414話 ラルフ 誑す
人誑しというと、羽柴秀吉がイメージされます。とはいえ、話術のみではなかなか人は誑せないと思うのですが。
「だんだんローザに似てきたな」
二女のリーシアを抱いている。今まで寝ていたようだが、薄く瞼が開いた。
生まれて1ヶ月余り経って、重くなった。
順調のようだ。
ローザが艶やかに微笑む。
まだ薄い髪を撫でてやる。色は母の物より明るく、俺の髪に近い気がする。
レイナも可愛かったが、リーシアもなかなかなものだ。
ノックがあって、離れにあるこの部屋に、ローザ付メイドが入って来た。
「なんです?」
ローザは何か感じ取ったようで、メイドが窺っている間に訊いた。
「御館様にご伝言です」
「モーガンか?」
「はい。公館特別応接室へお越し下さいとのことでした」
「わかった。客が着いたようだ」
公館まで俺には関係ない来訪者が多いから、気にしないように魔導感知を外してある。
ソファーに歩み寄ると、ゆっくりと赤子をローザに手渡した。
「お客様とは、例の?」
「うむ。モーガンが呼び寄せたのだ。気に入れば、こちらにも連れて来る。先触れを寄越すが、一応用意をしておいてくれ。では、行ってくる」
少し名残惜しいが、部屋を出て公館へ向かった。
†
特別応接に入ると、モーガンと若い男が立って待っていた。
19歳と聞いたが、胸板が厚くがっしりとした体型だ。
「御館様です」
モーガンの紹介に対して、彼は片膝を床に着けた。
「初めて御意を得ます。トゥーリ・ライゼルと申します」
体型通りの太い声だ。
「うむ。良く来てくれた。掛けてくれ」
ソファーを勧め、自分も対面に座る。モーガンが俺を回り込んで後方へ立った。
「わざわざ、王都まで来て貰って悪かったな。私がクリュグまで出向こうと思っていたのだが……」
「いえ、子爵様は、お忙しい御方ゆえ。それに、都市間転送も使わせて戴いたので。わけはありません」
「それはなによりだ」
少しモーガンを振り返る。
「トゥーリ殿。単刀直入に申し上げます。御館様としては、貴殿を家臣として迎えることをお考えです」
無論事前に伝えてはある。今日の面談で不都合があれば、取り消すことには成るが。
トゥーリはゆっくりと瞑目し、息を吐いた。
「それは、血筋の所為でしょうか? それとも私自身を買って戴いているからでしょうか?」
ふむ、若いな。きっぱりと訊いてきた。
そういう俺自身も3歳しか違わないのだが。
「良い機会だ、言っておこう。両方だ。手の者が、トゥーリ殿のことを調べて、農学の才はなかなかの物と報告を受けている」
「才と呼べるものかどうか。学業として学び、実習も致しましたが、まだまだ実践が足りておりません」
「では聞くが、どうやって実践しようと考えていたのか?」
「来年度から、母校の講師の口が空くため、研究員と兼業で雇って貰う予定でした。既に話はしてあります」
「ふむ。講師も悪くないが、自らの土地相当で実践するのと、学業の一端で実践するのでは、事の切迫度が違うのではないか?」
少しムッとしたようだ。
「確かに重い責任を負って実践すれば、得られる知見の深さは違うとは存じますが。准男爵家の次男の私にそれが叶いましょうか? それとも、子爵様の家臣となれば、仰ったことができるのでしょうか?」
「トゥーリ殿!」
モーガンが少し声を荒らげた。
そう。准男爵は貴族ではあるが、爵位に対する封禄はない。つまり、収入は何かしらの職業の報酬もしくは私有財産から揚がる物だけだ。
次男に後者は、ほぼ回ってこない。
「いいや、構わぬ。今のところトゥーリ殿は我が家臣ではない。従兄弟だ。いっそ、ラルフェウスと呼ばれるが良い」
「では、ラルフェウス様。如何なものでしょうか?」
「トゥーリ殿には、我が子爵領の農政方を勤めて貰いたいと考えている」
「農政方」
「子爵領付きの役人だ。今は、封地を父に委ねているが、いずれ合流するだろう。トゥーリ殿には、我が一門として准男爵位を授けると共に、私有地の内から農耕地、牧地、山林。合わせて1000レイカー(300ha)を与えることを考えている」
領主には、陪臣として自家の2階級下までの爵位を授ける権限が認められている。つまり、言ったことは実現可能だ。
「准男爵位に1000レイカーもの土地を?」
「実践を積むのに不足はないと思うが」
「不足どころか、破格のご提案と存じます。それ以前に、私如き若輩者にはっきりとお心を明かして戴き、感激致しました。この話、お受けします。ただし……」
ん?
「何の成果も挙げずして、封地を戴くわけには参りません。5年の後にご評価戴き、それに応じて改めて下賜願います。それまではお借りしておきます」
「あっはははは……これは良い。それまでは、応分の俸給で雇用しよう。モーガン、そのように計らうように」
財物に目が眩んだわけではないとの表明だな。気位というよりは矜恃か。スードリの調査結果にあった、実直な性格というのは正しいらしい。
「承りました」
†
15分余り、互いの生い立ちを話し込んでいると、執事が迎えに来て、離れの広間に誘導された。
中に入ると、家族が待っていた。それ以外にも執事とメイド達が、壁際に立って居るが。
「ここに座って居るのは妻達と子達だ。こちらは我が従弟殿だ」
「初めまして、トゥーリ・ライゼルと申します。この度、子爵様の家臣となりました。よろしくお願い致します」
皆が一斉に会釈した。
「ああ、この館には妹も居るが、今は出払っている。そこに掛けてくれ」
ソファに座らせる。
「旦那様。ライゼル家と仰いますと」
プリシアが訊いてきた。
「うむ。私を含め皆は会ったことはないが、デグラーネ殿という叔父上がいらっしゃるのだ。叔父上は、幼い頃にライゼル准男爵家へ養子に行かれて、今はファフニール侯爵領クリュグにお住まいだ」
「えっ、ウチ?」
「はっ?」
「ははは。それは、後で説明するとして、我が家族を紹介しよう。私の隣から、ローザンヌ、我が正室だ。抱いているのは、最近生まれた二女のリーシアだ」
「よろしく、トゥーリ殿」
「はい、奥様。よろしくお願い致します」
「うむ。その右に居るのが、長男のルークだ」
「よろしくお願い致します、ルーク様」
「父上、私は何とお呼びすれば?」
「ああ、そうだな。従叔父だが、叔父上でよいだろう」
「はい」
ルークは、ニマッと笑うと立ち上がった。
「お初にお目に掛かります。ルークと申します。もうすぐ6歳になります。トゥーリ叔父上。よろしくお願い致します」
ハキハキと挨拶した。相変わらず、人懐こい性格だ。
「これは、ご丁寧なご挨拶。感服致しました」
褒められて嬉しかったのか、ルークは満面の笑みだ。
「その向こうは長女のレイナ、さらにその母で側室のプリシラだ」
「よろしくお願い致します。お嬢様」
「よっ、よろしく」
打って変わって、レイナは人見知りだ。答えると、隣に居る兄の腕にぎゅっとしがみついた。
「その向こうが、アリシア。我が側室にして、ローザンヌの実の妹だ」
「はあ……」
そう答えて、怪訝な顔をしつつ会釈した。
「えーと、旦那様。旦那様の従弟なら、私の何に当たるのかな?」
「アリーに対しても義従弟だ。血統的に言えば、再従弟でもある」
「そうか。なるほど」
「すみません。あのう」
トゥーリが、眉根を寄せている。
「ああ、ローザンヌとアリシアは、我が父およびデグラーネ殿の従妹マルティナ殿の子なのだ。ゆえに、2人は卿の再従姉に当たる」
「はあ、これは……複雑ですな」
「複雑ついでに言っておくと……ローザンヌはダンケルク子爵家の猶子、アリシアはファフニール侯爵家の猶子でな」
「はあ?」
「アリシアは当代アレクサンデル侯爵の義妹、私は義弟に当たる」
「そっ、そうなのですか。御領主様の……あぁ、それで先程ウチとおっしゃったのですね。クリュグは田舎ゆえ情報に疎く。知らぬことはいえ、大変失礼致しました」
「構わぬ。そして、最後に3人目の側室、クローソ・ヒルデベルトだ」
「よろしく」
「よろしくお願い致します」
2人が会釈し合った。
「あのう、ヒルデベルトと仰いますと?」
家名持ちだ。気になるのだろう。
「ああ、名誉女性男爵だ。最近授かった」
「そうでしたか。おめでとうございます」
「ふぅむ……めでたくはないな。元はプロモスの王女だったからな」
俺の顔を穴が明くほど見た。
「……おっ、王女……殿下。はっははぁぁぁ」
トゥーリは、跳ね上がるようにして、絨毯の上に拝跪した。
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訂正履歴
2022/04/16 誤字訂正、少々加筆
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




