平気そうにしていたクローソは、目に涙を溜めながら口付けを交わすと、車上の人となった。
「出発!」
バルサムの号令一下、騎士団の皆は敬礼して、日暮れを前に駐屯地を後にしていった。
既に宿営を引き払っていたので、俺は国家間転送所の制御室に入った。椅子に座ると仮眠を始める。
2時間も寝たろうか。
『お兄様!』
首から提げた魔導具が、交信を始めた。
「ソフィー。何か兆しが出たのか?」
俺の魔導感知に反応はない。
『はい。間もなく、強大な災いが聖都の上空に現れます』
「そうか! 助かったぞ。ソフィー」
『はい!!』
素晴らしく浮き立った声だ。
どうやら俺を直接屠りに来たようだ。駐屯地滞在も無意味だったか。
【勇躍!!】
転送所を足下に見て、星達が瞬く新月の闇夜に浮かんでいた。
見上げると、晴れ渡った星空の一角が漆黒にぼやけている。
重力場の乱れ──
竜だ! 竜が転位してくる。
以前と比べるも悍ましい強烈な魔圧の塊───
「全ての戦隊員、並びにレガリア軍に告げる。ラングレンだ。聖都上空に黎き竜出現! 繰り返す、聖都上空に黎き竜出現!」
数秒の後、足下から轟轟たる号笛が押し寄せ、聖都全体が蒼白の光を放ち始めた。魔導障壁だ。駐屯地内の転送所も同様に障壁を張った。
来た!
亜空間の境界が見える。
以前とは段違いの巨体が実体化してくる。
しかし、その体積ゆえか受肉が遅い。
待ってやる義理はない。
【熾電弧!!】
暗闇が電離して、紫電が縦横に犇めくと、瞬く間に集束し、黒い影に殺到していく。
うねるように竜の表皮を舐めると、白い湯気が濛々と噴き出し、肉が灼ける臭いが漂う。
しかし───
竜は僅かに身動いだだけだった。
そうでなくては。数百年に渡る凶状の結末が、あっさり済むはずはない。俺としては済んで貰って一向に構わないが。
聖都の魔導障壁の光を照り返して、竜の全貌が明らかとなる。
デカい。
黒々とした巨体は、百ヤーデンを超える体長に膨れ上がっている。前に見たときとは段違いの大きさ。その上、隅々まで魔界を纏っており周囲を圧するばかりだ。
その重量は想像も付かないが、如何なる理屈が有るのか虚空に浮かんでいる。
あれが地に墜ちたら。
一瞬で聖都は半壊だろう。竜は地に付かぬと、東洋の賢者は言っていた。それに、壊してしまえば、都市へ来る理由そのものが失われ、人間達から生精気を吸うことはできなくなる。確証はないが気休めにはなる。
あれは何だ?
竜は大きくなっただけではなかった。前にはなかった、棘……いや角か? それも3本、首と肩の間から生えている。
赤、青、それに黄金にうっすらと光っており、棘周囲の高い魔界強度がひしひしと伝わってくる。
───ミツケタゾ
耳ではなく、脳が聞いた。
地の底から響くような、不快感のみでできあがった声。
聞いた事もない、音声とは言えない言語だが、意味は分かった。俺の言語能力とは如何なる魔術なのだろうか?
生まれてきてから、最も不可解だ。
竜の長い首が緩くこちらを向くと、禍々しい紅い瞳が眸と光る。
竜に好かれる趣味はないが……西洋の世界としては幸運なのかも知れない。
俺がヤツの目当てならば───
───キサマ サエ クビレバ ドウト デモナル
───恨みを忘れない程度の知能はあるようだな
以心伝心を強化して語りかける
───ナンダト?
───本能のみで生きているじゃないのか
【閃光!】
額の直前から、緑の光条が閃くと竜の顔を目掛ける。
しかし。
容貌が瞬時に歪むと、不可視の鏡でもあるように、閃光があらぬ方向へと捻曲げられた。
甘い!
キシャァォォーーー。
網膜に浮かんだ経路に向けて軸線をずらすと、緑の直線が3次元曲線へと屈折、貫通。敵の鼻筋を突いた。
竜が大きく身動いだ刹那、巨体を捻って音速の尾鞭が飛んで来る。
───はっはは!
軽く避けて、嘲弄の念を発する。
───ニンゲン ノ ブンザイデ!
緩やかに上昇しつつ後退すると黒竜も付いて来たが、2ダーデンで止まり、聖都を振り返った。
ならば!
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訂正履歴
2022/07/30 少々加筆、文章整え
2022/08/20 竜の表記統一




