424話 反優生思想
生まれながらの将軍とか家光さんが言ったそうですね。どうかと思いますねえ。
聖都に戻って4日目。教皇庁に呼び付けられた。
別に俺は光神教団の一員ではないのだが、教皇は当地の元首であるので、手続きを踏まれると新世界戦隊隊員としても無視するわけにはいかない。
10時少し前、中枢地に到着した。
ここには、大小礼拝堂7つを含む広大な施設、いわゆるマグノリア大聖堂があり、信者含め一般人はそこばかりに目が行くが、他に世界中の光神教活動を司ると共に教皇領を支える行政官庁、教皇と在都枢機卿が住む場所もある。そこが教皇庁だ。
今はそうでもないらしいが、2百数十年前までは女人禁制の地だったので、今日の供はバルサムだ。
「こちらでございます」
古風でこぢんまりとした礼拝堂へ案内された。
昼間にもかかわらず薄暗い空間、その床に1人の男が額ずいていた。
捧げられている祈りのさまたげになることを憚ってか、小声で失礼しますと告げて案内の者が去った。
静寂が戻ると男は何事か口籠もるように唱え声が響く。ゆっくり手を広げた数秒の沈黙の後、立ち上がり、こちらを向いた。
男は冠を被り、白い聖衣の上に紅い肩掛けを着けている。
枢機卿だ。
「ラングレン。よく来た」
見知った顔だ。
「アマデオ座下。お久しぶりにございます」
会釈しておく。教皇猊下とプロモス首都で2度目に会った時に、傍に居て俺を詰問した、あの枢機卿だ。
ふむ。
普段倫理的に自粛している特定人物の魔導感知をやってみたが、やはり半径50ヤーデン内には、教皇猊下は居ない。
つまり、今日俺を呼び出したのは、この人ということだ。
俺に何の用だ?
どのみち、この不機嫌そうな面持ちからいって、好意的な呼出ではないのは明らかだ。
「ほう。よく私を憶えていたな。ならば話は早い」
枢機卿はやや口角を上げた。不自然な笑み。
「そなたは、我ら光神教団に話すべきことが有るであろう」
話すべきこと? 何が言いたいんだ?
それにしても、自分にではなく、教団にか。
「はて。特段思い当たりませんが」
「ほう。私はな、猊下程そなた達に理解あるわけでない。素直に述べれば心証は良くなるが。隠して居ることがあろう」
「隠す……私は、新世界戦隊の一員として。また、ミストリア王国全権委任大使として、申し上げることができない事項は、それこそ山のようにございます。それが何か?」
「ふん!」
俺の前を悠々と歩み、振り返った。
「先日、そなたは静養と称し、ケプロプス連邦へ出向いた。すると、間もなく同地に出現した超獣を駆除したそうではないか。偶然にしては、いささか出来過ぎている。何の根拠を以て赴いたのか?」
「光神様のお導きかと思いますが」
「随分苦しい言い訳だな?」
「何を仰っているか、わかりかねます。ところで、何時、教皇猊下はいらっしゃるのでしょうか?」
「何?」
「座下は、教団内の位階はともかく、教皇領の行政官ではございません。したがって、私をこちらへ招集する権限はお持ちではありません」
返答がない。
「猊下がこちらへいらっしゃらないのであれば、失礼させて戴きます」
「ふっふふふ……余程都合の悪いことのようだな」
「ああ、本日のことは、連盟より正式に抗議させて戴きます。失礼致します」
「……優生思想の権化め!」
彼の他に誰も居なくなった礼拝堂に、吐き捨てた声が響いた。
†
聖都宿舎に戻ると、スードリが姿を見せた。
ミストリアの出来事について報告は聞いているが、とりあえず問題のある事項はないようだ。
「……最後に、魔導通信の国内私用制限が緩和されました」
「早かったな」
これまでは、特定の公務使用および届け出のあった開発目的に使用が限られていた。
「国王陛下の御叡慮で数ヶ月早まったようです。ただし、濫りな使用を防ぐ目的で、内務省提案の免許制になりました」
元々内務省は反対していたからな。都市間転送で情報伝達は相当速くなったと言われるが、物体のやりとりが不要とする通信手段の一般開放は格段の効果を得るだろう。
しかし、それを歓迎しない者も居る。
内務省は情報を統制することが、力の源泉と考えているようだからな。内務卿には世話になっているが、省の全てを好ましいとは思ったことはない。
さらに軍部が同調していたが、彼らの要望が強いとは聞いていたが……陛下の強権に、反対派が巻き返した形か。
「それで?」
「現状は男爵以上の領主もしくは年100ミストを納入した法人含む人限定です。また魔導通信従事者を置くことが必要になります。なお、私用での暗号通信は禁止です」
「まずは、そんなところか」
「それから、既にモーガン殿とラトルト殿に、問い合わせが殺到しているとのです」
「そうなのか? 基本設計は公開してある。ウチ以外でも内務省の認可があれば製造できるのだがな」
許諾料は貰うが。
「そのように回答しているようですが、製造認可が下りたのは、今のところ陸軍のみですから」
「陸軍では、厳しいな」
「もっとも、仮に軍が拡販方針に変わっても、価格、重量、消費魔力いずれも、お館様がお作りなる魔導具とは段違いに劣りますから見向きもされないでしょう」
現在は、俺が造るのは国家間用のみだ。政府と軍納入品はガルが造っている。
「魔導具製作者の養成が必要か」
「ですが、それは製造技術の拡散に繋がりますので、内務省は嫌がるでしょうな」
頷いて。
「ところで、ミストリア王都の状況はどうだ?」
「はい。お館様の壮挙の報道以外は落ち着いたものです」
ふむ。
「時に、スードリは教団内部の話は、詳しいのか?」
「事項に依ります」
「そうか。午前中、アマデオ枢機卿に教皇庁へ呼び出されたのだが。彼の為人を知っているか? どうも俺に悪感情が有るようなのだが」
「でしょうな」
「ほぉ。理由は?」
「彼は、反優生思想の中核人物ですから」
優生思想は、人間は生まれながらに優劣が付いており、秀でた者を優遇すべきという思想だ。その結果が王制であり、身分制だ。矛盾は多く抱えているが強固だ。
逆に反優生思想は、人間は能力に加え、門地や身分で差別されないという思想だ。本質的には悪い考え方ではないと思う。子爵の身でそう考えるのは微妙だが。身分制を容認する光神教の教義の基本線からも外れては居ない。
ただ、今からおよそ250年前に、西洋で広く活動が盛り上がったと歴史書にあるが、それによって倒れた王制国家はなく、今では廃れた思想だと認識している。
「そうなのか。分からない話ではないが、子爵風情に目くじらを立てても効果が薄くないか?」
「いいえ。お館様を敵視しているのであれば、おそらく理由は身分ではなく、賢者だからと考えます」
賢者?
「魔術師が気に入らないのか?」
「優秀な魔術師の大半は、生まれながらにして魔力や霊格値が高いですからね。いわゆる才能というやつです。反優生思想が行き過ぎた者には許せないのかも知れません」
ノックがあって、クローソが入って来た。
「スードリ殿。お久しぶりです」
「はい。では、私はこれで」
スードリが宿舎の執務室を辞して行った。
「旦那様、何かありましたか?」
スードリを目で追っていたクローソが眉を寄せている。
「ん?」
「いえ、随分浮かない表情だから。何かミストリアで悪いことでも……」
「いや、そうではないが……教皇庁でな。その相手はともかく。振り返ると、こっちはよく知りもしない相手から、疎まれるというか敵対されることが多いなと思ってな」
「ああ……よく知らない相手ね」
どうやら、思い当たるところがあるようだ。
「ああ。よく知って嫌うならわかるが、理解できん」
「それって、相手は男ばかりでしょう!?」
「ああ……」
そういえば、そうだ。
「旦那様は、色々兼ね備えているけれど、全く鼻に掛けるところはないし、努力も惜しまない。その上、危険な状況にも動じるところがない態度は、本当に見上げたものだと思えるわ」
「ふぅむ」
余り自覚はない。
「でも、それは良く旦那様を知っているからよ。そうでければ、浮名も派手だからねえ、なんて恵まれた鼻持ちならない人間なのだろうって、嫉妬や誤解を受けやすいわ」
「そういうものか。よく分かるな」
「まあ、私もよく人形扱いされたからね。嫌でも思い知らされるわ、何か実績を示しても王族だから当たり前なんて言われるし」
なるほど。
「気にしたら負けだわ」
「そうだな」
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訂正履歴
2022/07/02 少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




