420話 超過勤務
小生、残業は嫌いで(好き嫌いではやってないよね)、深夜残業なんかは……執筆くらいしかしません(仕事ちゃう)
海岸線の色を手掛かりに探索を続け、おおよそ600ダーデンの範囲で飛行しては見たが。
『お館様、もう終わりにして下さい』
通信魔導具から、パルシェの声が聞こえてきた。
『パル、何を言うのです!』
『しかし、お嬢様の様子は、あちらには見えておりません、お館様! お嬢様は息も絶え絶えにございます』
ふむ。
「んんん。何か言ったか?」
手を伸ばして、魔導具を引っかき回す。
向こうにはガリガリと異音が届いたはずだ。
「魔導具の調子があまり良くない。今日はこれまでとしよう」
『わかり……ましたぁぁ。ふぅぅ』
『お嬢様!』
『お兄様、また明日。よろしくお願い致します』
「良く聞こえない。帰投する」
魔導具の鈍い輝きが失せ、通信が切れた。
ソフィーは魔力切れだな。
無理もない。
俺は飛んでいるだけだが、妹は集中しながら刻々と送られてくる映像を見続け、自らが視た託宣と照合しているのだ。疲労が蓄積して……まだ13歳だからな。
機先を制すことができればと思ったが。
†
「では行ってくる」
「もう止めは致しません。が、夜分です。十分気を付けて下さい」
ふふふ。キツい顔だ。
クローソは、思っていることがすぐ顔に出る。初めて会った頃は、その視線が氷のように見えたが、今では内に強烈な炎が渦巻いているのが実感できる。
真に俺のことを心配しているのが伝わってくる。
それが、近しい者には顔に出ているのがわかる。
夕食前後で作業をやっていた時から、俺が出掛けるのを反対していたのだが、俺が聞き入れないので、先程まで半ば怒り、半ば呆れていた。
実年齢は妻達の中で一番上だが、精神年齢は一番幼いのかも知れない。
いや、一番善人なのだろう。
その艶やかな頬を撫でる。
「ああ、クローソを泣かせないように気を付けるよ」
「もう! 行ってらっしゃいませ」
宿舎の灯が失せ、目の前が真っ暗になった。
飛行魔術ではなく、転位魔術での移動だ。宿舎から200ダーデン程離れた地点というか、海岸の上空に居る。
見下ろすと、夜の帳が降りて星明かりのみが岩礁を照らしている。肉眼ではほぼ見えないが、魔導感知がありありと起伏を伝えてくる。
垂直に降下してゴロゴロとした岩場に降り立った。
ソフィーは、神託で見えた光景の場所は確定できなかったが、それなりに似ているという地点を4箇所挙げた。ここはそのひとつだ。
【穿地!】
腕を向けた先、岩盤に穴を穿じり、そこへ魔石に魔導式を刻んだ魔導具を埋め込んだ。
夕食前後でやっていたのは、この魔導具の作製だ。
あとは……
【氷晶】
氷柱が海上に生まれると、冷気が辺りを圧する。
【中断:氷晶】
よし、よし。反応したな。魔導具が魔圧の高まりを発報した。これで巨大超獣の感知が可能のはずだ。
もう、ここには用はない。次だ!
その夜は、4箇所とそれらを繋ぐ地点に、いくつか魔導具を埋め込んだ。
†
まあ!
あんな所に居るわ。
朝食のあと、姿が見えないと思ったら、旦那様は砂浜に面した庭の一角に建つ東屋に居た。妻……じゃなかった。秘書に黙って、姿を消さないで貰いたいんだけど。
傍らにまで近付いた。なのに、全く反応がない。
旦那様のこと、私が一歩庭に出た段階で気が付いているはずなのに。憎たらしいわねえ。
潮風を緩く浴びながら、東屋でうたた寝という態。そんなわけはないわ!
「えーと」
なんか、間抜けな声掛けになった。
「ん?」
「旦那様は、何をしているのかしら?」
不満が声に乗ってしまった。
「は?」
「いや。この場所で、安楽椅子に座ってのんびりしているようにしか見えないけれど」
「ああ、そうだが」
いやいやいや。
「それだったら、夜中に出掛ける必要なんてなかったでしょう!」
私があれだけ心配したのに。
「そうだな」
「そっ……」
反省の色がないわね。
「なんだ。昨夜子作りをできなかったら怒っているのか?」
なっ!
言うに事欠いて、なんてことを言うのよ。
「そっ、そういうことじゃなくて!」
顔が熱くなった。
「必要がなかったのは、あくまで結果論だ。現在までに超獣が現れないとは限らないからな」
「はぁぁぁ。プリシラさんが。言っていたことが分かったわ!」
「ほう。何と言っていた?」
「旦那様は、けして手を抜かない。自分の身がどうなろうとも。だから妻たる者は……」
「妻たる者は……なんだ?」
「内緒! それはともかく、旦那……御館様のご予定は、入っておりませんが、おやすみになるなら……あれ?」
んん?
何だろう? 違和感というかなんだか気持ちが悪い。背筋を冷たい物が駆け上ってくる。
「クローソ。自分の口を手で押さえろ」
「どうして?」
今はそれどころじゃない。
「良いから」
「分かったわよ」
「よし。では、ゆっくりと後ろを向け」
はっ?
何を言っているのかしらと思いつつも、言う通りに振り返る。
「なんなの?」
館しか見えないが。
「2階の右から2つ目の窓だ」
右から2つ目?
むわっ!
なんで?
手を振っている旦那様が居た。
ああ。言う通り口を押さえてなければ、大声を出すところだった。
どういうことよ?
「えぇ!? じゃあ、この旦那様は?」
「ああ、それはレプリー6だ」
レプ……ぇええ? ゴーレム?!
アリーさんが言っていた、旦那様が刺客に刺されると思ったらという、あれだ! 影武者だ!
まじまじと良く見直す。
うわぁ。よくできている。旦那様そっくりだ。いや、どことなく違和感がなくもないけれど。5ヤーデン離れていたら絶対わからない。
初めて見たわ───いや、初めてでは無いのかも。今までも何度か騙されていたのかも知れないわ。
「はぁぁぁ……それはそれとして、なぜここに、これを?」
「俺は、静養するために、ここへ来たことになっているからな」
安楽椅子に座った動く人形が、旦那様の口調のまま喋る。
静養する姿を、周りの者に見せる必要があるということか。
まあ、そうだけれども。
「それで本物の旦那様は、そこで何やっているの?」
「……魔導具造りだな」
相変わらずだわね。
普段、王族や貴族の当主は働かない。
だが、旦那様は起きている間、なにかしら働いている。モーガンですら全く頭が下がりますと、言っていたぐらいだしね。
「ええと。じゃあ、私もそちらへ行って、お茶でも淹れるわ」
「ああ、それには及ばん。しばらくそこで、そいつと語らっているフリをしてくれ」
なっ!
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訂正履歴
2022/06/04 魔力切れが誰か明記。細々訂正。
2022/08/20 魔導具の記載修正(kurokenさん ありがとうございます)




