413話 人事
上司だったり、偉い人から用件を告げられず呼びつけられると、微妙な感じですよね。
すわ! 人事? 組織変え? と、いつもより頭が回ります。
新年を迎えてから、しばらく日が経った昼下がり。モーガン以下執事幹部、ダノン以下騎士団幹部、アストラ以下秘書官を公館広間に呼び寄せた。
「全員揃っております。御館様」
「うむ」
モーガンに促されて立ち上がり、演台に進む。集った20人弱を見渡す。皆やや緊張した面持ちだ。
これから何を話すかを、ほとんどの者には明かしていないからな。
「皆に揃って貰ったのは、他でもない。新世界戦隊員として、再び教皇領へ詰めることとした」
一部出席者からは、溜息交じりの低い声が出た。
俺は戦隊の一員ではあるが、遊軍相当であり、また国家間転送の実用化を受けて、世界のどこで過ごすかは任されている。よって、他の隊員とは異なり教皇領滞在が義務ではないことは皆知っている。だから、少し意外だったのだろう。ならばこそ、別の疑問が生じる。
「安心してくれ。現状、特に明確な危機ではない。他の隊員と協力することもあるからな。今後は定期的に聖都に詰めることを考えている。今回もその一環だ」
ようやく、悪い話ではないと思ったのだろう。皆の顔に落ち着きが漂う。
「聖都到着は1月25日、2週間後だ。今回もプロモス王国王都カゴメーヌを経由する。聖都における滞在期間は、概ね2週間から1ヶ月を念頭に置いている。随員だが、クローソを首席秘書官代理として同行させる」
皆は俺の言葉が意外だったのか、目線は左右の反応を窺っているようだ。予め、皆には彼女を王族として扱う必要はないと宣してはいるが、流石に遠慮があるのだろう。
その中で、首席秘書官であるローザは泰然としている。これまでなら、自分を同行させろと迫ってくるところだが、クローソ同行の発案は彼女だ。逆に自分には、まだ乳飲み子が居るのでという、至極真っ当な理由を述べ、自分は辞退すると宣言した。
無論俺に否やはない。クローソが我が館へやって来てから、細々とした俺の面倒を彼女に任せる頻度が増えており、ローザの態度の変化を訝しんでいたところだ。
それでも、クローソとしても手持ち無沙汰のようで、バロール卿の館に通い、最近仲良くなったナディさんに手芸を習っていたぐらいだ。
視線が集まる中で、クローソは立ち上がり会釈をした。
「ローザンヌ殿と同じようにはいかないと存じますが。よろしくお願い致します」
中々流暢なミストリア語だ。
俺は知らなかったが、大使就任以来4年余り言語習得に勤しんでいたそうで、会話には全く問題がない。
「それから、大使秘書官は最少人数で構わない。それ以外の人員は、各担当ごとに提案を出してくれ。以上だ」
「御館様、質問してもよろしいでしょうか?」
「何かな、ペレアス班長」
立ち上がった。
「今回の聖都駐在は、定例のものと仰いましたが、どの程度の規模と考えればよろしいでしょうか?」
彼は、物資調達の責任者だ。随員の規模で調達量が変わる。当然の質問だ。
「規模は、皆からの提案を見て調整する。が、基本的に、私へ巨大超獣に対する出動要請は来ない。来るとすれば竜が現れた時となるが、いつどこに現れるかは、誰にも分からぬ。よって騎士団の人数は、上限として前回並を念頭に置いてくれ」
「承りました。お言葉を前提として調達班内で計画を練ります」
「うむ。皆も頼むぞ」
「「「はい!」」」
他に質問や意見具申を申し出る者は居なさそうだったので、演台を離れて席に戻る。
「では、これにて合同幹部会議を終わりますが、1次予算案については、1週間以内に私まで提出するように。では解散」
モーガンが会議を締めた。
会議というよりは、通達だったが。
†
ノックだ。
ちょうど署名を終わった財務書類を、手伝ってくれているクローソに渡し、ペンを置く。
「入れ!」
扉が開き、ソフィーが静々とこちらへやって来た。クローソは意外だったようで、眉が上がって下がった。
ソフィーは、振り返ると扉を閉めた。
ふむ。珍しく1人で話をするつもりらしい。
「お兄様。折り入ってお願いがございます。お時間を戴きたいのですが」
思い詰めた表情だ。
言い終わると、首席秘書官代理の方を見遣った。
お願いか。思い当たる節はいくつかあるが。最も有力な説は、時期的に早い気がする。
「うむ。今なら構わないが」
クローソは一瞬上目遣いになった後、立ち上がった。
「お茶を淹れて参ります」
「ああ、クローソにも関係がある話のようだ」
「はぁ……」
折角気を使ったのにという思いなのだろう、クローソの眉間に皺を寄せた。
だが邪魔と思えば、人払いをとはっきりソフィーは言うぞ。
「では、そこに掛けて」
ソファーを勧めると、優雅に腰掛けた。
俺はその対面に座る。
「話とは?」
「はい。お兄様は、近々再び教皇領へ赴かれると、義姉上から聞き及びました」
どっちの姉だ?
それは分からないが、ソフィーの願いは分かった。
「ああ。おそらく20日過ぎには、王都を発つことになるだろう。しかし、この件は機密に属することだ。他言しないように」
「心得ております。では私の願いを申し上げます」
分かっているが。
「ふむ」
「私を教皇領へ伴って下さい」
予想通りの言葉を言い切ると、妹は面を伏せた。俺に却下されると思っているのだろう。
「しかしだな……」
「ソフィアは、お兄様のお役に立てなければ生きている意味がありません」
はっ?
母譲りの美少女が、目に一杯の涙を溜めている。
兄は嬉しいぞ……嬉しいが。
「前回は、助言が役に立った。それにソフィーのことは大人として扱うと決めている。俺としては、連れていくことに異存はない」
「本当ですか?」
おおぅ。久々にソフィーの晴れやかな笑顔を観ることができた。
「ああ。だが、俺の一存で連れ出すわけにはいかん」
「父上と母上の同意は既に貰っています」
おいおい。俺の承諾が最後か。それに、娘が危険になるかも知れないのに、良いのか?
俺も同罪か。少なくとも批判できる立場にはない。
すぐ連絡は付くのだ、嘘を吐いても意味はない。同意は貰ったのだろう。
「本当です。ルークに十分な将来性があることがわかったので、跡取りに対して、私は無用になりました。ラングレン家も安泰ですから」
「断じて無用ではない。誰がどうあれ、ソフィーは大事な妹なのだからな」
……うと、ですか。
ん? 良く聞こえなかった。
「申し訳ありません。2度と申しません」
「うむ。母上の真意は確認しておく。それから伴うのは、聖都までだ。竜や超獣の出現場所へ近付ける訳にはいかぬ」
「はい。それで結構です。ありがとうございます」
「いや。俺のやることに、ソフィーまで関わらせてしまって済まない」
俺は胸に手を当てて、謝意を示す。
目線を戻すと、妹は涙をこぼしながら、喜びを湛えていた。
「では、失礼致します」
跳ねるように歩いて扉を開けると、その外に俺への敵意を隠しもしないパルシェが待ち構えていた。
大きな音で扉が閉まった。
「ふう。子供に見えて、流石は旦那様の妹ね。良い覚悟だわ」
王家で育っただけあって、殉ずる精神は人後に落ちない。若年だろうと容赦がない。
「ふむ。誰か俺以外の男に興味をもってくれれば、良いのだが」
「それは、難しいんじゃ……ごめんなさい」
「いや……構わん」
席に戻ったが、次の書類をクローソは差し出さない。俺はそれにしばらく甘えた。
おっ!
向こうから来てくれた。
立ち上がり、扉を開ける。
「どうぞお入り下さい」
「まあ!」
驚いたように眉根を寄せる。
「こちらから伺おうと思っておりました」
「そう?」
入れ違いに、クローソは出ていった。
ソファーに座って向かい合う。
「ふふふ。さっき離れの廊下で、ソフィーを見掛けたのだけど。舞うように自分の部屋に入っていったわ。後ろのパルちゃんは、随分恐い顔をしていたけれど」
それで、様子を窺いに来たのか。
「それはともかく。父上がソフィーに私の手伝いをさせても良いと仰ったと聞きましたが」
「言ったみたいよ。その後で相当辛そうだったけれど。王都に行くと言った時も反対しなかったし。まあ、ラルフなら大丈夫と思ったんじゃない?」
「母上はどうなのです?」
「私? ふふん。ラルフに付いて聖都へ行きたいと言ったから、承諾したわよ。ソフィーは私の娘だからね。止められないわよ。そう思って、ラルフも連れていくのでしょう?」
肯くと、にぃと口角を上げた。
「やっぱりね。でも、あなたも分かってきたじゃない。ラルフが拒絶したら、あの子は腐るからね」
言いたいことは分かる。分かりたくはないが。
「さて。じゃあ、ここに居る用もなくなったし、明日にでもエルメーダへ帰るわ。手配してくれる?」
「わかりました」
おふくろも上機嫌で、部屋を出て行った。
しばらくして、茶器を持ってクローソが戻って来た。
「大奥様は?」
「ああ、部屋に戻られた。明日エルメーダに戻るそうだ」
「はぁ……」
……親父さんに詫び状を書くとするか。
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訂正履歴
2022/04/09 誤字訂正、少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




