閑話16 クローソ 大いに悩む
こういう悩みなら欲しい! けど本人にとっては結構深刻だったりしますよね。
はぁぁぁ。
求婚されてしまった!
身を揉んで、ベッドの上で転げ回る。
いや。
求婚ならば、数度は経験がある。
ただ意中の相手からは初めてだ。
ノックがあって、メイドのメーリルが入って来た。
「大使閣下。昼食の用意が調いました。食堂へお越し下さいませ」
「今は……食べたくない」
メーリルは、まじまじと私を見る。
私が子供の頃から仕えて貰っている彼女は、呆れたように眉根を寄せて、口調を変えた。
「お嬢様。食べたくないと仰いますが。午後にはいくつかご予定が入っておりますよ」
まるで幼児を諭そうとしている風情だ。
「その予定は、日取りを変えて……」
「アバース殿が聞けば、さぞお嘆きなさることでしょう」
「爺を持ち出さなくても良いではないか!」
いや。分かっている。彼女に甘えているのだ。
「先程、ラングレン閣下がお見えになったようですが。何かございましたか?」
「うっ!」
隠しても仕方ない。
「求婚された」
「それは、おめでとうございます」
「何がめでたいものか!」
「そうですか? 女王陛下からのお申し込みなのではないのですか?」
「うむ。しかしだ。わっ、私よりは若いが、彼には妻が3人も居て、子供が2人。もうすぐ3人目が生まれてくるのだ」
「先だってのセロアニアの方も、お子様がおひとり。貴族ではさして珍しいとは思いませんが?」
「いやっ、そうだが……出会ったころのラングレン卿は、それはそれは可愛い感じだったのに」
「遠い地に分かれていたとは言え、してやられましたな」
「ううう。だから、そういう先入観をだなあ」
そもそも、ローザ殿は赤子の時から世話をしていたのだ、出し抜けるはずはない。
「おや? 嫌いな殿方の御館へ、足繁く通われるのは変ではありませんか? 私もアバース殿を誤魔化すのが難儀なのですが」
「あっ、あれは……ルっ、ルークという息子が、ラングレン卿よりもさらに可愛いのだ。いや、まああの歳頃のラングレン卿には会ってないのだが」
「うふふふ。さて。お元気も戻って来たようにお見受け致します。ご昼食は如何なさいますか?」
「むぅぅ、わかった。戴くとしよう」
†
翌日。
「ローザ殿。驚かないで聞いて貰いたのだが……」
使者を出したところ、ラルフェウス卿が王宮へ出掛けられたと訊き、彼の館にやって来た。
女の私が見ても、惚れ惚れする程の美女だ。
慈母のようなありがたい微笑みを湛えている。しかし、私が言葉を続ければ驚愕に歪むかも知れない。
最近は第2子、ルークの弟か妹を妊娠されており、腹の膨らみが目立ってきた。
余りに驚いて、差し障りがあってはまずい。
が、後で聞けば、余計驚くに違いないし……意を決する。
「実は先日ラルフェウス卿が、私を側室にと……ああ。いや。私はまだ返事をしていない」
そう言い切って、ローザ殿の顔を見遣る。
彼女は、やや小首を傾げて、左を向いてから、とんでもないことを言った。
「はい。存じております。クローソ殿をお迎えするようにと、主人に奨めました」
「ええ? なんと! ローザ殿が?」
彼女は正室なのだぞ? どういう神経なのだ。自分が身籠もって居るからか。
「いえ、私だけではなく……」
ローザ殿が、左を見た。
そこには、第2側室のプリシラ殿が居る。そうだ。代わりなら彼女もいるじゃ無いか。
「あっ、はい。私も、そして、ここにはいらっしゃいませんが、アリーさんも是非にと」
「プリシラ殿にアリーもか」
「主人に申しましたが。主人の子がこの子を含めて3人では、心許ないとは思いませんか?」
「えっ?」
自分の腹を摩りながら、至極真面目な顔だ。
「もっともっと、子を作り、子々孫々と主人の力の一端といえども継いでいくことが、今の私の責務と考えております」
「いっ、いや。ルークも居るし、あっ、ああ、レイナ殿も居るし」
「ルークもレイナも並々ならぬ力を感じます。だからこそ、全く足りません。ぜひ、クローソ殿もご助力願います」
†
「なあ、ルーク。私はどうしたら良いと思う」
応接室から、離れという建物の2階にやって来た。
私を悩ませている者の息子は天使のようで、接していると癒やされる。
「はい?」
さっきの会話で、分からなくなった。ローザ殿は何を考えているのか。
王侯貴族だって人の子だ。自分の夫が側室を設けようものなら、面白かろうはずはない。嫉妬もする。
もしかしてラングレン卿のことを愛してはいないのか? いや。それはない。
彼のことを、話す時はうっとりした顔をしているしな。
「クローソさん?」
「ごっ、ごめん。ルークは弟と妹。もっと欲しいか?」
私は、5歳児に何を訊いているんだか。
「母上のこと? うーん。妹は居るから、弟が良いな」
おお、運良く違う解釈をしてくれた。
ふと我に返った。
「ああ、そうだ。レイナちゃんは?」
「今は昼寝しているよ」
それはよかった。
彼女は、私がルークに構っていると、すごく恐い顔をするのだ。きっと兄を取られると思っているのだろうなあ。
それにしても。
「ルークは随分機嫌が良いな。何か良いことがあったのか?」
「うん。明日から、父上とお出かけするんだよ」
ふむ。
私をここまで悩ませておいて、自分はどこかへ行くのか。ルークと一緒という事ならば、公務ではないのだろう。いい気なものだ。
「ふーん。どこへ行くのだ?」
「あのね……」
うれしそうだった、ルークがなぜか真顔になった。
「内緒!」
「なんだと、私にも言えないのか!」
「あああん。くすぐったいよぉ……あっ! 失礼します」
「ん? どうした」
ルークは私の腕を擦り抜けると、部屋を飛び出した。
「ルーク様!」
「フラガ、付いてきて!」
部屋の外に控えて居た従者が併走する。
そして、追い付けない速力で、廊下を走り抜けて2階ホールの庭に面した窓に齧り付いた。
何を見ているのだ?
私も辿り付いて、窓から見下ろすと、ちょうど門衛が別れて、辻馬車が3台入って来た。
「やっぱり。おばあさまだ! フラガ!」
えっ?
「はい」
「母上に……いや、だめだ。本館へ行ってモーガンに知らせてきて」
「はっ!」
従者が、廊下を奥へ走っていく。
いや。馬車の屋根しか見えないぞ。誰が来たかなど分かるはずが……従者の彼もよく信じるわねえ。
「ああ、クローソ様はお部屋にお戻り下さい。僕は出迎えに行きます」
ルークは階段を駆け下りていった。
はぁぁ、なんとも。
クァァァ……。
うわっ。びっくりした、神獣様だ。
ホールの暖炉前で眠たそうに欠伸して、こちらを見ている。
部屋へ戻らないのかという顔をしているような……気の所為よね?!
「閣下」
私の随行者が近付いて来た。
「何があったのですか?」
「客人が来られたようだわ。ラングレン卿のご母堂とルークは言っていたけれど。あなたはここに居て」
私は確かめたくなって、ゆっくりと階段を降りた。
中程まで降りて、離れの玄関が見えた。馬車が横付けになっていて、扉が開き女性が降りてきた。数名の執事がいるが、出迎えているのはルークだ。
「おばあさま。こんにちは」
「まあ、ルーク。こんにちは。突然来たのに良く分かったわねえ」
「おばあさまは。わかるよう。父上にご用?」
「いやあ、ラルフに用はないけれど。ちょっと王都に来たから、寄ってみた……ん? あの方は?」
女性はルークの頭を撫でてやっていたが、私と視線が合った。
「あっ! はい。あの方は、プロモス王国の王女様です」
「王女……様?!」
カツカツと2歩歩むと、ホールに跪いた。
「ラルフェウス・ラングレンの母にございます」
「ご母堂殿。閣下には日頃より世話になっている。感謝を申し上げる」
「痛み入ります。実を申しますと、なんとか殿下にお目に掛かれないかと思っておりました。是非お時間を賜りたく」
受諾すると家令がやって来て、しばらくの間があったが応接室でラングレン閣下の母と対峙することになった。
「殿下の話は、ローザより承っております。ラルフの6人目の被害者であると」
「被害者……」
おそらくラングレン卿に魅惑されてしまった女ということだろう。
そうすると、ローザ殿、アリー、プリシラ殿ときて、あと2人は誰なのだろう。
「まあ、1人は早々と見切りを付けたので、外すべきかも知れませんが」
「その話も興味深いが、私に会いたかった用件とはなんでしょう?」
まあ、大凡察しは付くが。
「では、その件を。プロモスの女王陛下より、我が子ラルフとの婚姻を申し込まれていると聞きました」
やはり。
「ええ。甚だご迷惑を掛けて、相済まないと思っている。閣下からも、側室にと望まれた」
「まあ、王女様を側室になど、畏れ多い」
本心ではなさそうだ。
「ただ。王女様も、良い切っ掛けと思っていらっしゃるのでしょう?」
否定しても仕方ない。
「仰る通りだ」
「では、ひとつだけ。大変失礼なことながら、あなたを側室にした場合、ラルフは王族として扱うことはありません。それをご承知おき下さい。もし、それでもとなれば……私と主人は歓迎致します」
「お言葉ありがたく」
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訂正履歴
2022/03/12 誤字訂正、少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




