408話 神の見えざる手
と言えば、アダム・スミス「国富論」! 読んだことないけど、歴史の授業で暗記した!
ん? 原書では、「神の」は付いてない? マジで?
俺は、空へ舞い上がった。
それを認めたのだろう、高度200ヤーデン程(180m)に漂っていたイーズ帝国の特級魔導師が、再び斜めに上昇を始めた。
彼女を追っていくと、1500ヤーデン近くで差が詰まった。
足下は御料地を離れ、平原に移っている。
どうやら魔術行使で最悪地上に影響があっても、被害を最小限とする配慮をしてくれているらしい。
同じ高度に対峙すると、それが合図となったように、ファラム閣下は急速に左旋回。
速い! 突如彼女の姿が白く煙る───衝撃波だ!
【衝撃波!】
反射的に打ち返し、初撃を貫き返したが、もうそこに姿はない。
相手は、眼にも止まらぬ速さで下方へ。
無数の火炎弾が宙に生じ、唸りを上げて迫り来る。狙いが甘い──むっ!
指呼の距離で次々と爆発、爆風と閃光が押し寄せる。
面で制圧する気か───
ふん!
魔界強度を上げて結界を強め、受け流す。
しかし、光芒の所為で姿を見失う。
上───
間一髪で、降り注ぐ何かを避ける。
氷礫と認識する間もなく、源が翻って薙ぎ払うように殺到。
身を捻った刹那、再び衝撃波が襲う。
変幻自在。
速度と手数は厄介、流石は人間だ。こういう超獣とは会敵したことがない。
ん?
攻撃が突然止んだ。
気付くと、ファラム閣下20ヤーデン程離れて漂っていた。
───汝、なぜ反撃せぬ?
声じゃない、念話だ。
透き通る程に麗しい相貌を微かに上気させて、柳眉が逆立っている。
───これは、失礼した
俺も念話で返す。
───汝……我を愚弄するか
そういうつもりはないが。
まあ、殺さないと言われているし、女性だからなあ。正直、攻撃しようという気が湧いてこない。
───ならば、本気を出させてやろう
むっ!
閣下が消えた。さっきも消えたが、今度は魔感応にも反応がない。
火箭───
直下!
恐るべき火力、そして勢い。
───これを防ぐか。だがいつまで保つかな!?
間一髪、結界が阻んだが……。
再び姿が消え、再び火箭が襲う。
厄介な!
方向、勢い。
それが毎回違う。しかも頻度が上がり、ほぼ同時に押し寄せる。
有り得ない。
魔術の顕在化位置を変えるのは不可能ではない。だが非効率だ!
位置指定術式の重畳、遠隔照準のための集中。1撃ならばともかく、これほど手数を加えるには大いなる無駄が発生する。
そういう俺も無駄だらけだ。
絶え間なく飛んで来る、火箭を避けながら考えているからな。
今やることではないのだが、何か引っ掛かるのだ。
ファラム閣下の意図は何だ?
この何十発もの魔術の内、一発でも当たれば良い?
そうすれば回避できなくなり、連撃を喰らう? 所謂飽和攻撃か。
余り良い戦術とは思えないが。ふふふ……敵と思わなければならないらしい
正面から来た閃光を、首を振って避ける。
ふむ。対人戦術と言うヤツか。超獣相手を前提として組み立てる俺の戦術にはないが。
───それそれ どうした!?
むっ!
なんて手数だ! 連撃の速度がさらに上がっていく。
このように至近距離で発動されているにも拘わらず、術式すら見えぬ。
瞬時に理解して対応、俺の異能が封じられ、より焦りを生む。
くっ!
【雷光殻!!】
とうとう避けきれなくなり、自らを包み込む光の障壁結界を展開する。
無様だ。
自ら閉じ籠もるとは。超獣か俺は!
火箭が球体の表面で無数に弾け飛ぶ。
密度はともかく、信じられない程の発現位置操作量だ。
世界は広い。
魔力はさして投入されていないのだろうが、ここまで翻弄されるとは。
魔術が発動している位置を見ているのに、どのような術式か見えないのは初めてだ───いや見えていないのか?
眼を閉じ眉間に意識を。感応が研ぎ澄まされていく。
そうか。見えていないのではない。
【解除:雷光殻】
空を滑って腕を伸ばすと、肘から先が何処かに掻き消えた。力任せに引き寄せる。
闇の壁が露見すると、俺の上腕に引き続き、女の細い腕と薄緑の衣がそこから突き出てきた。
【痛い! 痛いではないか】
全身が現れると凶悪な魔界が消えていた。
【失礼致しました。再会を果たすことができ恐悦に存じます、ファラム閣下】
掴んでいた右手首を離し、空中で略礼をする。
【むぅぅ、痣になったらどうするのだ?】
麗しい眉根を寄せて、しきりに手首を摩っている。
いや、閣下の火箭を受けたら、只では済まなかったと思うが。
【なぜ、我が亜空間から魔術を使っていると分かったのか?】
【見えなかった故、尋常ではない場所に潜まれていると】
そう。
魔術が発現した位置と見えていたのは、亜空間と繋がった場所だったのだ。術式も見えないわけだ、亜空間で発動しているのだからな。
つまり、この賢者は、空間魔術の巧者だったいうわけだ。
【それだけで、我を引っ張り出せるはずはなかろう?!】
【さて。霊感の良さを親に感謝しておきましょう】
【ふん! まあよい。汝の力量はよく解った。国元における懸念は払拭された】
【勘だけで判断されてよろしいので?】
【魔術の威力は、汝の積んだ実績で認定済みだ。ただ懸念されたのは、ここだ】
頭? 閣下は冠の側を指差した。
【魔術のみで、竜に対することはできぬ】
【竜には詳しいので?】
【西洋の者よりはな】
それは興味深い。
【ともかく。汝は善く機転が利くと見える。故に西で起こる災厄は任せることにする】
頭とはそういう意味か。
【信頼を得られたようで、うれしく存じます】
眉が全体に持ち上がり、上機嫌の相になった。
【そのように、言葉を持って回らずともよい。我が肌に男が触れたのは久しぶりだ……】
ん?
【褒美として、汝に我を姉と呼ぶことを許す】
【はぁ……】
姉?
【ではな。夕餉の折りにまた話すとしよう、弟よ!】
言葉が消えぬ内に、姿が見えなくなった。
弟か……。
†
「父上!」
滝の側に降下すると、ルークとフラガが駆け寄ってきた。
その後、ゆっくりとアリーも寄ってくる。
「御館様。魔術戦闘があったようでしたが、ご無事のご様子。よろしゅうございました」
「ああ、心配掛けたな」
「ぼっ、僕は心配なんかしていないよ。だって父上は強いもの」
「うむ」
肯いて、ルークを抱き上げる。
「あら、そうだったかしら。父上、父上ぇぇって叫んでいる子供が居たわよね。ねえ、フラガ」
「さっ、さあ。私は何も……」
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訂正履歴
2022/02/19 誤字訂正
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




