402話 帰国とありがたい言葉
徳川家康の宗教政策がエグいって書いた本がありましたねえ。
聖都ということもあり、1番隊の面々とささやかな宴を開いた翌朝。
ミストリア王都へ、戻って来た。今回は聖都から直接の転送だ。
転送所で一行と別れると、その足で参内した。
王宮執事に案内された部屋には、既に外務卿がいらっしゃった。
立ち上がって寄ってこられる。笑顔だ。
「やあ、ラルフェウス卿。今回も大活躍だったそうだね」
「テルヴェル閣下。恐縮です。先程帰国致しました」
「うん。いやあ。このところ貴卿のお陰で、随分外交がやりやすくてねえ。感謝しているよ。ただ……」
「国王陛下がご入室なさいます」
執事が入って来て、閣下の話が止まった。何を仰ろうとされたのか。気になる。
先触れから30秒ほどで、陛下と宰相閣下、内務相閣下の3人がお越しになった。
「おお、ラルフェウス卿。成竜を撃退したそうだな。ご苦労だった」
「はっ! こたびは、ディアナ卿のご助言にて、助かりました」
「ディアナ卿……ふむ。次に相見えた時に褒めておこう」
「はい。それで、セロアニアの公爵殿下より陛下宛ての贈り物を預かりました」
「ほう。そうなのか」
「それで、どう致しましょう。この場でお渡しすればよろしいですか? それとも……」
「大きさは、どれほどの物か?」
「一抱え程で、その扉は十分通すことができます」
「うむ。では出して貰おうか」
「はっ!」
例の木の箱を出庫して、手で持つ。
「構わぬ。そこに置くが良い」
テーブルの上に置く。
「ふうむ、人形か」
箱の正面に扉があってガラスの小窓が填まっているが、そこから人形の顔が覗いている。
「こちらが親書にございます」
前に出て来た侍従長に手渡すと、彼は封を切って便箋を取り出して音読し始めた。
「拝読致します。親愛なるクラウデウス6世陛下へ……」
……この度、貴国の賢者であるラルフェウス閣下に、我が国に現れた竜を撃退して戴いた。
我が国は、特定安全保障連盟に加入しているため、十分に閣下を労うことが叶わず、大変心苦しく存ずる。
「……ついては、我が国の特産工芸品のセロア人形を、ラルフェウス卿に託すことに致した」
ん? 何か文章が繋がらないような気がするが。
「これを……」
「ん、どうした?」
侍従長は、何度か瞬いた。何が書いてあるのだ?
「はあ。続けます。これを、ラルフェウス閣下の長子ルーク殿から……むっ!」
おっと侍従長に睨まれた。
「ルーク殿から、第7王女クリスティナ様へ、お贈り頂ければ幸いです」
なんてことを……。
「なお、この件については、ラルフェウス閣下は与り知らぬゆえ、お叱りのなきよう」
まいった。
「ふふふ。そう項垂れるな、ラルフェウス卿」
「何とか、なかったことにはできませぬか?」
「なぜじゃ、クリスティナは喜ぶであろう。ますます卿の息子を慕うであろうな」
それが困るのですが。
「わかった。セロアニア公には礼状を書いておこう。ははは……」
閣僚の方々は微妙だが、陛下はかなり愉快のようだ。
「さて。それはそれとして、帰国早々だが。卿にやってもらいたいことがある」
「はっ!」
陛下は、外務卿に目配せした。
「実は、東洋の国から使節が来たのだよ」
さっき仰り掛けたのは、これか?
「東洋と仰いますと?」
「レーゼン帝国とイーズ帝国だ。まあ問題は後者だが」
東洋。
我がミストリアは西洋の東側に分類されるが、地理的には西方諸国と先の国々の中間に位置する。
具体的には、我が国の東にはアガート王国、それ以東も大陸が続く。
ただそこは巨大な砂漠が広がっており、南には大洋が喰い込み、北には避けようとしても急峻な山地が立ちはだかる。容易には人を寄せ付けぬ地であり、故に古にはここを西洋と東洋の境とした。今では海路が貿易の主体となっている。
無論東洋にも人間は棲んでおり、国もある。アガート王国と接する西端がレーゼン帝国。さらに東にある国がイーズ帝国だ。
イーズとの交流は、先に挙げた2国を挟んだ間接的なもので、数百年に渡り関係性が非常に乏しくなっている。レーゼンはともかく、イーズといえば絹糸と絹織物の産地ぐらいの印象が我が国では一般的だ。
「問題とは?」
「実は、イーズ帝国の使節が、特級魔導師……西洋で言えば賢者でな」
「それはまた」
俺と同じようなものだな。
「それでだ、卿に是非会いたいと言っていて、その結果によって外交に影響が出ると言っている」
「外交へ。なぜ私でしょう? 賢者や上級魔術師ではなく。イーズ帝国に知り合いは居りませんが」
一応釈明しておかないとな。
「さてな、魔術師同士何かあるのでないか? ともかく卿限定だ。提示されたときに、卿は国外に居る、別の賢者はどうかと訊いてはみたのだが」
「そうですか。帰国致しましたので、面会はできますが。基本的な方針はいかが致しましょう?」
イーズとはしっかりとした国交も結んでいない。
「ふむ。我が国とイーズ帝国の関係性は薄い。経済、国防いずれも依存度が少ないということだ。間に挟まったクラトスやレーゼンと我が国の関係性は悪くない。つまり、イーズとの親善関係の維持は必須ではないということだ」
つまり、向こうの言ってきたことに、是々非々で対応すれば良いということだな。
「この時勢だ、交渉内容は災厄に関することだろう。これについては卿の判断に委ねて良い気がするが……大臣は如何か?」
「はい」
宰相閣下が会釈した。
「では、申し上げます。敢えて敵とする必要はないが、我が国を軽んずる手合いであれば、謙る必要はない。外交では私も居ればテルヴェル卿も居る。後は任せよ」
「恐縮です。ところで……」
「ん?」
「なにか?」
「そのイーズの大使は、王都にいらっしゃるのでしょうか?」
陛下は口角を上げ、閣僚は顔を見合わせた。
「うむ。よく分かるものだ。確かに王都には居ない。今はヴィノーラ御料地に滞在されている」
御料地。基本的には国王直轄領にある、王室の私有地だ。
魔感応に引っ掛からないはずだ。王都周辺の範囲であれば、上級魔術師並みの魔界を持つ者は大体分かる。
それはともかく。ヴィノーラ御料地は、王都から北に120ダーデン(100km強)程に在る場所だ。
「そちらへ赴けばよろしいのでしょうか?」
「その通りだ。日程については、調整の後に指示する」
「承りました。それでは……」
「まあ、待て」
「はっ!」
腰を上げ掛けたが、まだ用件があるらしい。
「では私は、これで」
俺の代わりに、外務卿が部屋を辞して行った。内務卿が居るので薄々そんな気はしていたのだが。
扉が閉まると、陛下が切り出した。
「引き留めたのは、例の結社の件だ」
薔薇の鎖の話か。
「卿の機転で幹部を逮捕できたからな。あれで、随分進んだ」
進んだとは、結社組織の再編のことだろう。スードリから、色々情報を得ている。
「卿にとっては、家族と自身を殺そうとした相手だ……あの結社は潰さぬ。卿には悪いが」
ほう。
陛下は細心でいらっしゃる。俺ごときに気を遣うとは。
折角話を向けてくれたのだ、訊いてみよう。
「その方が、都合が良いということですね」
陛下は振り返って、今度は明らかに笑った。
それにサフェールズ閣下は肯いた。
「察しがよいな……そういうことだ。あの手合いは根絶などできぬ。追い詰めれば、却って牙を剥く。したがって、残すと見せて糾合させておき、それをいくつかに分けるのが良いのだ」
ふむ。対宗教政策を所管する内務卿らしい見解だ。
言葉にはされなかったが、団体をいくつかに分ける行為は、互いに競わせて無駄な労力を遣わせ、それぞれを弱体化させる狙いがあるのだろう。
「領主の端くれに勿体ないお言葉を戴き、陛下並びにおふたりには感謝致します」
「ふふふ。私は何も言っておらぬが……なるほど」
「はっはは……礼の先払いと言うことだ。何かありがたいことを言ってやれ」
皆が笑い出した。
「承知しました。では……プロモス王宮から来ている縁談だが」
げっ!
「いや、あの……」
「卿は、同国の女王に固辞したそうだが……まあ、政府としては、卿に無理強いをすることはない」
おお、宰相閣下。
「んん? その顔。何か例の王女に気に入らぬことが有るのか?」
「いえ。そういうわけでは」
「なんだ、頭脳明晰なラルフェウス卿にしては、歯切れが悪いな」
「陛下!」
後に立っている侍従長が、声を掛けた。諫言か?
「うむ。朕としても、どうせよとは言わぬ。卿の判断に任せる」
「はっ!」
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訂正履歴
2022/01/15 少々追記、表現変え
2022/01/31 転移→転送
2022/08/18 人名揃え:ルーナス卿→ディアナ卿
2025/03/04 文章乱れ訂正(ran.Deeさん ありがとうございます)




