426話 疎開
避難とは、住民に根刮ぎ……シンゴジラの台詞ですが。そうですよねえ。
災厄が起こると予言された3月1日まで、あと2週間。
ソフィーから打ち明けられた俺は、すぐさまミストリアのディアナ卿へ魔導通信で連絡を取った。
彼女も、大いなる災いの兆しを掴んでおり、委員会でも議題に挙げたばかりとの回答があった。
ただあと2週間で起きるとは、彼女は感知もしていなかったし、ソフィーからも聞かされていなかったようだった。彼女は、再度巫儀を実施すると言って通信を切った
数時間後、ディアナ卿から通信が来て、ソフィーの託宣通りの可能性が有ると知らせてきた。
『そこまで間近に迫っているとは……』
報告した総隊長殿は声を落としたが、ディアナ卿も同じ認識をしていると伝えると、特定安全保障連盟を通じて所属各国の政府に通告すると約束してくれた。
数日も経たぬ間に、何カ国かの巫覡の未来視により、エゴゥー3月1日説は連盟によって肯定された。西方諸国の多くから、近日危機的状況が有りそうなため、王都もしくは首都から住民の疎開を進めるとの発表が為された。計画を数年前から練っていたらしい。
無論、住人全員を移動させるわけにはいかない。それでは、疎開の意味自体がなくなるからな。
俺は超獣や竜を斃すことことばかり考えているが、多くの為政者達は臣民や国民のことをしっかり考えているようだ。当然と言えば当然だが。
†
『やはり、私も疎開せねばなりませんか?』
国家間魔導通信で、ローザと話している。
「ああ、乳飲み子と引き離すわけにはいかん」
ミストリアでは今から3日前の2月20日に、国家危機対策委員会から、疎開の方針が発表された。
期間は2月30日から3月2日まで。
人口5万人以上の都市から10ダーデン以内。おおよそ伯爵領都相当だ。
対象は、貴族および王族の男子13歳以上70歳未満以外だ。本人が在留を希望すれば、話は別だが。
また王都については、城外に住む者が居るので、その者達は10ダーデン以上離れなければならない。旅行者はその7日前から入城を停止している。
なかなかの強硬措置だ。準備がされていたとはいえども。だが、既に疎開は始まっており、報告に依れば、王都も徐々に閑散としてきているそうだ。それまでは結構な混乱が起こっていたと聞いている。
『ですが、ルークを残すのなら、母たる私も……』
そう。ルークは王都に残す。
地域的に対象外である我が領地に疎開するのは、ローザ、アリー、プリシラ、レイナ、リーシアだ。さらに執事とメイドの8割方引き連れる。
「王都は特段危険ではない。危険であれば王族が残るわけはない」
『そうかもしれません。であれば……』
「ははは。俺は聖都を離れられぬ。その上、ラングレン家が全て疎開したとあれば、王都を見捨てたと言われかねない。大丈夫だ、モーガンもエストも残ることになっている」
モーガンにも疎開を勧めたが、ご冗談をと一笑に付された。
それから、フラガがルーク様をお1人にできるわけがございませんと全く聞く耳を持っていない、エストはもちろん私もですと言い切っているそうだ。
全く頭が下がる。
『……わかりました』
声音が──
「うむ。今回の私的通信は特例だ。この辺りにしよう。ルークに代わってくれ」
『はい。ご活躍を祈念しております』
「ああ。ありがとう。俺も皆の無事を祈っているぞ」
罪悪感を断ち切るように、言葉を掛けた。
扉が開閉する音がして、数分が経った。
『父上!』
「おお、ルーク。元気そうな声だな」
『はい』
「うむ。どうだ、訓練の方は?」
『ゲドさんは、僕の筋が良いと仰っています』
「そうか。それなら安心だ」
『ただ。ゲドさんは、僕の出番がないことを祈るとも……』
「俺も祈っては居るが。出番が有ると思って、訓練するのだ」
『はい!』
「うむ」
†
夕食で、テーブルを囲む。
「ローザさんは、疎開の件を同意されたのですか?」
「ああ」
クローソは、眉根を寄せた。
「6歳の子を置いていくのです、辛いでしょうね……」
「クローソさん。ルークならば、問題ありませんわ。小なりといえども、貴族の子。況してや、我が甥、気味が悪いほど分別があるし」
ソフィーは真顔で頷いて居る。
「まあ、そうなんだけれど」
「それより、レイちゃんを引き離す方こそ骨が折れるでしょう。あの子は、兄にべったりだもの。まあ気持ちは分かるけれど」
後ろで、パルシェが顔を顰めている。
レイナか。
おっとりした娘だったが、3歳になった頃から、エリス嬢に似てきた気がする。
ソフィーの言った通り、兄と引き離されると分かったら、泣き喚くだろうな。命じた俺を怨むことだろう。アリーが魔術で寝かし付けて、連れ出すことになっているが。後で、私が怨まれるんじゃない? そうアリーが零していた。
†
「全員揃いました」
「うむ」
戦隊本部大会議室。
隊員が集った中、重々しく総隊長が立ち上がった。
「諸君。災厄が始まるという日が、5日後に迫った。それまでに隊員全てが集まるのは、今日が最後になるだろう」
この会合の名目は、最終決起集会だ。
「超獣、そして竜は人口が集中する場所つまりは都市を狙う」
そう。
超獣は、人間の魂もしくは生命力を吸収して、竜に昇華することを欲する。
竜は、自らの精力とするため、同様に人間の生命を欲する。
それが西洋における定説だ。
彼らの行動形態から見れば矛盾はない。
東洋においては、見方が異なるようだが。
俺にとっては、彼らの目的などどうでも良い。
竜による殺戮行動を阻む。それだけだ。
「残念ながら、どの都市に竜が現れるかまでは絞り切れていない。したがって、この会議が終わり次第、各隊は既に伝達の通り配置に就いて貰う」
確かに、ソフィー及び聖サザールを以てしても、出現場所については候補を7箇所以下には決めきれなかった。連盟各国の巫覡達の意見も同様だった。
致し方ない。
そもそも、託宣などそのようなものだ。
未来は確定していないのだから。
とはいえ、連盟がエゴゥー発生想定日を決めてしまったのだ。
実務者としては、対応しなければならない。新世界戦隊では西方諸国のいくつかに連盟の仮拠点を置き、各隊を駐屯させることになった。それぞれの場所は、国家間転送所のすぐ近くだ。
「各隊は、竜出現の初期対応を行うこととしている。他の隊が出現に瀕した場合は、通信にしたがって速やかに転送を使って駆け付けるように」
「「「はい!」」」
「うむ。良い返事だ。首都級の都市は備えを固めているが、忘れるな! 世界の安寧は諸君の肩に懸かっている。以後は各隊の判断に遵って善処することを望む。如何なることになろうとも、責任は……」
集会の場は、静まりかえった。
「全ての責任は、このカリベウス・ディースが負う。願わくは、再び皆と相見えんことを! では解散!」
「「「「ぉぉおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
†
決起集会が終わり。
新世界戦隊の各隊は、西方諸国に散っていった。
「ラルフェウス卿」
「はい」
「卿にも苦労を掛ける」
俺の駐屯場所は聖都。正確に言えば聖都郊外の、教皇領内レガリア軍駐屯地。
要するに国家間転送所だ。
したがって、俺は移動しない。
それで、未だに戦隊本部に居て総隊長殿と、こうして向かい合っている。
「いえ。自ら望んだことですから。苦労などと思ったことは、魔術師になって以来有りません」
本心だ。
「ふふふ。よい心掛け……そう言いたいところだが、それでは仕事に磨り潰されるぞ」
「潰されるようでは、それまでの者ということ」
「卿の言うことが正しければ、皆それまでの者ということになってしまうぞ? あっ、ははは……」
総隊長は愉快そうだ。
「それはそうと。教団の方は?」
「約束通り、妹御の話はしていない。災厄の託宣は、誰のものかは伏せてある」
「それは何より」
多くの巫覡の同意は得ているものの、発生しなかった場合の責任追及がなくはないだろう。さらに的中した場合も、現代ではないとは思うが、飼い殺しになった聖サザールの例もある。用心に越したことはない。
「うむ。教団の一派が、あれこれ探っては居るようだが。妹御は、本当にミストリアに帰さなくともよいのか?」
「はあ。本人が承知致しません」
「ほお、卿の言うことを聞かぬ女性が居るのか。それは興味深いな」
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訂正履歴
2022/07/16 文章の乱れ修正(Vagabond_2018さん ありがとうございます),誤字訂正
2022/07/28 誤字訂正(ID:632181さん ありがとうございます)
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/18 人名揃え:ルーナス卿→ディアナ卿




