418話 予知夢
小説と関係ないですが、突然踵を痛め、歩くと激痛が……でも歩かないとならないし。
「どうだ、気分は?」
ベッドに横たわったソフィーの傍らに座る。
早春の朝。
柔らかな陽が、薄いカーテンを透かして入って来ている。
サザール遺跡から帰ってきた夜、妹は熱を出した。幸いにも高熱とまではいかない程度だった。
「お兄様。ご迷惑を掛けました。パル、起こして」
「ああ、そのまま寝ていなさい」
「はい」
我が妹ながら、恐ろしくかわいい。丸い額へ……。
「熱は下がっております」
後ろから声が掛かった。パルシェだ。
「それはよかった」
途中まで、伸ばした手を引っ込める。
「ありがとうございました。お兄様自ら癒やして下さり、ソフィアは幸せです」
アリーには及ばないが、俺も回復系魔術を使える。同行の騎士団の中にも同様の魔術師は居るが、昨晩は知らせが俺に入ったので加療した。
「はっはは。少し熱を出したぐらいで大袈裟だな」
目の端にパルシェが見えた。
「それと、パルが昨夜乱暴を働いた由、私からお詫び致します」
「お嬢様!」
乱暴。
夕食を摂り、さて寝ようかと思っていた11時。寝室の外が騒がしい雰囲気となった。壁の向こうに意識を飛ばすと、部屋の前でバルサムとパルシェが言い争って居ると感知した。
『旦那様。どうしたの?』
『パルシェが来ている』
立ち上がり、扉まで歩く。
『どうした?』
扉を開けると、感知した通りパルシェが居たが、血相が変わっている。
『お館様!』
『お館様。お休みの所、申し訳ありません。いや、あちらでパルシェ殿が、衛士を突き飛ばしまして』
ふむ。それを受けてバルサムが押し留めていたと。
考えられる理由はひとつだ。
『パルシェ。ソフィアに何か有ったのか?』
『はっ、はい。そっ、それが、お熱を出されまして。お薬をお飲み戴いたのですが……』
下がらないと。
普段の剛毅さが嘘のように狼狽えている。言葉遣いが変……それは、前からか。
『なぜ、それを先に言わないのか!』
バルサムにも言っていなかったらしい。おそらく衛士にも告げなかったので、制止されたのだろう。
『行くぞ』
その後、ソフィアの部屋を急いで訪れ、回復魔術を使った。さらになぜか魔力が消耗していたので、少々譲るとしばらくして症状が安静に戻った。徐々に熱が下がってきたので、夜半には引き上げた。
「ふむ。我が宿営を守る衛士を突き飛ばしたのだ。相応の罰を! そういう声もある」
パルシェの顔が強張り、ソフィーは何度か瞬いた。
「今後は、こういうことのないように気を付けてくれ。用件は相手に伝わらなければ意味がないぞ」
「えっ! お赦し戴けるのですか? お兄様」
「ソフィーを思ってのことだからな。それにもう罰は十分に受けたようだし」
「はっ? いえ。私は罰など受けては……」
「そうかな? あの狼狽えようは尋常ではなかった。心労いかばかりかと、バルサムが言っていたぞ」
吊り上がった眉が、垂直に見えたと言っていた部分は省く。
それに熱が下がってきた時の、脱力ぷりはそのまま気絶するのではないかと思えたしな。
「そっ、それは……」
「ごめんね、パル! 心配掛けて」
「いいえ、お嬢様」
抱き合っている姿は、本当の姉妹のようだ。
「ではな」
小さく告げて、部屋を出た。
†
数日後。
窓から差し込む朝の陽光が徐々に強くなりつつあるのを感じつつ、食堂に入るとソフィー達が居た。
「おはようございます。お兄様。クローソさん」
いつも向けてくる柔らかな笑顔はなく、真剣な顔付きだ。
「おはよう」
「おはよう。ソフィーさん」
席に着く。
「ご朝食後に、お耳に入れたいことがあるのですが」
「それは構わないが、ソフィーはもう食べたのか?」
彼女の前には、皿が並んでいない。
「それが……お嬢様は、食べたくないと仰られて」
「パル!」
ふむ。パルシェから、話しかけてきたか。
「では、兄も食べるのは止めよう」
「えっ?」
クローソへ一瞬目を向けて、ソフィーに向かい合う。
「何か、夢でお告げがあったのか?」
「申し訳ありません。やはり、お食事の後にお目に掛かるべきでした」
「問題ない。話してみよ」
「はい。ここから、西の端の国。海辺の場所に、大きな白い夷狄が現れるとのお告げを授かりました」
夷狄───
「白……で間違いないか?」
「はい」
ふぅむ。黎き竜、つまりは成竜ではないようだな。
海に西の端の国か。
大陸の西の端はケプロプス連邦だ。だが、その先もなくはない。ケープロ海峡を挟んで群島国家マリネルダ王国がある。そこか?
「ねえ、ソフィーさん。それが何時のことか分からないかしら?」
右を見遣ると、クローソがテーブルに広げられたナプキンに、ケプロプス、マリネルダ、白、超獣と書き込んでいる。
ふむ。
「何時……」
予言やお告げの類いでは、時期の特定というのが最も難しい事項だ。
ソフィーは、美しい手を自らの額に翳した。
細い躰が小刻みに揺れ始める。
「今日、明日ではないようですが、さほど遠くない時期に現れると思えます。3、4日の内……ファァア」
「お嬢様!」
フラッと横に倒れ掛かったが、控えて居たパルシェが受け止めた。
ふむ。
立ち上がって、彼女達の横に行く。
顔が白く、唇が紫になっている。気を喪ったか。
「お館様」
ソフィーに腕を伸ばした。
数秒の後に、顔色が戻ってきた。
「お嬢様は、大丈夫なのですか?」
「お告げの解読には、多量の魔力を使うようだ。心配するな。もう充填した」
「はあ……」
「それから、同じような状態になったら、これを飲ませよ」
魔収納から、籠に入ったアンプルを12本出した。
「こちらは?」
「うむ、ササンテとは製法を変えたポーションだ。常用させるな。ソフィーには1本のみを渡して、他はパルシェが管理せよ」
「常用が駄目とは、お嬢様に危険なのでは?」
「パル……」
「お嬢様! 気が付かれましたか」
「お兄様が、そのような物を私に飲ませるわけはありません。ありがとうございます」
「はい。お部屋に参りましょう」
軽々とソフィーを抱き上げると、片腕で支え、籠に腕を通して持ち上げた。
「失礼致します」
「はあ、すごいわね。ソフィーさんも、パルシェも」
「ああ、食事を持って来てくれ!」
「あなた、バルサムさんを呼ばれた方が」
「私ならば、こちらに」
扉の前に居た。
「うむ、明日には出動することになりそうだ。詳細は本部に行ってから決める」
「承りました」
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訂正履歴
2022/05/21 無意味な改行訂正、少々加筆。
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 竜の表記統一




