43話 王都館へ入居
生まれてから5回引っ越ししましたが、新しい家に引っ越す度にワクワクしますね。
あと、入居するごとに部屋を綺麗に暮らしていこうと思うのですが、なかなか長く続きません。
明日は掃除しないとなあ。
数十人の兵が護る門を通り抜けて、城内に入った。
これが王都か。
何か空気すら変わってしまったようだ。
城壁外とは違って、真っ当な煉瓦を積み上げ、漆喰で固められたしっかりした建物が並ぶ。ここは目抜き通りだけあって、3階建てが並ぶ立派な町並。
通りを歩く人々が多く、しかも旅行者と見られる人以外は、皆小綺麗な服装だ。
伯爵領都と比べても、段違いな華やかさ。ただ……。
あれは──
数百ヤーデン先。外壁よりも高い壁が立ちはだかっている。
王族と一握りの大貴族が棲む内郭を隔てる、高く無粋な壁。
直径1ダーデンの我が国の中枢。
あの中こそが真の王都なのだ。
我々が居るところは、螺旋状に広がる外郭。
そう言えば聞こえが良いが、鎧の裳。その隙間に過ぎない。
「ラルフェウス様、あまり上ばかり見ていらっしゃいますと、お上りであることが丸わかりです」
「実際その通りだし。流石華の都だねえ、ラルちゃん」
「アリー。今から、大家であるダンケルク子爵家へ参りますから。粗相の無いようにね」
「ええ、疲れたぁ。明日で良いじゃない、お姉ちゃん」
「アリー。鍵を受け取らないと、お館には入れませんよ」
「わかったわよ」
15分ほど歩いて、見るからに上流階級が棲む御館の前に立っている。地図を見ながらここに来たけど、一度も迷わなかったローザはなかなかのものだな。
門衛さんが居たので、取り次いで貰って、中に入る。
敷地は、王都城内なのでぱっと見、2レーカー程(0.8ha)だろうが、綺麗な芝生と手入れの行き届いた庭木が素晴らしい庭にしている。
建物は、3階建ての明暖色の石造り。張り出したいくつもの三角窓屋根に透明度が高いガラス窓。流石子爵家。
応接室に通され、ふっかふかのソファに座っていると、老夫人が入って来た。
「初めてお目に掛かります。ラルフェウス・ラングレンと申します」
「はい。ドロテア・ダンケルクです」
少し出された手を取り、跪いて手の甲に口づけする。
ローザ、アリーもそれに続いた。
座り直す。
「ふーーん。ラルフさん、お歳は?」
「15歳です」
「へえ。そうなの……」
うんうんと頷いていると、30歳位のメイドさんが口を開いた。
「ラルフェウス様は、あの修学院に合格された、とても優秀な方だそうです」
「あら、そう。とても、かわいいお顔されているのに、すごいのねえ。神職にお成りになるのかしら?」
「ああいえ、神学生と申しまして、神学者の候補となりました」
「んまあ。それはまた、大変ですこと」
「はあ……ああ、それよりも。この度は、御館の1つをお貸し戴けるとのこと。心より感謝致します」
「そうねえ。2ヶ月ほど前までは、手放そうと思っていたけれど。早まらなくて良かったわ! 少し小さいですけど、お好きなように使って戴いて構わないですよ」
「ありがとうございます」
「ユリーシャ様のご紹介ですからね。間違いは……」
ユリーシャさんって、ローザの憧れている伝説のメイドじゃなかったっけ? 彼女の方を見たら、思いっきりニコニコしてる。
視線を夫人に戻すと、まじまじと俺を視ていた。
明らかに観察している。
えーと。
夫人がはっとなった。
「ごめんなさいね。とても感じがよろしくて、身惚れてしまいました……」
はい?
「そうだわ!」
嫌な予感が……。
「ラルフさん。今年14歳になる姪がいるのだけど」
「はあ……」
なんとなく俺しか感じない、冷気が漂う。
「今度、こちらに呼び寄せますから、是非会って欲しいわ。きっと気に入ると思うから」
「はい……」
「あのう、奥様……」
「ああ、そうでしたわね。お引っ越しされるのだから。あまりお引き留めしても申し訳ないわ。マーサさん、ご案内して差し上げて」
「畏まりました」
「ありがとうございます」
「また、お暇なときにゆっくり来て下さいね。ラルフさん」
館を辞し、マーサさんというメイドと、ローザが談笑しつつ歩くのに付いて行く。
アリーは俺の後で、セレナに話しかけている。
「そのとき、ラルちゃん見て、何て言ったと思う! 14歳の姪に会えって言ったのよ!」
「ワフっ!」
「酷いと思わない。会って初めてで、娶せようとしてるのよ」
「ワフ、ワフッ!」
アリーの言葉が分かるのか分からないのか。とにかくセレナも不機嫌になっている。
「でも、まあ。アリーちゃんの敵ではないわ!」
「ワフゥ」
「何よ!」
異論があるようだ。
7、8分歩いたところで、新居に着いた。
大家さんの住んでる地域よりは流石に格が下がるようだが、王都入場審査官の言う通りそこそこの高級住宅街だ。貴族かまあまあの富豪が住んでいそうだな。
「こちらです。ラングレン様」
えっ。
「ここ……ですか?!」
小さいって、夫人は言っていた気がしたが。嘘だろう。
「はい。入りましょう」
黒い背丈ほどの鉄柵が囲んでいる館。
マーサさんが門扉を開け、ずんずん入って行く。
確かに敷地としては、1レーカー(0.4ヘクタール)位で、さっきのお館の半分くらいだろう。
だが、建物はデカい。3人で住むには広すぎるだろう。
あの無駄にだだっ広く、土地だけはある実家の館並だ。
2階建て? でも、赤い瓦の屋根に、点々と突き出した窓があるから3階建てかも知れない。
青々とした芝生を突っ切り、ポーチから玄関の鍵を開けて中に入る。
中は、ホールだ。
「わぁぁー広ぉい! あっ、暖炉がある!」
アリーが叫んで、奥の壁の方へ小走りで行ってしまった。セレナも付いていく。
暖炉は、村の館にも有ったじゃないか。
それにしても広い。向こうの壁まで、20ヤーデン以上はある。
広いだけじゃない。
磨き抜かれた象牙色の石床、吹き抜けの高い天井。こういった物にあまり興味が無い俺でも、一見して分かる豪華さだ。
左手に廊下と2階に上がる緩やかに丸まった階段が見える。その2階に上がった先は、手すりが付いた開放廊下が左右に伸びている。
えーと。
驚き過ぎると声が出ないものだな。そういえば……。
この館の契約金50ミストと、月の家賃10ミストが高すぎるだろうとシュテルン村では思っていた。が、その目で見てみれば全く逆だ。
場所が王都だと言うことを差し引いても、この素晴らしい館には全く見合わない。
マーサさんが寄ってきた。
「では、ラングレン様、簡単に間取りを説明致しましょう。右手前の扉は、応接でございます。右手奥は、御当主様の執務室です。詳しくは別途ご確認下さい」
「はい」
満面の笑みで、アリーだけが戻ってきた。セレナは窓の前、床の上で蹲っている。暖かいのだろうか? 好きにさせておくか。
ではこちらへと、左手に伸びる廊下を進む。
「手前から居間、食堂、厨房です」
両開きの扉が開いているので中を覗くと、12ヤーデン以上の広々とした空間に、豪奢を絵に描いたような大きい革張りのソファがあり、壁にはいくつかの椅子と小テーブルが置かれている。
そして、向こうの壁には、床まで繋がった掃き出しのガラス戸がある。それはテラスと繋がり、その先には狭いながらも芝の庭が広がっている。
「なかなか素晴らしい館ですね。夫人が手放そうと思っていたと仰っていましたが」
「ええ。こちらは、元々とある男爵様の御館だったそうで、造りはよろしいのですが。亡き旦那様が、お妾様のためにお求めになったところですので、奥様にとってはあまり……」
そういうことか。
「そのお妾さんは?」
おおい、アリー。空気読めよ……でも気になるな。
「はい。旦那様がお亡くなりになりました後、お子様もいらっしゃらなかったので、王都に居られなくなり、奥様が手切れ金を支払いましたところ、お里に戻られたと聞いております。では説明を続けます。奥は浴室でございます」
「ああ。すみません。マーサさん。この後も予定がありまして、できれば手短に……」
「分かりました。では2階へ参りましょう」
廊下の左側にお手洗いに続く廊下と、2階に続く階段があり、そこを昇ると。さらに上に続く階段がある。やはり召し使いが使う部屋が屋根裏の3階にあるようだ。
2階は左手に娯楽室と倉庫、右に続く廊下には、ベッドがあり結構広い客室が5つも並ぶ。そして、玄関につづく一階からの吹き抜けのホールに続く。
そして、廊下がさっき見た1階に続く階段と、さらにホールを回り込むように続いている。
「ラングレン様のお部屋は突き当たりです」
右に手すり越しにホール、左は窓越しに庭を見下ろしながら、突き当たりの扉を開ける。
ほお。でかい。
ホールの広さに匹敵する広さの部屋だ。
いくつもソファと椅子が並び、そして見たこともないような大きさのベッドがある。
左には掃き出し窓があり、外に庭に面したバルコニーが見える。
対面の壁には中央に暖炉、両側に窓があり、玄関側の壁には、また掃き出し窓があって、外のバルコニーに続いている。
なんだよ、ここ。
凄すぎないか。やはり貴族はとんでもないわ。
感動も冷めやらぬ中、マーサさんとローザを置いて、次の予定へ向かった。
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訂正履歴
2021/05/07 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2023/02/11 誤字訂正(ID:1552068さん ありがとうございます)




