427話 蠢動
人の数だけ立場と都合ってのがあるんですよねえ。
2月28日。
「ラングレン閣下、お待ちしておりました」
聖都を出て、すぐ近くにある教皇領内レガリア王国軍駐屯地へやって来た。
軍隊を持たぬ教皇領の代わりに防衛戦力を担う拠点であり、国家間及び都市間転送場自体を取り巻く防壁でもある場所だ。
今日から災厄が始まるまで、俺達はここで過ごすのだ。
「基地司令自ら出迎えとは、恐縮です」
馬車を横付けした司令部玄関に、わざわざ出てきてくれていた。マグノリア騎士団の物よりは、やや色褪せた蒼い制服の下腹は迫り出てきているが、黒々とした立派な髭を蓄えており貫禄がある。レガリア王国陸軍ベルティル大佐だ。
彼とは何度も顔を合わせている。
「なんのなんの。当基地に英雄を迎えることができて、光栄ですぞ。まあ、中へどうぞ」
司令部の建屋に入り、応接室へ通された。部屋は無人ではなく、壁沿いに会ったことのない高級軍人が2人立っていた。青黒い地の制服は明らかに一般軍人とは異なる圧を放っている。
「ここに居たのか。ああ、彼は……」
機嫌が良かった司令の表情がやや曇った。
「近衛師団第4連隊所属ロプト中佐であります。閣下の高名はラウムにも鳴り響いております。1度お顔を見たいと思いまして」
怜悧そうな眼差し。
第4……彼の国における近衛の実質的な連隊は第3まで。第4連隊は特務と聞いているが。ならば、うってつけの風貌なのかも知れぬ。
「初めまして」
「こちらこそ。ああ、司令。希代の英雄に、国家間転送装置の制御など些末なことをお任せするのは、如何なものでしょう。小官考えますに、もっと全人類のために成すべきことをお願いしたいものですが」
むっ。
口元には笑みを纏わせているが、ロプト中佐の目付きは酷薄さを隠し切れていない。
「いや。それはだな」
「司令。今回の聖都防衛に関しては、我が第4連隊に元帥閣下よりご下命戴いております」
「むう」
なるほど。
この駐屯地の責任者は大佐だが、エゴゥーが終わるまで中佐の方が兵権を握っているようだ。
「特定安全保障連盟における各国合意事項は、伝達されて居るかと存じますが? 中佐殿」
エゴゥーにおいて、どこに現れるか不明な竜に対応するため、国家間転送器の即応性を上げるため、その制御を新世界戦隊に預ける。というのは、各国の連盟委員で申し合わせた事項だ。当然ながら、連盟加入国は遵守しなければならない。
「さよう。ただ、それは、あくまでも原則」
「我ら軍人は、原則を守るのが任務。それとも元帥より何かあったのか?」
司令の支援がきた。
中佐の眉が上がり、下がった。
「これは、どうも。小官が気を回しすぎたようですな。これにて失礼致します」
敬礼すると、青黒い制服の2人は部屋を辞して行った。
それから15分程、大佐と話し込んだ。
†
「お待たせ致しました。猊下」
応接室には、窓の前に生成りのコートを身に着けた男が居た。
しかし、前袷を開けているため、中から白い聖衣が覗いている。
「ああ、中佐。如何でしたかな?」
入って来た青黒い制服軍人の片方に訊き返す。
「いえ。残念ながら……連盟の決定事項と言い張られまして」
「ふん。辺境のミストリア人らしい、いかにも頑迷だ。そもそも連盟などという汚らわしい代物が、光神の御心に適うとでも思っているのか……嘆かわしい」
「連盟には、我が国も加入して居るのですが」
「ああ、教団もだ。今上の猊下が御執心でな。あのような発光魔術に誑かされるとは……それはともかく」
猊下と呼ばれた男は嫌みを解さず、窓の外を見下ろした。
「あれは何かね?」
年嵩の方の軍人が、窓に近付く。
「ああ。ラングレン卿の騎士団宿営です」
司令部建屋から200ヤーデン程離れた練兵場に、立体的な幕を張っている。
「宿営?」
「ええ。司令は駐屯地の建屋提供を提案したらしいですが、辞退して……なんといったか?」
「ゲルです」
壁際に控えていた、もうひとりの軍人が答えた。
「そうそう。ゲルという布製の簡易住居ですな。東洋の物だそうで。そこに、泊まるようです」
「東洋……いちいち奇を衒えば良いと思っている節がある。何とも珍妙……彼らに似合いとも言えるが。それにしても、基地の中だから、油断しきっているようですな」
宗教人には似つかわしくない言辞。まるで煽るごとく。
「ははは……巷では世界最強の男と言われているようですが」
「超獣相手には天敵でも、軍には違うのではないですかな? なにより今は人間の味方のフリをしているが、エゴゥーの先には彼らこそ災厄になる、それが神の御心。危険と言わざるを得ない……」
「そうですか」
「いずれにしても、よろしく頼みますよ。中佐」
「了解です」
両者の間で目配せが終わると、猊下と呼ばれた男はコートの前袷を閉じて部屋を出て行った。
「中佐。よろしいので?」
「災厄終了後の世界は、どうなると考えるか?」
「終了後?」
「そうだ。このままいけば、ミストリアの発言権が強くなり過ぎる」
「そういうことですか……確かに。巨大超獣の対策開示、連盟設立の原動力となった各種技術の無償共有と来て、竜退治まで」
「いずれもラングレン卿が核に成っている。無論、全てにクラウデウス6世の政治決断があってこそではあるが」
「わかりますが。あのように生臭い聖職者の口車に乗って良いものか? その辺りが気になります」
「枢機卿とは立場は異なる。何も我々は、彼の邪魔をしようというわけではない。それとな。あれでも我が国出身の次期教皇候補だ。登極の暁には数個師団の価値はある」
「はっ!」
†
司令部から出て隊に合流すると、既に設営がかなり進んで居た。
騎士団の練度は、バルサムの指導で陸軍の部隊を凌いでいることは間違いない。
「お館様のゲルは、こちらです。では失礼します」
「ご苦労」
トラクミルが案内してくれた。
「へぇぇ。これがゲルなんだ。1個ずつは、それ程大きくないけれど。これだけ建ち並ぶと壮観ね。入っても良い?」
「ああ」
クローソは扉を開けると、やや腰を屈めて中へ入って行った。俺も後に続く。
「外から見るより、随分広いわね。なるほど、壁はフェルトなんだ」
目を輝かせている。相変わらず好奇心旺盛だ。
「クローソ。ゲルを見るのは初めてか?」
見せるのは初めてだが。カゴメーヌや王都で機会はなかったか?
「そうよ。ローザさんも、アリーさんも、あれは良い物よと言っていたけど。どんなもんだろうと思っていたのよね。それにしても、中は暖かいわねえ。この竈も焚いていないのに」
「うむ。これで東洋の寒冷地では、厳冬期でも過ごせるそうだ」
「やっぱり東洋の物なの?」
「元はな。ただ、これはミストリアで作らせた物だ」
「そうなんだ。駐屯地の建物には泊まらないと聞いて、どうするのかと思っていたけれど。ここで寝るのは楽しみね。夕食は私がこの竈で何か作るわ!」
「お手柔らかに頼むぞ!」
「えっ? どういう意味よ。私だってローザさんやナディさんに、筋は悪くないって言われているんだからね」
少しムッとしているが。素直に褒めるなら、筋が良いと言うはずだ。
「では、楽しみにしている」
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2022/07/23 少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2023/03/18 誤字訂正(ID:78534さん ありりがとうございます)




