閑話17 ソフィア お告げを得る
予知夢って見たことないですねえ。時々見るのは素晴らしく物事が進んでいるって夢。あまりにも出来過ぎていて、ああこれは夢だと気付く時があります。
「お母様」
「何です? ソフィア」
初夏の日差しが差し込むエルメーダ城の食堂。
朝食後の茶を、眼前で薫らせているお母様に話しかける。
お父様も先程まで居たのだけど、何やら急いでいらっしゃったようで黙々と食べると食堂を出ていかれた。おかげで、これからの話を2回する羽目になった
「私。昨夜夢を見ました」
「夢?」
この娘は、何の話を始めたのだろうという表情を浮かべた。
「はい。その夢でお告げがございました」
「お告げ……ふむ」
「はい。そこに出てこられた神……いえ、おそらくは天使だと思うのですが、獣のような顔をしていらして」
お母様は、眉間に皺を寄せて、あらかさまに表情を曇らせていく。
「獣のような顔の天使など聞いたことがありません。もう。その話は結構。いくら中等学校の学力認定を受けたからといって、あなたには暇はありませんよ。新たな家庭教師が来るまで……」
「いいえ、お母様。その教師をお断り下さい」
「なんですって!」
結構な鋭さで睨むと、額に手を持って行って摩り始めた。
しかし、ここで怯むわけにはいかない。
「お告げに拠れば、私は巫女となるため修行を始め。そしてお兄様の役に立たねばなりません」
「ふぅむ。ラルフは、確かに神に祝福を受けた者でしょう。我が子ながら畏まりたくなるくらいです。しかし、あなたは違います。多少霊格値が高い位で自惚れてはなりません。そのように軽率な考えで、ラルフの障害となるとは思わないのですか?」
「全く思いません」
「はぁ……育て方を間違えました、旦那様に止めて戴かねば。誰か!」
「お母様。私がお兄様の役に立てることを、証明すればよろしいのですか?」
「そのようなことができるわけがありません」
「近日、王都から私を迎える方が来られます。その方も、お告げの夢を一緒に見たのですから」
「そんな馬鹿な!」
眼を閉じて、手を顔先に翳すと息を吹きかけた。
瞼の奥に、映像が浮かぶ。
「馬鹿ではありません。そうですね……明後日に、お迎えが来るそうです」
「何を言うのです」
「明後日朝10時に、城門の前に、白馬に乗った女性がお一人で来られます。そしてこうおっしゃいます。男爵殿はいらっしゃるか? ミストリア国家危機対策委員会の者だ」
†
「これからなんとお呼びすればよろしいですか?」
この馬車に同乗している女性に訊いてみる。
私が、お母様に一昨日言った通りとなった。
彼女は高を括っていたのだろうが、ディアナ・ルーナスと名乗ったこの方が先程エルメーダ城を訪れたことで折れた。
私が同じ夢を見たと仰ったからだ。
それにお母様は何かを感じたらしく、私が巫女になることを父に許すよう掛け合ってくれた。結局父母達は、パルの同行のみを条件に同意してくれた。
「フフフ……ソフィアは喋るとますますラルフェウス卿に似てくるねえ」
「そうですか?」
あぁ。パルが思い切り嫌そうな顔をしている。
前にパルシェに訊いたことがある。お兄様が嫌いなのかと?
その時の返答は、数分間熟考した上でこう答えた。別にお兄様を嫌いではない。だが、私とお兄様が近付くのは許せないそうだ。
兄妹なのだから近付くのは当たり前なのだけど。パルにとってはそうではないらしい。
「ああ呼び名の件ですが、導師というのは如何でしょう?」
「導師……何か硬いな。お姉様というのは、どう?」
「お姉様ですか……」
「うっ、従者君の目が恐いんだけど!」
「パッ、パル!」
「へぇぇ、パルって名前なの?」
「パルシェと申します」
いつも以上に低音で名乗った。
「ふむ。まあ導師は硬いから、普段はルーナでいいよ」
「はい。ではルーナ様」
「しかし、修行するのに従者連れて行けって、ご両親も過保護だよねえ」
「済みません」
「まあ、女子だからいいけどねえ。ラルフェウス卿が、ウチに踏み込んできた時はどうしようかと思ったけど」
「ルーナ様は、兄とは親しいのでしょうか?」
「そりゃあもう、同じ賢者だし……って、嘘。ラルフェウス卿は、いつもパルちゃんより恐い目で見るからねえ」
†
ソノールから王都へ転送されたが、どこにも寄らず城外に出た。そして馬車は北へと数時間ひた走り、街道の宿で一泊した後、昼頃に目的地へ着いた。
兵が立った門を通り抜けると、牧場のような広大な場所を横切っていく。
「あのう、ここはどういった?」
「ああ、王室の土地でね」
「まあ! 王室」
流石は賢者様。王室の持ち物を使えるらしい。
「うん。ヴィノーラ御料地っていう場所よ。ああ、ここに来たことは誰にも言わないように。愛しいお兄様であっても」
むう。
それから、ひとつの館を借り切って、修行を始めることになった……のだが。
導師はどこからか、麦わら帽を差し出した。
当たり前のように、戸外へ出ていく彼女を追って、川の脇の路を歩き出した。
30分も歩いた頃。
「滝だわ」
少し前から林に囲まれていたけれど、ぽっかりと開けた。川は、幅が広がって水が溜まり、そこへ向けて崖から清水が降り注いでいた。
滝はそこそこの流量で、途切れない水音と共に白く弾け、盛夏の暑さが少し和らぐ。
「手を出して」
「はい」
手が繋がれると引っ張られ、滝壺の水面へ踏み出した。
えっと思ったが、なぜか私達は落ちることなく、何歩も宙を歩くと、中程にある大きな岩の上に辿り付いた。足下は、比較的平らになっており。数人が乗れる程の広さがある。滝の湿気と巨木達の影が落ちていて、ここは涼やかだ
えっ?
水音に驚いて振り返ると、パルが川にハマっていた。まあ膝位の深さみたいで大したことにはなっていない。
「ああ、濡れるとうっとしいから、パル君はそっちの岸に居て」
「はぁ……はい」
どうやらこっちに付いて来ようとして、落ちたようだ。
「さぁて。始めるとしよう。さあ、その少し突き出した部分に座って」
言われたように座ったが、気を抜くと川に落ちそうだ。
「それで、何を」
「瞑想さ」
「瞑想」
「そうだね。眼を閉じて、まずは何も考えない……というのは難しいから、この滝の水音が聞こえないようにしてみて」
「はあ……」
「だからって、眠ると落ちるよ」
「やっ、やってみます」
それから何日も1日に数時間はそこに座り、瞑想を続ける事になった。
† † †
「ああ、こちらは、国家危機対策委員会だ。ラルフェウス卿を頼む」
導師は、魔導具だろう魔石を手に乗せて、そこに語りかけている。よく見ると魔石は眸と魔晄を放っていた。
「ん? 名前? 男爵のルーナと伝えてくれ。それで分かる」
通話が途切れこちらを向かれた。
「ああ、ソフィー。これは、ラルフェウス卿が作った通信魔導具さ。世界の果てまで声が届くとはね。相変わらず、とんでもないよね」
言い方はともかく、お兄様を褒めているのだわ。私を落ち着かせるために。
『ルーナ卿、お久しぶりです。ラングレンです』
お兄様の声だ!
「やあ、ラルフェウス卿。元気かい?」
『先に申し上げておきますが、国際間通信で私信は禁止されていますよ』
こっちに、苦い顔を向ける。
「……いっ、いやだなあ。もちろん公務だよ……それでだ。連絡したのは、君の愛しい人の頼みだからだ」
えっ!? 導師が顎を決った、私に話せということだわ。
「お兄様!」
思わず声が上ずる。
『その声は、ソフィア?!』
「はい!」
『ルーナ卿。ソフィアには手を出さないと言いましたよね!』
「出していないって。逆だよ、逆!」
導師が笑っている。
私はそこで何を言ったのか、記憶が曖昧だが、私は瞑想の末に、浮かんだ光景を訴えた。
「近く、お兄様から見て北西の地に、災いが訪れます!!」
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訂正履歴
2022/03/19 呼び名統一
2025/05/11 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




