409話 仙女推参
飯盒炊爨。はんごうすい……まできて、さん?とかろうじて。絶対に書けないというか、fontすら潰れてる。
少し早めではあったが、型通りに晩餐を済ませた後、3大使は広間で円卓を囲んだ。
その周囲には、それぞれの国から連れてきた随行と、我が国の外交官が座っている。
「改めまして、イーズ帝国ファラム大使閣下、レーゼン帝国ゲゼルヴァ大使閣下。ミストリアへ、ようこそいらっしゃいました。当地にて会談できることをうれしく存じます」
どちらの言語も話すことはできるが、偏らぬように最初はエスパルダ語を使う。
ファラム大使の方は、脇に控えた通訳から聞いて肯いた。
「では、我が国へお越しになった趣旨をお聞かせ下さい」
ゲゼルヴァ閣下は、もう1人の閣下へ顔を向ける。要するにレーゼン帝国側は、イーズ帝国の都合に合わせて同行したということだろう。
ファラム閣下は通訳にだけ聞こえるように、何事か話し、通訳が怪訝な顔で訊き直してから、こちらへ向き直った。
「そのまま申し上げます。回りくどいことを言うな……その、弟よと」
【弟?】
「弟?」
いくつかの言語で、声が上がった。
【弟とはいかなることでしょう?】
あまりのことで、ゲゼルヴァ閣下は直接南都官話で問うた。
しかし、ファラム閣下は微動だにせず、通訳に小声で伝えた。
「我が大使は、先程ラルフェウス閣下と姉弟の契りを結んだ。不審ならば閣下に訊くが宜しいと申しております」
俺の背後が低く響めいた。おいおい……。どうでも良いが、速記から抹消して貰いたい。
「契りとは?」
閣下は眉根を寄せて、こちらを向いた。
「本日の昼下がり、散策中に偶然ファラム閣下とお目に掛かりまして、そのようなやりとりがあったことは事実です」
「はっははは。なるほど。私と同じように、ラルフェウス閣下の網に掛かったということですな」
再び通訳の耳打ちにファラム閣下は肯いた。さらに話者を交代して、何か返している。
「結論から言えば、ミストリア訪問においてラルフェウス閣下の人物を確かめるという、我が国の主目的は達した」
「そうですか……」
他には言い様がない。ファラム閣下は外交の外面を飾る気はないようだ。頭が痛い。
対してゲゼルヴァ閣下は上機嫌だ。まあ不機嫌よりは良いが。
「ついては、イーズ帝国としては、ミストリア王国とのこれまで通りの友誼を望むものである」
「承りました。我が国としても異存はありません」
「その良好な間柄に、我が国は入っておりますかな?」
「無論です。ゲゼルヴァ閣下」
†
僕の名は、ルーク。
ラルフェウス・ラングレンの子だ。
父上は、賢者でこの世界を守るのが仕事。さらに、大使でもある。
それで、今日は無理を言って父上のお仕事である外交、その舞台となる御料地まで連れてきて貰った。
「はぁ……早く帰ってみえないかなあ」
「お館様ですか?」
「うん」
訊いてきたのは、フラガ・ラーハ。僕の従者だ。エスト母様の子で、乳兄弟というらしい。僕が生まれてからずっと一緒だし、本当の兄も同然だ。
大使の晩餐会をするそうで、アストラさん達と別の館へ出掛けてしまった。僕も一緒に行きたかったけど、お仕事だからね。
でも8時だし、もう帰って来られても良い時間だと思うのだけど。
アリー叔母様の方を視る。
「ああ。うぅん、まだ掛かるかなぁ。食事の後に会談するって言っていたし」
そうかぁ。
叔母様は、母上と顔はそっくりだけど、ざっくばらんと言うか気さくなところが全然違う。
母上は、僕に父上のために何かできるか考えなさいと仰るし、僕もそう思う。だけど、叔母様はルークの好きに生きれば良いのよと仰る。
なんというか、子供みたいなところもあるけど、凄いところもある。父上も回復魔術では勝てないって仰っていたし、頭巾巫女として有名だ。
「そうだ! 一緒にお風呂入ろうか」
「はい」
「じゃあ、フラガも一緒にどう?」
「いっ、いえ。私は1人で入ります」
フラガの顔が紅くなった。
叔母様は、にまあと笑っている
からかわないであげて欲しい。フラガは、もう8歳だからね。女の人と一緒に入るのは恥ずかしいに決まっている。
あっ。
「しょうがないわねえ。じゃあ、2人で入ろう……ルーク? どうしたの?」
この感じは──
叔母様が眉根を寄せていると、執事が入ってきた。
「失礼致します。イーズ帝国の大使様が、お越しになりました」
「なんですって? 旦那様……御館様はまだお帰りではないのよ」
「はい。そう申し上げましたが。お帰りになるまで、是非ルーク様と話がしたいと仰れまして」
「えっ、僕?」
僕も話したいけど、何かあるのかな?
「どこにいらっしゃるの?」
「応接室にいらっしゃいます」
「まあ正式な話じゃないんでしょ。行きましょ」
度胸あるなあ。
「はい」
結局、叔母様とフラガと3人で応接室へ行った。
女性の通訳さんは立ち上がったが、大使はソファーに座ったままだ。顔には、相変わらず薄衣が掛かっている。
「昼間は失礼致しました。大使ラングレンの室アリシアと申します。こちらは長男のルークです」
「ルークです」
「どうぞ掛けられよと、申しております」
ここは、ウチの館なんだけどなあ。
そう思いながらも、素直に座る。
大使は、座り掛けた通訳さんに手を伸ばした。何だろう?
通訳さんは一瞬顔を顰めたが、大使の手を握った。
「あっ!」
通訳さんは、全身を痙攣させると、ソファーに崩れ落ちた。
「えっ、大丈夫なの?」
叔母様が問いに、通訳さんは眼を閉じたままはっきりと答えた。
「ふむ。こやつを通して喋るのはまどろっこしいのでな。躰を乗っ取った」
「はっ?」
はぁぁ、これも魔術なのか。凄いな。しかし……
「問題ない。見ておっただろう、こやつも承知済みだ」
確かに、手を取るのが嫌そうだったものなあ。通訳さんは分かってやったのだろう。
躰を乗っ取ると、言語能力も借りられるのか、東洋の魔術は凄いなあ。
叔母様も、呆れた顔をしている。
「話を戻すが。この童と母のように似ているが、奥方の名前はローザンヌではなかったか?」
「よくご存じで、私は側室で。ルークは正室の子です」
「んんん」
「ああ、正室は私の実の姉です」
「なんと……ややこしいな」
大使がやっていらっしゃることの方が、余程ややこしい気がするけどね。
「それはともかく。我は、汝に用がある」
僕だ。
「なんでしょうか?」
「まず年齢は?」
「5歳です」
「見た目通りか。その割に仙価が高過ぎはしないか」
「センカ?」
「ああ……西洋では何と言うのか? ほれ、積んだ善行の量にしたがって、増えていく値のことだ」
「ああ、おそらく霊格値かと」
「ふむ。霊格値かしっくりくる言葉だな。それはともかく。霊格値が、親の値を受け継げる可能性あるやもという仮説があるにはあるが。ああ、いかに童とはいえ、失礼なことを言った。済まぬ」
ああ、見た目は尊大な人のようだけど……いや本当に尊大なのだろうけど。悪い人ではないようだ。
「そうだと思います。僕はまだ何も善いことはできていません」
「何を言う。子供はな、生きているだけで善行を積んでいるのだぞ」
「えっ?」
「子供の姿を見ることを、糧にして大人は生きて行けるのだ。まあ、我は子供を産んだことはないが、それぐらいは分かる」
「はあ……」
「ふん。汝は弟のことが好きか?」
ん?
「いえ、僕には妹しか居ませんけど」
もう少ししたら生まれるかも知れないけれど。
「そうではなく……そなたの父だ」
「はい?」
「汝の父は、我が弟なのだ」
えっ? まさか?
叔母様の方を振り返る。
「いやいや。旦那様があなたの弟のわけはないでしょ! じゃなかった。ないですよね?」
咄嗟に言い直したけど、何言っているんだ! という表情は変わらない。
びっくりした。
叔母様が言うなら間違いない。大使が父上のお姉様の訳はないよね。
「ああ、言葉が足りなかったな。午前中に義姉弟の契りを交わした……ああ側室よ、変な勘繰りは止めておけ、我は仙女だ!」
センニョってなんだろう?
「確かに、そんな暇はなかったわね」
うーん。どんな勘繰りか分からないけど。
「では伯母様。先程のご質問に答えます。父上のことは大好きです」
「おお、そうか。伯母か。それは良い。弟の子なら我が甥だな」
「はい。ルークとお呼び下さい」
大使はご機嫌だが、隣の叔母様は嫌そうな顔をしている。
「では、ルーク。魔術は弟に習っているのか?」
どうして僕が魔術を使えるのを知っているのだろう。
「はい」
「ふむ。幼い内に魔術を使うのは、あまり良くないと言われるが。ルークほど魔力が強ければ問題なかろう」
「そうよね、旦那様は幼児の頃から……あっ!」
アリー叔母様は口を押さえた。この人には、父上のことを余り喋らない方が良いようだ。
「そうか」
「伯母様はどうなのですか?」
「我か? うーむ。我の幼い頃は仙術の修行はしたが、魔術は仙女になってからだ」
「先程からセンジュツやセンニョと仰いましたが、僕にはよくわかりません」
ふむと、大使は美しい白い手で、薄衣の向こうのやや尖った顎を摘まんだ。
「確かにいずれも、東洋のものだ。簡単に言えば自然と一体となる理だ」
「はぁ……」
わからない。
「ともかくも言葉で言い表すのは無理だが、一端としては体内の気を循環させる術だ。ああ、気とは西洋では魔素とも呼ぶようだ……難しいかな?」
「循環させることでマナを強化するのですね。凄いですね」
父上は循環により因果律密度分布を先鋭にすると仰っていたけど、僕には理解できなかった。
「まあ、そういう解釈もあるが……その手の研鑽は西洋では疎いと聞いていたが。中々どうして」
「父からの受け売りです」
「わかっている……弟は知だけではない、実践者としてもなかなかの人物だ。仙術とは関わりがないのだろうが、同じようにできておる」
「はぁ」
「もっと尊崇せねばならぬぞ」
「そう仰るということは、父は強かったですか? 昼間に戦われましたよね」
「ふむ、強いかどうかなど、巨大超獣を何体も斃して証明しておる。いまさら我が言及する必要はない」
少し口を尖らせて横を向いた。では、この人は何を確認に来たのだろう?
この薄衣はどうなっているのだろう、下半分は透けているけど、目元は窺い知れない。
「強いだけでは、竜に対するなど不可……機知があるかどうかだ」
機知──
「そっ、それで……」
「ふん。言わずとも分かろう。そうでなければ、姉弟の契りなど結ばぬ。汝の父は、仙境に手を突っ込んで我を引っ張り出しおった、そんなことを考えるヤツは他には……居らぬ」
伯母上は、扉に視線を向けた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/02/26 誤字、少々加筆
2022/03/03 名前間違い修正 ラルフ→ルーク
2022/04/02 誤字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)




