407話 滝の仙女
滝はいいですね。心洗われます。
館から北へ500ヤーデン。
脇を流れている小川を遡ると滝があると聞いたので、皆でそこへ行くことにした。
ルークは、とてもうれしそうだ。
昼食の時も、御料地に入る時に出会った、レーゼンの大使の話をずっとしていた。異国人を見て興奮しているようだ。ウチの館によく遊びに来ているクローソ閣下も異国人だが、そうは認識していないようだ。
こうやって一緒に歩いていると、俺としては少し引け目を感じる。忙しさにかまけて、ここ数年はルークを余り構ってやっていない。
だがローザは、そんなことはないと言っていた。ダンケルクの義兄は国元に居て、父親には数年に1度位しか会わなかったと聞いたらしい。旦那様は時折旅行に連れて行って戴いているので、引け目など有りませんとのことだった。
そうかも知れないが、どっちかというと俺の方が一緒に遊びたい方だ。
屈託のないルークの笑顔を見ると、心が少しざわつく。
「では、皆。手を繋げ」
「はい」
アリー、ルーク、フラガと輪になって手を握り合う。
「行くぞ」
数秒後には人の輪はそのまま、館の屋根が足下に小さくなっていた。水平飛行で、川筋を遡っていく。これを辿れば、滝があるそうだ。
右手を掴んでいるフラガは、ほぉぉと唸っている。
「どうやったら、こんなに速く飛べるのだろう?」
魔圧を高めれば良いのだが。まあ自分で考えさせる方が良いだろう。
うねる沢筋から少し離れた処に、流れに沿って整備された渡辺小径が並行している。沢が木立に入って少し登った処まで移動して降りた。
「ふうぅ、寒いわ。ルークとフラガは大丈夫?」
飛行前とさほど変わらない気もするが? 飛行中は俺の力場内だったが、今は外気を浴びているからだろうか。
「んん? 全然寒くないよ」
「私も問題ありません」
「ふーん。子供は風の子よね」
厚着しているからだろう。細身の息子が着膨れて、いつもより丸く見える。
フラガはそうでもないが……。
「大人は寒いから、くっつこう」
なぜか嬉しそうに、俺の右腕に両手で抱き付いてきた。
それを、にまぁとルークが見ている。
「お姉ちゃんに言ったらだめよ」
「はぁい。アリー叔母様が父上にべったりしていたとは言わないよ、ふふふ」
「ねえねえ、買収が必要じゃない?」
俺に訊くな。
「あっ! 水の音がするよ」
「きっと滝ですね」
「滝、見たい!」
「行きましょう」
子供達が小径を駆けていく。
2人とも中々足が速い。道が木立を回り込んであっという間に見えなくなった。
フラガは鍛えているしな、ルークは身体強化魔術「頑強」を常用しているからだ。
『父上は、幼い時から魔術でご自身の身体を強化していたと聞きました!』
おそらくアリーにでも聞いたのだろう。
一般に幼い時期から魔術を使い過ぎるのは良くないと言われている。が、俺やルークは、魔力上限が大幅に多いから当てはまらない。
段々と水の音が大きくなってきた。まあそれなりの音なので、それほど大きい滝ではないのだろう。
ゆっくりと歩いて追いかけると、木立が切れたところで、道に子供達2人が止まっていた。まだ、滝に30ヤーデンは近付けるのだが。
「ん? どうしたの」
「あっ、あれ」
4ヤーデン程落差のある滝をルークが指差した。
滔々と落ち来る水が飛沫を上げる滝壺に人が居る。
むう!
長い黒髪に落水を受けている。
水に濡れて衣が透け、まるで裸のように見える。
驚いた。
この距離で、人間を魔術感知できなかったとは。
「ちょっと、何見ているのよ! あっちを向きなさい! 旦那様もよ……え?」
滝壺に居た女が水面を滑ると、岩の上に立った。
一気に魔界強度が上がり、周囲を圧するように燐光を放った。
「うっ!」
「ルーク様」
庇おうとしたフラガごと、俺の背後に隠す。ルークはこのような敵意の籠もった魔圧を受けるのは初めてなのだろう。
どうしたことか、流れ落ちる水が途切れ静寂が訪れた。
声?
「フゥ ワーレン ソンア……【何者かと訊いておる!】」
すっと頭の芯が冷え、初めて聞いたはずの言語を把握する。
顔を背けてから。
【済まない。貴殿の姿を見るつもりはなかったのだ。ファラム閣下】
【ふむ、我が名を知るとは……顔を背ける必要はない】
顔を戻すと、透き通るような薄緑の衣をいつの間に着込んでいた。長い黒髪を白い手でまとめて結い上げると、冠を着け顔前に薄衣を垂らした。
やはり滑るように宙に浮きながら、若い女は道までやって来た。
【申し遅れました。私はミストリアの賢者ラルフェウス・ラングレン。こちらは側室と息子にその従者です】
【ホクギ民話を解するとは。いかにも我は、リーリン・ファラムである。我が張った結界を、擦り抜けてくるとは見事】
ふむ。20歳前の少女然とした見た目だが、実年齢は如何に。
エルフと同じく若く見えるらしい。
【ああ……宙に浮いて来ました故】
【ふむ。そうか……まあ良いでしょう。そうでなくては】
良く聞こえない。
ん?
袖を引っ張られた、アリーだ。
「ねえ。もしかしてイーズの人?」
顔立ちが、西洋人とも違うし、端正だがエルフとも違うからな。わかるのだろう。
「ああ。大使閣下だ」
「うわっ」
【ところで、その童は、なぜ我を睨むのか?】
睨む?
振り返ると、フラガが大使を思いっ切り睨んでいた。ああ、さっきルークを脅えさせたからな。ルークは既に立ち直っているようだが。
「3人で滝を観てきなさい」
「行くわよ」
アリーが促していく。
【閣下が、主人である息子を脅かしたと思っているのでしょう】
【ふむ。汝に免じて赦そう】
【お言葉に甘えついでに、閣下に1つ伺いたいことが】
【ああ、我は汝と戦いに来たのだ】
まだ訊いていないのだが、先に答えられてしまった。
【私と戦うとは?】
中々に物騒な話だ。
【ふむ。汝を殺す気は無い。西方世界の希望だそうだからな。しかし、結果によっては、我がイーズ帝国は貴国との……あってなきようなものだが、友誼を変えさせて貰う。頼るに足る者でない者に縋ろうとする、眼のない連中とは手を切るべきだ。そうは思わないか?】
「ふっ!」
アリーとも他の妻達とも違う、麗しい容に凄惨な微笑を浮かべた。
【それが汝の真の姿か? 面白い】
仮定形とはいえ祖国と同胞を貶されては、引くわけにはいかないか。どのみち、何もせずに帰る気はないだろうしな。
揺蕩うように周囲に溶け込むような存在だったのに、今や華奢な躰が周囲を圧する魔界を放っている。
【付いて参れ】
言葉と共に東の賢者は舞い上がった。
目の前から居なくなると、滝の音が蘇る。
「あなた!」
アリーが駆け戻ってきた。
「どうしたの?」
「今から戦う……心配するな、殺す気はないそうだ」
「心配なんかしていないわよ。目に物見せてやって!」
「あははは。では行ってくる」
【光翼鵬】
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訂正履歴
2022/02/13 少々加筆、一部欠損部分を訂正
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




