416話 小さな異変
毎度おなじみ連休進行のお知らせです。次回投稿予定は5月14日にさせて戴きます。
「それでは、お暇致します」
「うむ。また来るが良い、婿殿。クローソもな」
カゴメーヌ王宮玄関にて、プロモス女王の見送りに最敬礼して馬車に乗り込む。
朝の光を照り返す扉が閉まり、手綱が鳴って馬車が走り始めた。
「はぁぁ……」
クローソが嘆息した。
「ふふふ……クローソさん。お気持ちはわかりますが、その溜息は、お兄様の物ではなくて?」
「そうよね。旦那様、どうぞ!」
溜息を吐けということか?
「俺には、理由が無いが」
「まあ!」
クローソが首を振ると、妹はまた笑った。
†
国家間転送所2箇所を経て、教皇領へ至った。
レガリア近衛師団駐屯地を出て、荒れ地に伸びた街道を聖都マグノリアへ向かう。
「へえ。聖都とはこういう所なんだ」
「殺風景ですね」
「ああ、でも。ここは巡礼路だから。地味……というか、質実剛健というか」
庇い切れてない。
クローソは、初対面では氷の玲瓏さばかりが目に付くが、打ち解けた相手には柔和な表情となるし、意外な程に喋る。
ソフィーはソフィーで、最初はクローソを敵視するような所もあった気がするが、どういうわけか、このところ打ち解けている様子だ。
そもそも、この妹は、あまり人に打ち解けない。特に男には顕著だ。甥であるルークにすら壁があるよな。
以前、あの歳頃は潔癖だからねえ。まあ主な原因は旦那様だけど。そうアリーが評していた。そんなわけはないだろうと思ったが、横でプリシラが頷いていたので、残念ながらそれなりに正しいらしい。
ともあれ、この2人がギスギスしているよりは何倍も良い。
やがて、馬車はマグノリアの市街地へ入った。
「うーん。町の中も地味ね」
「ええ、歴史は感じますが、確かにカゴメーヌの華やかさはないですねえ」
そんな2人の会話を微笑ましく感じていたが、異変に気付いた。
車窓の外を確認するまでもない。明らかに道が違う。定宿であるフォイジン亭へ向かうなら、先程の辻を左だ。
むう。
また直進した。
「どうされました? お兄様」
「ああ」
背中にある壁の上部を叩いて御者台を呼ぶと、小窓が開いた。
「なんでしょう? もしや、路の件でしょうか」
ふむ。御者も訊かれると思っていたようだ。
「その通りだ、ベルソル。いつもと違うようだが」
「はい。そうなのですが、先導車に付いてくるようにと副長殿の言い付けで」
「バルサムか?」
「はい」
ふむ。
「わかった。ご苦労」
「はっ!」
「なんです?」
クローソが少し心配そうだ。
「さあて。何か趣向があるらしい」
それから10分足らずで、戦隊本部にほど近い場所に至った。
新造したような壁を回り込むと門が有った。馬車は、敬礼する騎士団の歩哨の間を通り抜けて、古い館の前で止まった。
「やられた」
玄関前には、執事とメイド達が並んで出迎えている。
その何割かは、ミストリア王都館の者達だ。
先行の馬車から、既にバルサムは降りており、出迎えている。
2人は不思議そうな表情だ。
「ええと。ここって旅亭ではないわよね?」
「ええ。あっ! あのメイドって」
彼女達も、顔見知りの者が何人も居るのを見付けたのだろう。
「降りるぞ」
「お疲れ様でした。こちらが本日からの宿舎です」
バルサムは無表情だ。
王宮を出てから1時間も経っていないので疲れてはいない。
クローソが進み出る。
「バルサム殿、どういうことなのですが?」
もっともな発言だ。
「問答は後だ。中へ入ろう」
「ご案内致します」
俺とクローソとソフィーは、居間となる部屋へ通された。
調度は聖都らしく質素だが、品がある部屋だ。
ソファに座る。
「御館様、ご連絡が遅れて申し訳ありません。勝手ながら、宿舎をフォイジン亭から、こちらへ変更させて戴きました」
言い終わったバルサムは、眉間に皺を寄せている。
バルサムにとっては、定宿としていたフォイジン亭の離れでは警備上問題があるのだろう。
「そのようだな」
「私を叱責されないのでしょうか?」
「これだけ館の者達を動員したのだ、モーガンが知らぬわけはない」
「はぁ。予算措置も承認戴いております」
要するに、俺の知らないところで、周到な根回しと準備がされていることに他ならない。さらに言えば、これだけの館を借り上げるには、この地に協力者が居るに違いない。
「モーガンには、マグノリアでの準備は任せると言った。言った以上、異存はない」
それに、結社薔薇の鎖の暗殺者襲撃事件では、俺が結果的にバルサムを騙した形になっているからな、お互い様だ。
「はっ!」
「バルサム殿!」
クローソが立ち上がった。
「御館様のお言葉はどうあれ、首席秘書官代理として抗議致します。今後は当方とも連携を密に願います」
眉を吊り上げた、なかなかの形相だ。美しい顔が怒ると効果が倍増する。
ただ、今回は無理だろう。クローソに漏らせば俺に筒抜けになるからな。
「了解した」
彼にとっては、元王女の肩書きは関係ないようだ。
†
「はっははは。そうかそうか」
戦隊本部に出頭した俺は、総隊長室でカリベウス閣下と向かい合っている。
「いや、別に卿を騙すつもりはなかったのだが。バルサム殿が警備上心許ないと言うのでな」
バルサムによると、新宿舎の館は戦隊本部に斡旋して貰って賃借契約したそうだ。
聖都には、俺が不在の時期でも執事と騎士団を合わせて2人から3人を常時駐在させている。彼らの役目は、基本的に連絡要員であるが暇ではない。その業務と並行して、今の宿舎の物件を探して整備して俺達が滞在できるように、物、現地要員の手配までするのは協力者なくしては困難とは思っていたが、本部の人達も良くやってくれる。
「他にも、官舎を離れる隊員は複数居る」
「そうなのですか?」
俺は元々戦隊の官舎に入る気はなかったので、他隊員の動向は詳しくない。以前、カストル卿との会合で話題になったことがあった。それによれば官舎は7人から8人程度が滞在できる程度の広さしかないらしい。ならば、多数の従者を連れてきている隊員には、厳しいはずだ。
「さて。飛竜の方は卿に撃退して貰ってから、とんと姿を現さぬ。どう見る?」
「撃退は致しましたが、前にも申したように、姿を現したことに懲りた、もしくは身体を癒やさざるを得ない程の痛撃を与えるまでには及んでいません」
「つまり、卿を恐れて姿を隠して居るのではないということか?」
「おそらくは。何か時期を待っている可能性が高いと思われます」
「ふむ。嵐の前の静けさというわけだ。何を待っているのか訊いてみたいものだ」
久しぶりに顔を合わせたが、この様子では現状差し迫った事項はなさそうだ。
「ところで、先日我が国を、イーズ帝国の特級魔導師が訪れまして」
「貰った書状に書いてあったな、ファラム女史だったな。委細は面談にて知らせると書いてあったが」
「はい。扇情的な内容でしたので、書状に記すことが憚られました」
「それで?」
「まずは、東洋では古より竜と共存していると、言っていました」
総隊長は、右眉を吊り上げた。
「ほう。それは俄には信じがたいが……中々に興味深いな」
目の前で手を翻すと、冊子を掴んでいた。
「こちらに、詳細をまとめました。後程ご一読頂くとして」
「うむ」
「要点を掻い摘まんでお知らせ致します」
この世界には、人類に匹敵する知性を持った5体の成竜が居る。
西洋ならば白い竜が縄張りとしているはず。
しかし、セロアニアなどに出現したのは黒い竜。
東洋では、古に蒼き竜と盟約を結んだという言い伝えがある。
彼の国では、千年余り災厄は起こっていない。
竜は災厄に際してより強くなる、もしくは実力を解放する。
「以上です」
じっと黙って聞いていた総隊長は、咳きひとつを挟んで口を開いた。
「要は、今の西方諸国を襲っている事態は、これまで4百年周期で起きてきた状況とは異なっている。そういうことか」
「はい」
総隊長は、眉間を寄せる。
「ふぅむ。それら情報はよくよく連盟でも諮る必要があるが、クラウデウス陛下はなんと仰った?」
「それが……」
「ん?」
「枝葉だと切って捨てられました。結局の所、竜に応対できるのは、私だけではないかと」
「ふふふ……考えることは同じか」
総隊長は、強面をやや緩ませた。
「しかし、これからまだ竜が強くなるとはな」
「困りましたね」
「そのように嬉しそうに言っても説得力がないぞ」
おっと。
「失礼致しました」
「いや……それと」
「はい」
「例の巫女、卿の妹と書いてあったが」
「はい」
ソフィーの件は、セロアニアの一件では誤魔化していたのだが、教皇領に連れて来るに当たって、総隊長には書状にて打ち明けた。もちろん事前に親父さんの許可は、もらってある。
「是非礼を言いたいが、このような老人が感謝を述べても仕方あるまい」
「いえ、そのような……」
「それでだ。もう少し実になることを考えている」
実になること……?
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訂正履歴
2022/04/30 誤字訂正
2022/05/15 脱字、少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




