410話 自慢の息子(16章本編最終話)
息子かあ……遠い目。
今話で16章が終わりです。閑話をいくつか挟んで、新章に遷ります。
「父上!」
「おかえりなさいませ」
「ああ」
御料地宿舎の館に戻った。居室ではなく、並々ならぬ存在感を放つ応接室に直接入った。
「やあ、不在時に押し掛けて悪かった。弟よ」
玄関に入る前から分かって居たことだが、ファラム大使閣下もソファーに座って居る。
「そのようなことはありません。ようこそ閣下。息子もうれしいことがあったようです」
ルークは、上機嫌だ。
それにしても……変わったことをやっているな。
喋っているのは通訳だが、閣下の意思だ。
んんん。それは構図としては普通か。
問題は通訳が寝ているか失神しているようにしか見えず、閣下とは音声以外で意思疎通していることだ。まあ通訳による遅延がなくて、こちらとしては都合は良い。通訳も納得してやられているのだろうし。
「うむ。甥との話は、大層有意義だった。これで汝が如何なることになろうとも、安泰であることがわかった」
何が安泰かは知らぬが。
「はい。自慢の息子です」
こちらを見上げ、満面の笑みを俺に向けた。
「ふむ。家族を待たぬ我だが。少し考えを改めたくなるな。ルーク、楽しかったぞ」
「はい、伯母上」
伯母! こちらからも手が回っているか。
ルークとアリーが立ち上がり会釈して、フラガと共に退出していった。閣下は、俺の随行を見ている。
「アストラ」
「はっ!」
「外してくれ。どうやら外交ではなく、賢者としての話があるようだ」
「然り!」
「はい、承りました」
彼も辞し、応接室は閣下と差し迎えに……横に顎以外微動だにしない通訳も居るが。
「これでよろしいですかな?」
「うむ、汝に伝えておきたいことがある」
「拝聴します」
「まずだ。竜は人類の敵か? 味方か? 汝はどちらと思っている?」
ふむ。
「敵としか思えません。都市単位で人類を抹殺する。これ以上の敵が居ましょうか」
生きるために他の生物を喰うならば、摂理と言えるかも知れないが。
「西洋ではそうだろうな」
「東洋では違うと?」
「古来、世界には5体の成竜が存在したと言われる。東洋には蒼き竜が居ることになっている。険しき山の峰々の奥に棲み、人類を損ねることはなく、希に姿を見せることはあっても共存していた」
何が言いたいのか?
「試みに問いますが、西洋でもそうしろと?」
美しい薄い唇を歪めた。
「そうは言わぬ」
「はあ……」
「知っているか? 本来西洋、しかも西域に現れるべきは、白き竜だ」
「なんと?」
色?
「しかし、汝が対峙したのも住人が見たのも、竜の色は黎だ」
「よく解りかねますが? 青、白、黒。竜の色によって棲むべき方位があるとでも?」
「ああ、詳らかな記録はないが、北が黎、南が紅だ。そして中央には黄金の竜が棲むとの伝承がある」
「伝承……」
「俄に信じられぬのは無理もない。西洋において、ここ百年は黎き竜しか目撃例がないからな」
ふーむ。
これは重要な情報だ。成竜が1体のみか、複数存在するのかでは対応がまるで違う。
「いいえ。信じますよ。姉上の仰ることですから」
閣下は、薄衣の向こうで、にぃと口角を上げた。
「そう。弟と見込んだ汝だ。竜は複数居るが、行いは同じではない。それを承知しておくべきだ」
「承りました。閣下は遠き東洋の国から、わざわざ伝えに来て下さった。まずはその好意に感謝を申し上げ、如何にすべきか深く考えます」
「うむ。それで良い。が、伝えたいことは、他にもある……」
†
翌日。会見は行われたが、その席にはファラム大使は姿を見せなかった。
随行であるイーズの外交官に拠れば、大使は自らの役割は終わったと仰っていたらしい。
全く自由人だな、あの人は。
ゲゼルヴァ閣下とも、残っているのは貿易についての交渉との合意に達した。以降の交渉についてはいくつかの省庁に交わる事項のため、御料地滞在を切り上げ、王都に場所を移すこととなった。
要するに、当地における俺の任務も終了したわけだ。
そこで、御料地へ来た手順で王都近隣の事業所に戻り、後はアリー達と別れ、午後には王宮へ参内した。1時間弱待たされたが、国王陛下に目通りでき報告を済ませた。
3時過ぎに館に戻ると、ローザ達に出迎えられた。
「お帰りなさいませ。クローソ殿が応接にいらっしゃいます」
「そのようだな」
玄関を入ってすぐ右の部屋に居ることは、敷地に入る段階で魔感応に反応があった。
上着をメイドに渡して、そのまま応接へ入る。ローザも一緒だ。
「クローソ閣下、お待たせした」
閣下は立ち上がった。
「これは、ラルフェウス殿。……お帰りなさい」
何か変な挨拶だ。顔も上気して紅い。
「どうぞ、お掛け下さい」
クローソ閣下の対面に、ローザと並んで座る
「昼過ぎに思い立って使者を遣わしたところ、今日戻られると聞いてな。罷り越した」
「はい。ご用件としては、先日の当方からの申し出に、お返事戴けると考えても宜しいですかな」
「あぅ……そっ、その通りだ」
「ならば、私は別の部屋に」
ローザが腰を上げかける。
「ああいや、ローザ殿。一緒に聞いて欲しい」
「はい」
肯いて再び着座した。
「あれから、深く考えた。このようなことをローザ殿の居る前で、答えるのはいささか心苦しいが、側室の件を受けさせて戴きたい」
言い切った彼女は、俯くように頭を下げた。
「良く決意してくれた」
「おめでとうございます。旦那様、そしてクローソさん」
「あっ、あああ……」
なかなかの動転振りだ。流石に正室から祝辞を述べられるとは、思っていなかったのだろう。
「そのぅ……わっ、私も旦那様と呼んでも宜しいか?」
「無論だ」
「だっ、旦那様……」
「うむ。クローソ」
「はい」
3人目の側室ともなると、特段手続きはない。両者の同意で内縁関係成立だ。とはいえ、彼女の国籍をミストリアに変える必要がある。一般人なら外務省に届ければ良いが、今回は王宮には報告しなければならないだろう。
「旦那様、せめて抱擁して差し上げて」
「そうだな」
立ち上がって、クローソと抱き合った。
「それで。何時、我が家に来られるか?」
「もう、大使館に帰る気はありません。残務がありますが、ここから通います」
「わかった」
「旦那様?」
立ち上がってホールへ繋がる扉を開けると、モーガンとレクターがホールで立っていた。
「頃合いかと存じまして」
「うむ。入れ」
「はい。失礼致します」
「懸案の結果だが、クローソが私の側室となった」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
「うむ。クローソ。改めて紹介する。家令のモーガンだ」
「クローソ殿、よろしくお願い致します」
会釈をしあう。
「我が家における、私以外の責任者でもある。彼の言うことは重く捉え、蔑ろにすることのないよう」
「はい」
第2以降の側室は、家令より序列が低い。
逆に言えば家令の序列が高いのだ。これは、内務省貴族局の通達で決まっていることで、側室と外戚が貴族家を乗っ取らないようにするための予防策だ。
「うむ。彼は副家令のレクターだ」
「クローソ様、よろしくお願い致します」
「彼は、この館と我ら家族の生活を取り仕切る。使用人としては他に、家宰のダノン、副家宰のラトルト、それに執事達が居るが、追々引き合わせよう」
「はい」
「レクター」
「はい」
「クローソは、今日よりこの館に住むこととなった。本館に部屋を用意せよ。無論、準備に時間は掛かろうから。それまでは離れの客室を使わせるように」
「承りましたが、サラ様のお部屋でよろしいでしょうか? ご当人が明け渡すと仰いまして」
「んん?」
「事業所の宿舎の方が、ご都合がよろしいとのことで」
本館の客間を振り向けようと思っていたのだが。
「わかった。任せる。ああ、サラとは……」
途中でクローソが肯いた。
「はい。1度会ったことがあります」
「そうか」
いつ会ったのだろう? まあいいか。
「さて、ここからは相談だ。プロモスへどう対応するか希望はあるか? クローソ」
「いいえ。現職を辞任した後は特に。プロモスが旦那様を利用するならば、彼の国と義絶されても、私に異論はありません」
彼の国か。
「わかった」
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2022/03/05 細かに修正
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




