42話 上京
4章の開幕です。
上京という言葉には、なにやら滲む思いがあります。それはともかく。
古来、歴史を大きく変える者は、都の外から来ます。
ラルフ君もそう成れるや否や!
4月。
来月の中等学校卒業が近付いてきた。
その前に済まさなければならないことがある。夕食の後、居間に行く。
居た。
もうすぐ基礎学校2年生になる妹が、本を読んでいる。
「ソフィー。少し話があるんだ」
「ん? 何?」
艶やかな肌に、じっとこちらを視る円らな瞳。兄の目から見ても、馨しい美少女に育ってきている。
「ああぁ。俺のことなんだけど」
「お兄ちゃんのこと?」
「そうだ。中等学校を卒業した後、7月からのことだ」
「えっと? 領都の学校へ行くの?」
微笑みが引っ込み、少し真顔になる。
「うーん。学校は、学校なんだけど。王都なんだ」
「スパイラス……」
ソフィーは復唱して、数度瞬きした。
じわじわっと理解したのか、顎が下がり、眉尻も下がった。
「嘘! お兄ちゃん、嘘だよね」
もう目元に涙が貯まってきてる。
その上目遣いは止めて。
兄も嘘と言いたい。が。ここは心を鬼にして……。
「……嘘じゃないんだ、ソフィー」
ああ。愛らしい頬に、涙が決壊した。
「王都って遠いよ……ねえ。この館、を、出て、行く、ってこと?」
咽び泣かれても負ける訳にはいかない。
「そうだ!」
「いやぁああ」
ああ、ソフィーを泣かしたのは初めてか。凄まじい精神破壊力だな。
「ソフィー!」
なだめようとしたけど。ソフィーは全身を左右にねじって、手を振り回し、扉に向かう。
「おっ、お、お姉ちゃんに、言いつけるからぁぁぁあああ」
嵐のように、部屋を出て行った。
お姉ちゃんか……無駄なんだけどなあ。
まさかと思っていたが、ローザは王都城内にある館を本当に借り受けられるようにしてしまった。
そんなことは無理に違いないと高を括って、もしできたら王都同行しても良いと言ったが。こうなっては仕方ない、寄宿舎の申請を取りやめた。
『メイドの横の連繋を、甘く見ないで下さい! メイド道に不可能はないのです。うふふふふ……』
何でも、ローザをメイド道に目覚めさせることになった、伝説の人が王都に居るらしく、その伝手を頼ったようだ。
『父方の遠縁に当たる人なのです』
だそうだ。
姉2人が、俺の共犯者と知ったソフィーは、しばらく口を利いてくれなかったし、出かけるときも見送ってくれなかった。
† † †
6月。
来月には修学院に入学だ。
お世話になった司祭様、助祭様にお礼と別れを告げ、領都では祖父母、そしてダノンさんご夫妻に挨拶して、駅馬車に乗った。バロックさん一家には予め、別れを済ませている。
駅馬車に揺られまくること、4日間。
ようやく目的地が見え始めた。王都だ!
「やっと、着いたぁ」
「アリー! だらしない格好は止めなさい」
「いいじゃん。他は誰も乗っていないし!」
昨日まで、同乗者はいたのだが。1つ前の宿場で降りて、居なくなった。
「いい加減、お尻痛い……都市間転送が使えれば良かったのに」
「もうすぐ着くから、子供みたいなことを言わないの!」
アリーは都市間転送のことを知ってから、何度も愚痴っている。
まあ、あれは瞬時に遠距離を移動できるそうだからな。そうだからなあというのは、俺自身も使ったことがないからだ。非常用の手段だから、使用を許されている大貴族も平時は余り使用しないそうだ。
先程から街道を行き交う人が増え、ぽつぽつとまばらだった建物の密度が高まり、街並みとなっていく。しかし。
「なんて言うか、みすぼらしいね」
アリーが車窓から外を見て呟いた
確かに、王都というには粗末な建物ばかりが見える。
「華の都って聞いたような……」
「ここは城外地区だからな」
「城外?」
「ああ。聞いた話では、王都城内に入る資格を持たない者達が、無許可で住み着いているんだ」
「へえ。そうなんだ。私達が住む所は?」
「御館は……ほら、あの城壁の中ですよ」
ローザが、高く聳える淡い褐色の壁を指差した。
それから城壁に近付くにつれ、建物は段々まともになっていったが、それでもゴミゴミとした風景が500ヤーデンも続き、突如開けた。
城壁が、目の当たりになる。
領都の倍はあるな、高さも厚みも。
一声高く嘶いて、石畳を蹴る蹄音が途切れる。駅馬車の終点、城門前の広場に着いたのだ。
まずローザとアリーが降り、魔導鞄から出した大きめバッグを2人に渡す。外で出すと人目が気になるからな。それから自分のバッグも出して、ようやく身体が馴染んできた車を降りる。振り返って見上げた。
「セレナ!」
馬車の屋根の上でむくっと首をあげた。
「着いたぞ!」
起き上がると、屋根から飛び、音も無く地面に降り立った。
後金を払い、御者に礼を言って別れた。
広場を突っ切って進むと、東門と大きく扁額された門が有り、そこに長い行列がある。
列は2つ、いや、よく見ると短いのがもう1つあった。合計3列だ。
何が違うんだ?
城内から出てきた人を捕まえる。
「お尋ねします。この王都城内に入る行列が3列ありますが、何が違うんでしょうか?」
壮年のおじさんは訝しそうに、俺を視た。
「あんた。王都に来るのは初めてかい?」
「はい。そうです」
「そうか。ああ、1番短いのが城内の住民用。だからあんた達は、それじゃない。中くらいのが、城内への転居申請。1番長いのが、一時滞在、まあ観光客用だな」
「ありがとうございます。助かります」
「じゃあな!」
おじさんは、軽く手を振って去って行った。
「ローザ、アリー、あの列に並ぼう」
「うわあ時間掛かるね」
並んだのは良いが。この列は進みが悪い。
住民用は、本当に審査しているかどうか分からない程度で、ほぼ素通り。
観光用はそれより進みが遅いが、門の方で5列に分岐して、それぞれ審査されており、進みはそれ程悪くない。
しかし、俺達が並んでい転居申請の列は、遅々として進まない。
アリーがぶーぶー文句を垂れ流している。
最初は宥めてやっていたが、今は放置だ。
1時間余り待たされて、審査しているところが見えた。なるほど、入念に荷物を調べている。その荷物が多いのが時間が掛かる原因だな。まあ、引っ越しの荷物だから仕方ないのだろう。
それからさらに30分待たされて、俺たちの番になった。外郭在住許可証を渡す。
「えーと。スワレス伯爵領シュテルン村出身、准男爵子息ラルフェウス・ラングレンとその一行2名」
審査官が、じろりと俺達を視る。
「ふむ。君が筆頭だな」
「はい」
「生憎、准男爵の一族では許可できぬが……在住資格の根拠は……失礼! 光神教会の修学院に入学予定……なるほど資格有りと認めます。で、転入地は東街区ロータス通り2丁目?」
再度俺達を視た。
「何か?」
「あそこは、高級住宅街のはずだが……3人で?」
高級? そうなのか?
ローザが進み出る。
「ラングレン家のご親戚の伝手が有り、空いている館を借り受けることになっています。こちらがその証文になります」
折り畳んだ紙を差し出す。
「……ふむ。確かに。転入地も問題なしと。それからローザに、アリシアと」
2人はそれぞれ肯いた。
「そして、足下のそれが、従魔の魔狼だな」
あれ? 思ったより反応薄いな。王都は従魔使い多いのか?
「青白いのは珍しいな。ほう一級従魔か。首輪もしているな。大きさを測らせて貰うぞ。引き綱を持って」
一級とは、従魔の強さではなく、調教状態を示していて従魔使いが嗾けない限り、周囲に迷惑を掛けない程度のことだ。ここに来る前に領都で認証して貰った。
それから、こっちに来る前に、首輪を新調しましたよ。結構高かったな。
【大人しくしてろよ】
「ワッフ」
助手が、巻尺を当ててセレナの体長を測っている。
「2ヤーデン40リンチか、入場可だな。次は……」
城内に入れることができる従魔の体長は、確か3ヤーデン以下だ。それを超える大型従魔は、あっちに見える厩舎に預けないとならない。セレナは城内に連れ込み可能ということだ。もちろん村のような放し飼いは不可だが。
ちなみに従魔ではないが、馬の場合は、内郭在住者でもない限り、厩舎に預ける必要がある。
「それで、荷物は今持っている物だけか? そこに書いてある持ち込み税が掛かる物があれば、申請が必要だ」
事前に調べてあるが、高札を見る。貨幣以外の、金銀。ミスリル等の特定金属の地金……やはり持っていない。
「ありません」
「では、念のために荷物を確認させて戴く。ああ、ご婦人の持ち物はあちらの女性審査官が承ります」
10分後。
「入城を許可致します。ようこそ王都へ」
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訂正履歴
2020/07/26 誤字訂正(ID:360121さん ありがとうございます)