425話 為すべきこと
為すべきことの見極めは難しいですね。
聖都に戻り、1週間が経った日。執務室で妹と2人きりで向かいあっている。
しかし、その人格はソフィーではない。今は聖サザールが取り憑いて、意識を乗っ取っているのだ。これだけだと、非常にまずい状況のように聞こえるが、取り憑いた方も取り憑かれた方も良好な関係と言っている。
俺としては、王都の館に居る残留思念体と同じように、ゴーレムに憑依し直して貰いたいのだが。
その気持ちを強くしているのは、目の前の光景にもある。
夕べ、ソフィーを通じて呑みたいと伝えてきたので、さっき魔収納からダンケルクの母から貰ったワインの逸品をグラスと共に出してやった。
だから、それをぐいぐい呷っているのは良いとしよう。
問題は、見たこともない溶けた妹の表情の方だ。完全に酒に飲まれる相だ。
しかし、まだ災厄が起こる時期と、場所を特定できていない現状では、俺が自重するしかない。
「どうだ、憑依するのには慣れたか?」
「ああ、慣れた、慣れた」
まあ、それは良かった。予言への悪い影響が抑えられそうだ。
「しかし! 若い女の躰というは良い物だ。特にソフィーは華奢でなあ、歩いても膝が痛くない。はっはは」
そんなことは訊いていない。
ソフィーの顔で年寄り臭いことを言うのは止めてくれ、あんたが95歳まで存命だったとしても。
ああ……足を組むな、足を!
祓 魔を! いっ、いや。今は我慢だ。
そのだらけきった姿を警護役が見たら、間違いなく逆上するぞ。
外で番をさせている騎士団の衛士では止まらんだろうなあ。今は機密性が高い話をすると言って、席を外させているから良いが。
「ふぅぅ、またこうして美味い酒を味わえるとは思っていなかったぁ、はぁ……」
「本当に、ソフィーの意識はないのだろうな?」
この酒に溺れる感じ……ソフィーに悪い影響が出ないか心配だ。
「ああ。お前の妹は寝かせてある」
念のために目を凝らしてみたが、幸いにもソフィー成分が皆無だ。命拾いしたな。
意識があったら、問答無用で祓魔しているところだ。
「大丈夫だ。ウィ……私の酒癖は移らぬよ。ソフィアは純粋で、良い子だからなあ。可哀想だ。ふぅぅ。それにしても、百何十年ぶりだからか、良く酒精が回るぅ、ふぅ」
それは時間では無く、躰の所為だ……宿主は13歳。しかも、相当な箱入りだからな、1滴たりとも酒を飲んだことはないはずだ。
兄を赦してくれ。この部屋から出る前に、完全に酒精を除いてやるからな。
「そぉんなに恐い目をしなくても、良いではないかぁ。こんなに酔うのは今日だけだ。そなたもあの愛妾と、海辺の宿でお楽しみだったのだろう?」
随分生臭い聖人だな。まあいい。黎き竜を滅ぼすまでの我慢だ。
「サザール殿」
「あぁぁ、その名では醒める、デルフェリで頼む。なんなら……妹よぉぉ! でも構わぬぞ、あはっはは……」
ちなみにサザールとは、彼女が生きていた当時の光神教団から強制された名前で、デルフェリという本名は亡くなるまで名乗ることを許されなかったそうだ。何をやったらそうなるのか? 別に興味はないので訊いてはいない。
「では、デルフェリ殿。あなたから見て、妹はどうなのだ?」
「うむ。そなたらの祖国の賢者巫女が見込むだけあって、霊感が高い。将来が楽しみだ。あの薬で、魔力欠乏の心配なく集中できているしな」
聖都へ来るに当たって、国家間通信魔導具をソフィーに渡してある。それを使ってルーナス女史とも頻繁に連絡を取っているようだ。
「そうか。ああ、妹は体調が悪くとも、省みず神託を受けようとするだろうからな。デルフェリ殿も無理をさせぬよう気を使ってやってくれ」
「ふふん。そなたも妹には甘いと見える……心配するな。無理といってもあと2週間程だ。持たせてみせる」
ん?
「何が2週間だ?」
「あっ!」
んん?
「いかぁぁん! 私は、いつも酒に呑まれる……」
「……自己嫌悪する前に話せ!」
ソフィーの身体で頭を抱えるな!
「嫌悪ではない、反省だ」
「どちらでも良い。それで?」
「あっ、ああ……2週間後は、新月だ。竜が現れるにはうってつけだ」
「竜?」
「知っているのだろう。災厄が始まる」
竜と月と何の関係があるんだ?
「まさかとは思うが、根拠は月齢だけではないだろうな?」
「無論だ。ソフィーの託宣に出ている」
「聞いてないぞ。それにさっきまで隠そうとしていただろう。なぜだ」
「いや、それは……やめた。ああぁ、ソフィア、済まぬ! 無理だ。この男は誤魔化せぬ。……託宣を得たのがつい1時間程前だからだ。それで、ソフィーがまだ確信を持てぬと言ってな。もう少しお兄様には黙っていてくれと。そもそも予言に確信を持てるわけはないのだが。後は、今度は場所が分からない」
場所か。いや、時間だけでも分かれば対処のやり方はある。
「次の新月の日、つまり3月1日で間違いないのだな」
「十中八九はな」
まあ、そんなものだろう
「分かった。礼を言う」
「あぁ……ソフィアに合わせる顔がない……」
ん?
ソフィーが弛緩した、目を瞑って。眠った?
あれ? 聖サザール成分が消えている。
瞼の下で眼球が動いて……覚醒しそうだ、マズい!
【催眠!】
ふう。僅かな魔力を印加すると、また眠りがやや深くなった。
さっさと、酒精を抜かないと。泥酔した妹の姿なぞ見たくない。
ソフィーが身を預けるソファの後ろへ回り込む。
【快癒】
伸ばした腕の先から、緑の光粒子がソフィーへ降り注ぐ降り注ぐ……。
まあ、この位でいいか。
【覚醒!】
「うぅぅぅ……うんん。はっ! ここは」
「おはよう。ソフィー」
「おっ、お兄様!」
妹は、慌てて居住まいを正し、スカートの裾を抑えた。
大丈夫だ、乱れていないぞ。
「あっ、あのう。デルフェリさんは?」
「さあな。俺よりソフィーの方が分かるんじゃないのか?」
ソフィーから離れて元の場所に戻る。
「そっ、そうでした……あっ、胸の奥の方に居ました。反応がないんですが……お兄様とここで話していたんですよね?」
「ああ。あと2週間と言っていた」
妹は、可愛い眼を大きく見開くと、ぎゅっと瞑って項垂れた。
「もっ、申し訳ありません」
「何がだ?」
「託宣を得られたというのに、お兄様へすぐに告げていませんでした」
ふむ。
「ソフィーが話したくなった時に、教えてくれれば良いさ」
「しかし、この世界のためには……」
「では聞くが、なぜ俺に話さなかった? 頼るに値しないか?」
「めっ、滅相もありません。世界で最も頼りになります」
両手を突きだして否定する。うれしいが、親父さんには聞かれないようにしてくれ。
「お兄様は妹の私の言葉を信じて、事に当たろうとされますので。私の拙い技で、誤らせるわけには……」
却って、ソフィーに重圧を掛けてしまっていたか。
「勘違いをするな、ソフィー。お前の言葉を信じるのは、我が妹だからではない」
「でっ、では……」
大きな瞳が何度か瞬いた。
「信じるに値する者だと思っているからだ」
下瞼の縁に、みるみる透明な涙が溜まっていく。
「ソフィー?」
顎を突き出し、ゆっくりと上を向いた。
「わっ……私は、お兄様の妹として生まれて来たことが、あまりにも悲しくて、父母を呪いかけたことがあります」
えっ? なぜだ?
おぉ……。
俺を正面から見つめると、頬を幾筋も濡らした。
「確かにソフィアは勘違いしておりました。そうでした。お兄様はそういう方でした。いえ、それでこそ、お兄様です。全く私ったら」
穏やかな、それでいて誇らしい微笑みを浮かべると、ハンカチを取り出して目元を拭った。
「もう迷いません。私は為すべきことを為します」
「ああ。頼むぞ」
「はい」
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訂正履歴
2022/07/09 誤字、変な表現訂正
2022/08/09 文章乱れ、誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 竜の表記統一




