415話 出立と寄り道
義実家ぁぁぁ。
「クローソさん。よろしく頼みます」
「はい。励みます」
教皇領聖都へ向け出立する日となった。
いつもは朝に出発するが、今回はプロモス王都で一泊することになっているため、既に夕方になっている。
励むか。
クローソは、同行することに決まってからすぐに、ローザに茶の淹れ方で弟子入りし、かなり練習していたようだ。ローザによるとそこそこ筋が良く、ばらつきが少ないそうだ。
「父上。道中お気を付けて」
「うむ。ルークも留守を頼むぞ。非常時は既に申し渡した通りに」
「はい。お任せ下さい」
「うむ」
もうすぐ6歳になるとはいえ、幼い息子に託すのは心苦しいが、致し方ない。しかし、中々に心強いのも事実だ。
「おとうさま。いってらっしゃい」
レイナはそう言いながらも、がっちりと兄の手を取っている。今回は、絶対に連れていかせないぞという意思表示だろう。
「ああ、行ってくる。お土産はいいのか?」
やや膨れると、明後日の方を向いた。きっとプリシラにねだるなと言われたのだろうな。
「ははは。リーリア。行ってくるぞ」
ローザが抱いた赤子には、んんんと憤られた
「ではな」
「いってらっしゃいませ」
アリーは、悪阻が酷いので見送りには来ていないが、さっき離れの部屋で挨拶を済ませた。
馬車に乗り込む。既にソフィアとクローソが乗り込んでいるので、外から扉が閉ざされた。
†
「ふうぅ。馬車に乗ったまま転送されるとは、驚きました」
国内向けの都市間転送所は、転送門と呼ばれる魔導器を自ら歩いて通り抜けなければならない。使われている性能ではなくて、警備上の制限であり有事や国が必要と認めればその限りではない。クローソが赴任して来た時も、ミストリア国内は馬車移動だったはずだ。
「先程、館を出たばかりなのに、早くもプロモスに至るとは。お兄様のお陰で国を跨いで転送できるなど、隔世の感があります」
妹は見た目通り上機嫌で、口数が多い。ただ13歳で隔世と言われてもな。
「そうですね」
相槌を打ったクローソは平静に見えるが、眉根を寄せたり弛めたりしているところを見ると、あまり機嫌は良くなさそうだ。おそらくは、これから顔を合わすことになる母王に、思うところが有るのだろう。そんな心を知ってか知らでか、先導を受けた馬車は軽やかに進み、間もなく王宮へ入城した。
ほう。今日も正門か。
白亜の潜り門を馬車のまま通り抜け、大きな玄関の前に横付けされた。
賓客扱いだ。前回、王宮へ来た時はミストリア国王の代理である全権委任大使だったから当然として、今回は非公式、私的な訪問だ。強いて言えば新世界戦隊の一員の移動途中だ。
クローソが同行しているからか。
「あっ……爺が居る」
爺?
窓から覗くと、元クローソ付きの老執事が大勢の人の列に並んで居た。
「ミストリアに赴任した時に、退職したって聞いていたのに」
御者が降りてきて、扉を開けた。
まず自分が降りて、クローソとソフィーの降車を手伝う。
振り返ると、中年の細身の男が進み出た。
「ラングレン閣下、プロモスへようこそ」
閣下か。大使扱いのようだ。
「これは、グロッサス閣下。出迎え痛み入ります」
プロモスの宮内庁長官だ。
「閣下をお迎えするのですから、当然です」
後ろの2人にも挨拶すると、踵を返した。
「女王陛下がお待ちですので、ご案内致します」
長官に付いて、歩き心地の良い絨毯の敷かれた廊下を進む。
左に行けば大広間だが、そこは真っ直ぐ進み、やがて右に折れた。その突き当たりの部屋に入った。
厳かすぎる。
大広間の半分もない床面積だが、設えと言い調度と言い、格式で言えば劣らないように見える。
それでも、プロモスとしては非公式行事の範疇らしい。宮内庁長官と侍従長は居るが、他の閣僚は居ない。
さて。女王陛下が、なにやら笑いを押し殺している風情だ。玉座の5ヤーデン前まで進み出て止まる。跪こうとした瞬間。
「婿殿、もそっと近う」
むう。
クローソは第3側室だ。ミストリアでもプロモスでも、法的には婚姻とは認められず、俺との彼女は内縁関係だ。
従って、俺は陛下の婿ではない。だが陛下は、謹厳さを捨てたようで、満面の笑みだ。呼びかけはわざとだな。
そのまま跪いた。
「女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅう。再びお目に掛かれ、恐悦に存じます」
「ふぅむ。随分他人行儀ではないか。グロッサス!」
ん?
「はっ! プロモス王国女王エレニュクス・プレイアス・ラメーシア・デ・プロモスよりラルフェウス・ラングレン名誉男爵へ、名誉子爵位を賜る」
陞爵か。
「引き出物代わりじゃ」
「ありがたき幸せに存じ奉ります」
他国からの封禄贈与は不可だが、叙爵、陞爵だけならば、子爵以下は可と、我が国王陛下から言われている。
「うむ。それから。クローソ、良く戻って参った。元気そうだな」
挨拶も終わったので、立ち上がる。
「痛み入ります。クローソ・ヒルデベルトにございます」
「むう。そなたは、ミストリアの者になったのかも知らぬが、我が娘に変わりないのだぞ」
「はっ!」
先程の引き出物発言で相変わらず、母王に対して怒っているようだ。
「まあよい。して、そちらの娘子は?」
「はい。我が妹にございます。ご挨拶せよ」
「なんと!」
「お目もじ叶い、恐縮に存じます。ソフィア・ラングレンです」
「ふむ。これはかわゆいのう。どうやら、ラングレン家は美男美女の家系のようじゃ。歳はいくつじゃ?」
エスパルダ語でソフィーが挨拶すると、女王陛下も同じ言語で答えてくれた。国家元首が自国語以外で応対するのは、中々に異例だ。まあ、身内扱いの気安い対応ということだろう。
「13歳にございます」
「うーむ。良い歳頃じゃ。婿殿の妹ならば我が子も同然、我が国に参れば権門の婿を斡旋するが、どうじゃ?」
おい!
ソフィーは、黙したままだ。
「ふふん。気が進まぬようじゃな。誰か意中の者でも居るのか?」
「はい。居ります」
んん?
意外な即答だ。
「ははは。婿殿の顔を見よ。世界最強の男が動揺しておるではないか。そうかそうか。まあ好きな者と添うのが一番じゃ。無理強いはせぬ。安心せよ」
「はい」
「ふむ。では……ん」
陛下は侍従長に耳打ちされている。
「今より、1時間の後に晩餐を始めるそうじゃ。別途迎えを向かわせるゆえ……それまでは、案内する部屋で過ごされよ」
「では、しばし失礼致します」
「うむ。ああ、クローソはここに残るよう」
こちらを見たので、肯く。
通された部屋でソフィーと向かい合う。
「どうぞ。お兄様」
「ああ、ありがとう」
茶を淹れてくれたので、一口喫する。
「うむ。美味い」
それに良い茶器だ。
「ふふっ、それはようございました。嫂上に手解きして戴いた甲斐があります」
ほう。ローザは地道に弟子を増やしているな。
これで嫁に行っても恥ずかしくない。そう過ぎったが口にはしない。
そうか。
ソフィーもそういう歳か。貴族の結婚年齢は若い。13歳で嫁ぐなど珍しくもないのだ。現に、結構な数の縁組申し込みが来ているそうだ。
ともあれ。女王陛下へ、ああは答えたが偽りのはずだ。まだそういう気はないはずだ。
『お兄様の役に立ちたい』
そう言っていたからな。
そのようにして寛いでいると、30分程してクローソが入って来た。
あからさまに不機嫌だ。
「では、私はこれで」
ソフィーは立ち上がる、2人のメイドと共に部屋を辞して行った。
「聞いて! 母上ったらね、礼を言えって言うのよ。旦那様と添えることになったのは、妾のお陰だって。全く! 私がどれだけ恥ずかしい思いをしたか分かっていないのよ」
まあ切っ掛けはそうだったが。
「だから、私に子供ができたら、プロモスで面倒見るって」
「はぁ?」
「その場で断ったわ! 断って良かったわよね?」
「もちろん」
「あとは、爺に泣き付かれるし。散々だったわ」
そう言って俺の横に躙り寄ってきた
「大変だったな」
頭を撫でてやると、眉を下げて何度か頷いた。
「まあ爺は、表裏がないから良いけれど……ねえ」
「ん?」
「それって、ソフィアさんが淹れたのよね。貰っても良い?」
指差したのはカップだ。
ああと、飲み止しを差し出すと、クローソはそのまま喫した。
「むう……おいしいわ」
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訂正履歴
2022/04/23 誤字、くどい記述を削除
2022/04/29 プロモス女王とソフィーが会話できた理由相当を加筆
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




