421話 人知れぬ討伐
人知れぬ善行は、露見すると却って不自由になったりするもので……
「では。予定通り、明日。聖都へ帰還する」
ゼダンに来てから3日経った。
ソフィーが予告した日数は、今日で終わりだ。春になって日が長くなってきては居るが、もう夕方が目の前だ。
だが、何も起こらなかった。
ケプロプス連邦のどこからも、巨大超獣発見の報は挙がっていない。
要するに。
ソフィーへの夢のお告げというか、託宣の事態を迎えなかった。
悪いことではない。いいや。良いことだ。
凶兆など霧散した方が良いのだ。
「承りました。撤収の準備を致します」
バルサムが随行を代表して、頭を下げた。
随行が次々退出し、クローソだけが残った。
「ソフィーさん。悲しむわね」
「何時までも、ここに居られるわけではない」
「まあ!」
クローソは少し淋しそうに笑った。
どうも、見透かされているようだ。
†
「むっ!」
夕食を摂り、30分もすれば就寝と思っていた頃。
手に持っていった本を閉じて、ベッドに置いた。
「旦那様。もしかして?」
「ああ、仕掛けていた、ひとつが発報した」
クローソは飛び起きて、ガウンを羽織った。
その時、腕輪が震えた。
「ソフィーか?」
『お兄様! 夜分失礼致します。 緊急事態につき』
「構わん!」
『はい。西方の……確か、お兄様が3箇所目に見せて戴いた海岸近くだと思います。白く、白きモノが現れました』
ふむ。発報してきた魔導具の位置だ。
「ご苦労。すぐさま向かう! 礼は後日!」
『はい』
「ふーん。流石は旦那様の妹」
「聞いての通りだ。」
「すぐに着替えを!」
「済まん。それには及ばん!」
片眉を上げると、寝間着姿から白いローブへ変わった。
「あら。そんなこともできるんだ!」
「閉めておいてくれ」
屋外に出ると、海岸の光景を思い浮かべる。
【勇躍!!】
明るい灯火が失せ、闇が身の回りを蔽った。
高度300ヤーデン。
見るまでもなく、足下に禍々しい魔圧を放つ塊がある。
巨大超獣だ。
微かな星明かりでも白く浮き立つ姿。
直径は60ヤーデン程か。
まるで、波打ち際に打ち上げられた海月のようだ。大海の主の如き寸法ではあるが。
ふーむ。北東に10ダーデン行けば、レディアスという名の港湾都市がある。都市近郊に超獣が現れやすい傾向はある。巨大超獣はその限りではないと言われていたが。
興味深くはあるが、待っている者達が居る。
胸元の魔導具を弄る。
少し暗いか。
【光輝球!】
念じると、背後に昼光にも匹敵する光源が現れた。
「1月30日。ただいまの時刻22時48分。新世界戦隊所属 ラルフェウス・ラングレンは滞在中のケプロプス連邦にて巨大超獣を感知、視認し……」
むっ!
魔圧が乱れ、無数の塊が飛来!
重心を傾けると、数ヤーデン横をうなりを上げて飛び去っていく。
随分正確じゃないか! 亜音速は出ているな。
それゆえに避けやすいと言える。
弾道制御はしていないのか、全て放物線軌道だ。
途切れることなく、執拗に俺を狙い続ける。須く背後に消えていくが、魔力が潤沢なのだろう。
秒当たり数千を継続できるなら、力押しの方が有効……おっと、宣言が終わっていなかった。
「……連盟規約17条2項の緊急的超獣討伐開始を現時点を以て宣言する」
2度3度と、魔弾の殺到を避ける。映像の繋がりはこれで良いとして───
【勇躍!!】
500ヤーデン変位すると、数秒の後、射撃が途絶えた。俺を見失ったらしい。
他愛のない。
とりあえず、あれを剥ぎ取るか。
俺は、右腕を突き出し回す。
【熾電弧:渦旋流!】
巨大超獣の体液は超電導状態により、磁界と魔界の侵入を阻む。しかし、無限の磁界強度までを跳ね返すことは能わず。臨界点が存在するのだ。それを魔導渦電流により超えただけのことだ。
轟音と共に、超獣下の地表が赤熱───目を凝らせば旋回が見える。
次の刹那、無数の棘が白き半球に沸き立ち、そして弾けた。
理論通りだ。最強の楯には欠陥が存在する。
濛々と膨れ上がった冷気だったが、その比重に押しつぶされて、海原へ低くたなびいてゆく。
「キッシャァァァァーーーーーー!」
【地極垓棘!】
吼えた幼竜に無数の尖岩が突き刺さり、産声が断末魔と化した。
「22時50分。討伐完了」
目前には白い魔結晶が浮かんでいた。
†
部屋に役人らしき男が入って来た。
「失礼致します。ラルフェウス閣下の騎士団が到着。代表2名が、玄関まで来られました」
「おお、構わぬ。お入り戴くのだ」
ここは先の戦場のほど近く、ケプロプス連邦レディアス邦国。同名の港湾都市の政庁内にある知事執務室。
入室を命じた知事と対面している。
討伐直後に戦隊本部へ通信魔導具で状況を報告した。しばらく待っていると、ケプロプス政府と連絡が付いたそうで、当地にて対応を求められたとのことだった。
深夜で人気のない海岸では、どのみち現場検証もできないから、1度ゼダンに戻ろうかと思ったがまあ仕方ない。
灯りがまばらな政庁へ着くと、まだ責任者は居らず、連絡を受けた当直員によって応接へ通された。
30分も待った頃、ようやく知事以下の役人が慌てて駆け付けてきて、会談に入った。連邦政府から巨大超獣を俺が討伐したという通信が入っているはずだが、知事は慇懃な応対だった。
あの場所で、この時間帯だ。俺以外に巨大超獣を肉眼で見た者は、おそらく居ないだろう。それに感知してから、まもなく討伐したことが、逆に災いして、戦闘があったなど信じられないのだろう。俺が大袈裟に喧伝していると訝しんだとしても、無理もない。
撮影のために行使した照明魔法による、時ならぬ輝きを沖に居た漁民が多数目撃していたが、それが知れるのは後のこと。
そんな白けた会談だったが、回収した魔結晶を見せたところ、その大きさで思い知ったのか、俺は救国の恩人へ一変した。
それから1時間余り、撮影した魔導具にて状況を見せ、状況説明は既に終わった。警戒魔導具と、ソフィーの件は無論話しては居ない。今は彼等の希望を聞いているところだ。
数分の後、クローソとバルサムが入って来た。
一部人員を残してゼダンの宿舎を前倒しで撤収し、駆け付けてきたのだ。
俺の姿を見た途端、クローソの肩が下がった。
「早かったな。バルサム」
日付は改まって、午前1時になりそうだ。
まあこれだけ早いのは、都市間転送の使用許可が取れたからだが。
「はっ! ご無事で何より」
クローソは黙ったままで、2人は俺の背後に回った。
「では、知事殿」
「そうですな、続けてくれ」
「はい。引き続き今後の予定案を説明致します。よろしければ、現場検証は午前8時より……」
† † †
「お兄様ぁぁ!」
巨大超獣を斃してから3日後。聖都の宿舎に横付けした馬車から降り立つと、突進してきたソフィーに抱き付かれた。
「ただいま」
うーむ。
長々と抱擁されてやっていたが、何時までも収まらないので頭を撫でてやってから、横抱きにして中に入る。
「お嬢様! 落ち着いて下さい」
優秀な従者が剥ぎ取り、ソファへ降ろした。
「申し訳ありません」
「いいさ? ソフィーは、十分に役に立ってくれたからな」
「それが……」
「ん?」
「あれは───ん。なっ、なんでもありません」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/06/11 魔術の効果について加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/05/11 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




