400話 証拠隠滅
目出度く本編400話を迎えることができました。お読み頂きましてありがとうございます。
さて年末を迎えましたので、次回の投稿は新年8日土曜日にさせて頂きます。
どなた様も佳き新年をお迎え下さい。
聞き覚えのある声に振り返る。
エミリオ卿の真横に豹頭の人型が立っていた。
消え失せていた記憶が、一瞬で蘇る。
「こんな下界まで、ご苦労なことですね。ソーエル審査官」
「ああ、気にしないでくれ」
嫌みに呪詛を込めてみたが、この天使には無効のようだ。
それにしても、結構な音量で喋っているにも拘わらず、エミリオ卿は微動だにしない。
「ラルフ君。顔が恐いよ」
「審査官に言われたくないですな」
「大丈夫だって。彼だけじゃなくて、この世界の時の歩みを、ほとんど止めているからね」
「それで? この死んだ老人に、御用でも?」
「流石、ラルフ君。察しがいいね。お先に失礼するよ」
老人の周りの空間が微かに白濁し、雲が凝結するように一箇所に集まる。
「これは疑似エーテルって言うんだけど、こうやってアストラルを編んで……」
ほう。残留思念体を作るのか。
その上空に、多数の紙片というか、鏡みたいな小四辺型がキラキラと多数浮かんだ。
ジョー・ハリーシステムだ。
亡者の過去の記憶を、詳らかに観ることができる。俺も天界では使えた。
豹の目が、バラバラにものすごい速度で動いている。
「フフフフ……これは良い」
「なんです?」
「いやぁ、彼らはラルフ君のことを甘く見たようだね。君がすぐさまここを見つけてくれなければ、エーテルが散逸して完璧な証拠隠滅だったのだがね」
「隠滅とは竜のブレスのことですか?」
「あいかわらず鋭いね」
要するに竜のブレスは、俺達だけではなく、ここも狙っていたというわけだ。東方天使会の監視下であっても不自然にならないように。
小四辺群が集束して、吸い込まれるように消えた。
「審査官がここまでするということは。北方天使会が、この男、ひいてはローゼン・ケッテに関わっていたということですか」
「いやあ、ラルフ君。物事が見え過ぎると言うのも仇になる。身を滅ぼしかねないよ」
「どのみち、全部忘れるんでしょう?」
「だから顔が恐いって。ラルフ君は、この下界で最強と呼ばれる竜に拮抗する存在なんだからね。凄まないでくれる?」
「また、リミッターを掛けますか?」
「いや、ラルフ君は魔術というか神通力を使いこなす摂理を超越する存在だからね。リミッターなんか無駄無駄」
「それはともかく。ここに死んでいるローゼン・ケッテの最高幹部に取り憑いて、北方天使会が関与して、俺を何回か殺そうとしたと」
「ちぇっ、話題逸らし失敗か。そういうことだよ。この惑星は彼らの管轄外なのに、北方天使会は酷いだろう?」
「管轄はどうか知りませんが。アリーに長年取り憑いて、挙げ句の果てに俺とローザを殺そうとした天使はどこの所属でしたかね。まあ誰も死ななかったから恨みませんが」
「思い出して、根に持つの止めてくれない?」
肯いておく。
「まあ、任しておいて! 東方天使会上げて、北方のやつらをとっちめてやるからさ。その証拠を回収させてくれたラルフ君には、何かお礼をしないとね」
「いや、礼など無用です」
これ以上関わって欲しくない。
「連れないなあ! じゃあ君ではなくて、話の出たアリー君の確率密度分布を調整することにしよう……」
「ちょっと! やめ……」
†
ん?
いつの間にか、しゃがんで、老人の顔をまじまじと見ていた。
なんだか、一瞬意識が遠退いた気がしたのだが。
ふむ。
この男はローゼン・ケッテの最高幹部だったのだろう。
不幸にも、この洞窟が竜のブレスの末端を喰らって、蒸し焼きとなったというわけだ。
不幸にも?
何やら引っ掛かるが、流石に竜が意図的にこの男を葬ろうとする理由がないだろう。
単なる不運だとは思うが。
俺や家族を、殺そうとした黒幕がこの男なのかどうかまでの確証はないが、おそらくはそうなのだろう。その罪に相応しい最期と言える。
ああ、しかし。エミリオ卿に立ち会って貰って良かった。映像魔導具で記録は撮っているものの、俺が私怨でこの男を殺したと疑いを持たれかねない。
「死んでいますよね?」
「ああ」
死人は語らない。興味を失って立ち上がると、エミリオ卿が反対側に回り込んでしゃがみ込んだ。
それよりもだ、こちらの方がよほど気になる
壁際の棚に近付く。そこには、多くの知晶片が並んでいた。
「ああ、やはり駄目か……ん? どうかされたのですか?」
「うむ。これらの魔導具を接収しても構わないかな? 無論、後程連盟へ原形を留めたまま提出する」
「それは魔導具なのですか。てっきり調度品かと……ああ、はい。問題ないと思います。連盟規約の接収禁止の例外に当たりますので」
「では遠慮なく」
棚に並ぶ物全てを、入庫した。
†
「おかえりなさい」
「ただいま、おおっ」
首都セロアズの宿営に戻ると、少し青ざめたアリーに挨拶が終わらぬ間に抱き付かれた。同行団員達の目があるにも拘わらず。
「ああ良かった。どこも怪我をしていないよね、旦那様は無事なんだよね?」
「見ての通りだ」
「いやぁ。先に戻って来た方々に、旦那様が竜と戦ったって聞いたから、気が気じゃなくて……」
「はぁ? 竜が逃げたと聞いていないのか?」
「それは訊いたわよ。でも、なんで1番隊と一緒に帰ってこないんだろうと、心配したんだからね」
珍しく涙目になっている。
「ああ、悪かった」
「そうだよ。まあ何か有ったとしても、旦那様だったら自分で治すだろうし、問題ないって頭ではわかっているんだけど……」
うぅうん!
咳払いをしたのはバルサムだ。
「何か?」
「連盟の使者が、お越しになっています」
「わかった。すぐ行く」
応対したが、用件は単純だった。
公爵殿下が、1番隊と共に饗応を望まれているとのことだった。ローゼン・ケッテの件の関連か。そう疑ったが、エミリオ卿が公爵殿下へ報告したと仮定しても、早すぎる対応だ。その線は無いか。
それに裏があろうとなかろうと、相手はセロアニア公国の元首だ。断るのは不敬だ。
それに、俺は戦隊所属の戦士でもあるが、連盟の常任委員でもあるしな。加盟国とことを構えるのは下策だ。どのみち世界のどこかに新たに撃滅対象が現れぬ限り、後始末もあって数日は滞在する必要がある。
先にサーザウンド卿に面会したそうで、日程の都合は俺に合わせるとのことだったので、明日ならば参内すると回答すると、使者は帰っていった。
「ラングレンだ。総隊長を頼む」
魔導通信でマグノリアと繋いだ。
しばらくすると、カリベウス卿が出た。
「おお、ラルフェウス卿。成竜を撃退したとのこと、良くやってくれた」
「はっ!」
撃滅ではないが。
「うむ。サーザウント卿の報告によれば、卿が同行してくれていなければ、1番隊は失われていたと聞いた」
「いや、そこまでは……」
「謙遜は不要だ。感謝する」
「はい」
「それで、戦闘終了後、別行動を取ったそうだが?」
竜のブレスのこと、その先に結社ローゼン・ケッテの秘密拠点があって、被害を受けて地上の建物は全壊し、埋もれた地下で最高幹部と見られる男が死亡していたことを、報告した。
「ふむ。偶然にしてはできすぎているが、まさか竜がその拠点を狙い撃ちにしたとも思えぬ」
「同感です」
何やら引っ掛かるというのも同じだ。
「わかった。詳しくは、こちらに帰還の後、報告して貰おう。ご苦労だった」
†
秘密拠点の保全のため、現地で別れたエミリオ卿も帰って来た。夜は、宿営を共にしている3氏と会食して、和やかに過ごした。
ベッドで寝転んでいると、アリーがシャワーから戻って来た。
「でも、マグノリアと違って、ここは食事が一々おいしいわよね」
「うむ」
マグノリアは教皇領ということもあって、戒律とまでは言わないが、料理が質素だ。まあ果物はそれなりに美味いが。
最近また伸ばしている栗色の髪を、結わえて持ち上げている。
「なんだっけ、それ? どこかで見たことが……ああ、ターセルの迷宮で見たヤツ!」
「うむ」
寝転びながら、知晶片を眼前に翳しながら中身を脳内に複写している、7つもあったからな。時間が掛かる。
「面白いの、それ?」
「うむ」
「さっきから、うむばっかり!」
怒ったらしい……おっ!
「ふふふ。面白くても、おっぱいには勝てないでしょ」
羽織って居たガウンを寛げて、アリーが真っ裸になった。
「デカくなっているでしょ! ウリウリ……」
20歳を超えてから巨大化してきた物を俺に押し付ける。
乳児の頃からの付き合いだからか、俺に対する羞恥心は希薄だ。
「わかった、わかった。悪かった」
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訂正履歴
2021/12/25 誤字訂正(ID:1374571さん ありがとうございます)、少々加筆、運命→運勢
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/10/15 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




