419話 静養という名の激務
一見矛盾する言葉を繋げた強烈な言葉って有りますよね。サービス残業とか黒字倒産とか。
「ふむ。妹殿がなあ……」
新世界戦隊本部、総隊長室。
「卿の言うことだ、根拠はあるのだろうし、身内を信じたい気持ちはわかるが」
妹がケプロプス連邦の海岸付近の町に、近く巨大超獣が出現すると予言したことを、総隊長に話した。
総隊長殿は、やや遠い視線を隠さず、鬢から繋がる白髭を弄っている。
組織を預かる者として、真っ当な反応だ。
「お言葉を返すようですが、根拠はありません」
総隊長の頬がヒクついた。
「では、どういうことか?」
「この世には、人智を超えた現象が存在します。まあ、私の周りでは良く起こるので悩むところです。しかし、神託は今のところ信じてはおりません」
「今のところか」
「はい。試行回数は1回、しかも曖昧な形で的中したに過ぎません。複数回は実績を積上げさせる必要があるでしょう」
「ふぅむ。今回は2回目の試行ということか」
「その通りです」
「卿の言ったことは理解した。しかし、戦隊の各隊をそれで動かすわけにはいかない」
「もちろんです。このような神託に付き合わせるわけにはいきません」
「ふぅむ。そういうことではないのだが。つまり、卿自身でケプロプスへ行くと言うのだな?」
「はい。つきましては、レゼッタ邦都ゼダンにて静養致したく」
「首都ではないのか。それにしても静養? ふむ……静養か。ふっふふ、はははは……考えたな」
「はっ」
「わかった。彼の国のヴィトン総裁には、私から卿の便宜を図るよう連絡しておく」
「明日には、出発したいのですが」
かっと目を見開いた。
「至急連絡する」
「感謝致します」
†
翌日の昼過ぎ。
準備が調ったので、ゼダンに向けて聖都を出立した。
馬車には、クローソが同行している。
聖都に置いていく予定だったのだが、困ったことに付いてきた。昨晩は揉めに揉めた。
ソフィーもクローソ殿が同行されるなら、私もと言い出したのだ。こちらは最初の約束は聖都まで、嫌ならミストリアに送り返す。そう命じたところ、喜々としてそうしましょうとパルシェは賛同した。それでもソフィーが収まらなかったので、映像を伝送できる新型通信魔導具を渡して、随時連絡して良いからと告げて事なきを得た。
「ふーん。ここは随分温かいわね」
機嫌の良いクローソの声で目を開ける。
国家間転送と都市間転送を乗り継いで辿り付いた町は、既に春を通り抜けていた。
早くも初夏の装いを見せる青々とした街路樹が、赤い煉瓦造りの町並によく映えている。加えて、辻を越える度に潮を含んだ風が、半ば明けた車窓から吹き込んでいる。
先程まで居た寒々とした聖都と対照的だ。
「ケプロプスは概して西海に面しているからな」
「ああ、ゼーマン海流ね」
頷く。
東の大陸から西に流れる海流が、西方諸国の海岸にぶつかり、進路を変えて西海を北上する暖流のことだ。それが古には海岸沿いに点在する都市国家群であったケプロプスの諸邦を、焙るかのように流れている。
「気持ち良いわね」
「ああ」
車窓に向けて身を傾けた、クローソの肩を支える。
その途端に馬車は左折して、彼女にも遠心力が掛かる。
「あっ、ありがとう。ちょっとびっくりしたわ。旦那様は、ゼダンに来たことがあるの?」
「いや、初めてだ」
「でも、さっきの辻で曲がることは知っていたと」
「地図を見たからな」
「ふぅん」
クローソはにっこりと笑った。
「クローソ。右側」
「えっ。わぁ、海!青が濃いわ」
ふむ。
西海が大内海と違って外海だからか、それとも水深が深いからか、青味が濃い。
車窓から、海を眺めていると10分もしない内に、目的地に着いた。
ウィラ・ゼダン。
ケプロプスから宛がわれた宿舎だ。
御者台に通じる小窓が開いた。
「お館様。玄関に身分の高そうな男が、待ち構えております」
「うむ。わかった。クローソ……」
「心得ております」
まもなく、馬車が園路を巡って玄関に横付けされた。
扉がノイシュによって外から開けられると、先にクローソが降り扉の脇に立った。他人の目が有るから、秘書官の立場を示す必要があるのだ。
そこへ、遅れて俺が降り立った。
男が近付いて来た。
すかさず、クローソが立ちはだかる。
「どなたか?」
エスパルダ語で誰何した。
「失礼した。このゼダンの知事マルティンと申す」
知事……ケプロプスは、珍しく民主制だ。複数の邦国の代表たる選挙人によって選ばれる総裁が元首だ。大都市も侯爵や伯爵ではなく、知事と呼ばれる役職が首長だ。
クローソが答える前に、手で制する。
「新世界戦隊ラルフェウス・ラングレンだ」
「お待ちしておりました、ラングレン閣下。ゼダン市へようこそ」
「出迎え痛み入る。さりながら、公的な対応は辞退したはずだが」
色々面倒になるからな、今のように。
「確かに中央政府から、そのような要請を受けた。が、ゼダンにはゼダンの都合がありましてな。玄関先での長話は無礼というもの。中へ入りましょう。案内を頼む!」
宿舎の従業員が会釈して、先導を始めた。
毛足の長い上等な絨毯を踏み、廊下を進む。応接間であろう広い部屋に通され、座って向かい合う。
「招かれざる者ゆえ、直裁に伺おう。当地へお越しになった理由や如何?」
「静養と伝えたはずだが」
「確かに良い名分とは存じるが、信じる者が果たして居るだろうか? 貴殿が如何に英雄だからといって、静養のために都市間転送の使用を許可するとは考えられぬ」
背後から冷気が。
「無礼であろう!」
氷の視線が、俺の上を通過していることだろう。
「この国には貴族は居ない。故に無礼かどうかは知らぬ! しかし、ゼダンを預かる者として、知っておく必要が有るのだ。如何なる事態にあるとしても」
知事は、クローソの声音に一瞬怯んだが、体勢を立て直した。
ふむ。
この国の中央政府とは話が付いているはずだが。都市ごとに独立意識が強いようだ。
「クローソ、控えよ。知事殿には、為政者たる覚悟があるようだ」
「はっ!」
「クローソ……とは、まさかプロモス元王女殿下の?」
「今は、お館様の秘書です」
「むぅぅ」
当方の事情はよく知っているようだ
「では。知事殿を見込んで、打ち明けよう。根拠は申し上げられないが、近々貴国に巨大超獣が出現する可能性がある」
「やはり……そういうことか。ここ10年、我が国の超獣の出現数は隣国に比べて少なく、巨大超獣に至っては皆無だったが……」
「まだ現れると決まったわけではない。その恐れがあるということだ」
「恐れのみで、わざわざ閣下が駆け付けて戴いたと」
「徒労に終わることを祈っている」
意が通じたらしく、協力を惜しまないと言い残して、知事は帰っていった。
†
「ソフィー。見えるか?」
『ああ、あのう。すみません。お兄様のお声ははっきり聞こえているのですが。映像の方が、そのう暈けて見えてまして……』
ふむ。距離の問題か?
新型魔導具の試験時では、鮮明だったのだが。距離は100ダーデン程と今の状況よりは随分短い。
『お嬢様。お館様は、もっと額の上の方に魔石を当てていたようでしたが……』
パルシェが横に居るようだ。
『えっ? こっ、こうかしら……あっ。見えた! 見えました。綺麗な海が見えます』
ふむ。
『わぁぁ。足が竦む』
「ああ、済まん。なるべく下は見ないようにする」
俺が向いた方向の光景が、ソフィーに見えるのだ。
宿舎を離れ、飛行しながら海岸線を沖の方から撮している。
それを、聖都に伝送しているのだ。
「どうだ? 夢で見た光景に似ていないか?」
『……ああ。海の色はそのものなのですが。もう少し海岸線の色は、茶色ぽかったような気がします』
なるほど。
この辺りは石灰岩が多く、見た目に白く見える。
「わかった。茶色い海岸線を探してみる」
俺は北へ向かって飛行速度を上げた。
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訂正履歴
2022/05/28 脱字訂正、少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




