417話 遺跡見学にて
一週間お休みを戴きました。なにやら相当久しぶりな気がします。
「では、行こうか」
「はい。お兄様」
ここ最近、幼顔から女振りが上がった妹は、とても機嫌が良い。
観光地としてどうかは知らなかったが、これから向かうところは、昔は相当賑わったらしい。一昨日の夕食で切り出したところ。
『わあ、本当? お兄様と一緒に行けるなんて、うれしい!』
そう言って抱き付いてきた。
それ以来、ずっと不機嫌な表情のパルシェも同行している。
プロモスでは姿を見掛けなかったが、執事とメイド達と一緒に別動隊として、レガリアへ直接転送されてきたそうだ。
ソフィーは、拠点とした館の2階に起居している。その次の間である廊下に面した部屋には、パルシェが寝泊まりしている。まるで番犬のようだ。朝夕の食事時と就寝前の挨拶を除くと、パルシェを通さねばソフィーに会うこともできない。
安心ではあるが。
宿舎の玄関前に辻馬車を3台引き入れ、真ん中の馬車に俺とソフィーにパルシェ、前にバルサムとフェデル1と2、後ろにはトラクミルとフロサンが乗り込み出発した。
フェデルとは、バルサムが操作している人型ゴーレムだ。長時間使用のために専用の魔石を使っているが、それは俺が供与した。
「行ってらっしゃいませ」
クローソは恭しく礼をした。彼女は留守番だ。
最初は首席秘書官代理だから付いていくと言っていたのだが、行き先に配慮して思い留まらせた。
扉が外から閉ざされると、馬車が走りはじめた
「お館様」
驚いた。呼んだのはパルシェだ。彼女に話しかけられたのは、何年ぶりだ?
「何だ?」
話しかけては来たが、顔は相変わらず不機嫌そうだ。まあソフィーに対する以外は、大体こういう表情を向けて居る。ただ、俺にはより厳しい目を向けている気がしないでもない。
「なぜ、この馬車なのですか?」
どういう意味だ?
「ああ。お兄様。多分、自家用ではなく、なぜ辻馬車で行くのかと、パルシェは尋ねているのかと」
ソフィーが言い添えると、パルシェが素直に肯いた。言葉が足りないやつだ。
「聖都は、光神教の教義が色濃くて人々の行いを律している。華美な服装や持ち物などの装飾は忌避される。その一環として、原則、自家用馬車は使用禁止なのだ。特例として公務での使用は認められているが、今日は明らかに私用だからな」
「分かりました」
おそらく、辻馬車では警備の面で心許ないと思ったのだろう。
大きな通りを何度か折れ、やや人気の少ない街路を北へ向かう。15分も走っていると市街地を抜けて風景が変わってきた。
「この辺りは旧市街なのですね」
「そうだな」
ソフィーの言ったとおり、壊れた建物や、半ば崩れた壁だけ残っているような場所が増えてきた。マグノリアの教団施設の位置は現在と変わっていないが、それ以外の市街は現在走っている辺りが中心だったそうだ。300年程前の話だが。
徐々に道に勾配が付き、登り始めると沿道に建物が減り、地面も荒れ地からゴロゴロとした白い岩が目立ってきた。
やがて黒い柵に並行して走ると門が見え、その中に入ると馬車は止まった。
後ろからフロサンが走り寄り、外から扉が開く。さっとパルシェが降りてソフィーを降ろす。俺がしてやりたかったが、触らせたくないのだろう。
おっと。神職が近付いて来た。
「ラングレン卿。お待ちしておりました。サザール遺跡へようこそ。主任学芸員のタースズと申します」
「一般公開していない遺跡を見学させて戴けること、感謝致します」
実は巫女となったソフィーへの礼に代えて、総隊長が教皇庁に口を利いてくれたのだ。それで特別許可となった。
サザールとは人名、予言聖女サザールから取られた名称だ。もっとも物騒な異名は多くあり、本名ではないという説もある。
それ以前に、有名な割に彼女自身に関する公式の記録はほとんど残っていない。補うべく存在する民間伝承では、彼女の出自や前半生には諸説ある。過激なものは、古代エルフの生き残りとか、光神教の神職ではなく在野の巫女でいかがわしい副業もしていたとかの説もある。
「なんの。聖ロムレス憲章に記名された方に、お越し戴けたこと。こちらこそ光栄です」
そういえば、俺も準聖者扱いだった。
彼の視線が、ソフィーに向いた。
「ああ、妹とその従者です」
「ソフィアです。よろしくお願い致します」
「こちらこそ。では早速ですが、中へどうぞ」
さらに2重目の柵に設えた門を通って、バルサムを含め4人で中へ入る。
その先に待っていたのは、鍾乳洞だ。
「被っておけ」
厚手のフェルト帽を2個取り出して、ソフィーに渡す。
「私は結構です」
パルシェに辞退された。いやソフィーよりどこかにぶつけそうなのだが。
「では参りましょう」
手提げの魔灯を持って、タースズが入って行った。
俺達も、やや腰を屈めて中に入る。
「313年までは一般公開していたのですが、内部が荒れてきまして」
ほぉ……。
数分腰を曲げながら進むと、突然洞穴が広がった。
差し渡し50ヤーデンはありそうな大空間だ。ヤレヤレと息を吐いて腰を伸ばす。
「わぁぁ……」
ソフィーが、溜息を漏らした。
薄い褐色の壁面と白く透明度の高い石柱や石筍が、魔灯の光を浴びて七色の彩りを照り返す。嫋やかな妹の溜息に値する幻想的な光景だ。
「聖女様は、ここで予言をされたのでしょうか?」
おお。ソフィーの眼が年相応に、燦めいている。
それはともかく、俺も神学と並行して、宗教史を嗜んだ身なので答えを知ってはいるが、ここは研究員に任せるとしよう。
「ああ、いいえ。この奥に祭壇があり、そこで予言をされていたとの記録があります」
「そうですよね。余り広いと却って気が散ってしまいますものね」
「あっははは。まるでソフィー殿も予言をされるような、口ぶりですねえ」
まあ、するのだが。
ああ……パルシェ。その目付きは止めろ。この男が見たら、驚くぞ。
「普段はそちらまでは、ご案内致しませんが。折角ラングレン卿がお越しですから、特別にお連れ致します」
やや右奥の壁面に洞穴が空いており、そこに入っていく。あっという間に行き止まりとなったが、奥の床面が階段状に迫り上がっている。
あそこが祭殿か。
流石に神聖な場所なのか、その手前に柵が巡らせてある。
光神教の正史によれば、400年も昔にカゴメーヌをはじめとして、5ヶ所のエゴゥの被災地を予言したことになっている。
その予言は、すぐさま各地に知らせが走ったが、2カ所が避難し人的被害が最小限で留まり、聖女の名声を得た。
しかし、西の諸国では一笑に付された後に2カ所が予言通り滅び、残る1カ所は知らせが到達する前に滅んだ。
「聖女サザールは、あちらで祈りを捧げ、天啓を得たと伝わります」
「近くに行っても?」
「はい。柵まででしたら、どうぞご自由に」
わぁと声を上げながら、ソフィーが向かうと、パルシェが付いていった。
それから5分程しげしげと眺めている。
俺には、何が面白いかよく分からない。ああ、パルシェも引き気味だな。しかし、もう戻りましょうとは言わない。健気なものだな。370年に俺が雇ってからだから、もうかれこれ8年になるか。よくソフィーに仕えていてくれる。
学芸員が近くに寄ってきた。
「妹殿も中々に霊格値が高いご様子ですが、巫女志望なのですか?」
タースズだったか? この男も神職らしく、少しは魔束の流れが見えるらしい。
「ああ、そうかも知れぬ」
変に興味を持たれても厄介なので、韜晦しておく。
「あのう! 学芸員殿」
ソフィーだ。
「はい!」
「この丸い物は……なんでしょう?」
柵の手前。鍾乳石の石筍の上に、拳大の珠が乗っている。珠は、石灰岩でなく、水晶のように透明だ。
「それは、サザールの珠玉とも言われ、一説では聖女サザールの呪具なのではないかと言われております。未来視に使っていたと言われたこともありましたが、記録はなく、現在の学説では否定されています」
確かに読んだ史書記載の記憶は無い。
「触ってみても?」
「構いませんが。ただの水晶玉ですよ?」
「はい……あっ!」
「お嬢様!」
触ったソフィーが、ビクッとなって手を引っ込めた。その反応で少し体勢を崩した。
すかさずパルが支える。
「ああ、大事ないわ。ちょっと痺れただけよ」
「お嬢様、手を見せて下さい……ああ、なんともなっていませんね。よかった」
静電気の放電か。この時期には良くあることだが、湿気が多い鍾乳洞では珍しいな。
元気にソフィーが戻って来た。
「お兄様。ちょっとびっくりしました」
「大丈夫か?」
「はい。連れてきて下さって、ありがとうございます」
俺の右腕に抱き付く。
「タースズ殿、案内感謝する」
「ありがとうございました」
「そうですか。では事務所に参りましょう。保管してある史料をご覧戴きます」
お読み頂き感謝致します。
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訂正履歴
2022/05/14 細かく加筆
2022/05/21 くどい表現訂正(1文に名前が2回・・・Vagabond_2018さん ありがとうございます)
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




