398話 死闘と領域(ゾーン)
スポーツでは、ゾーンに入ったって表現がありますね。例えば回りの歓声など不要な感覚が消え、集中力が異常なまでに高まるとか。執筆する時になってみたいなぁ。
順調だ。
巨大超獣の旋回速度が高まってきた。何者にも侵されないはずの白さが、徐々にくすんできている。一番隊3人の魔術が奏功しているのだ。
俺はというと何も手を貸していない、上空に浮かんで監視しているだけだ。
呑気に聞こえるかも知れないが、そうではない。
妹が告げた、邪魔に備えて居る。強度を最大限上げた魔感応の範囲は、半径百ダーデン。
しかし、魔感応で検知されるのは、眼下の敵のみ。
何か起こりそうな兆しは、感じられない。
まあ、根拠が根拠だ。徒労に終わるなら、その方が良いのだ。
強いて言えば、ここから見て北西の方角に何やら気になる範囲があるが、魔獣や超獣の類いではない。
逆だ。魔導の極微反応すら発せられていない。竜脈の類いかも知れない。事が終われば、調査すべきかも知れない。とはいえ、まあその程度だ。
それから数分間、緩やかに旋回しながら警戒を続けていた。
むう。
見下ろすと、巨大超獣が褐色に染まっていた。
破綻──
巨大超獣の外身、水嚢が痙攣を起こすように衝撃波が走り、直後体液の洪水を起こした。
常伝導に遷ったといえども低温。
周囲の大地は瞬く間に白く凍てつき、濛々たる冷気が辺りを包んだ。
ただ、これからが本番だ。
油断するなよ。同士討ちを避けるためか、3人は密集していた。
視界を遮った靄が霧散していくと、今は消え去った水嚢の中央に灰色の竜が居た。正式には蛟竜と呼ぶ幼生体だ。
おっと。俺は周囲の警戒だ。
魔感応に感は無い。
1番隊の面々の魔界強度が上昇していく。
あれなら、問題なく斃すことが……。
その刹那、脳天に杭が撃ち込まれるかのように疼いた。
空を見上げると、陽光を遮る黒い影。
竜だ。
しかも巨大な成竜。
馬鹿な──
何も感知できなかった。
戦いている場合ではない。
敵は激烈な魔界を纏って、禍々しい顎門に蒼白い火球が渦巻いていた。
【深甚】
世界は色を失い、動きを止めていく。
だが、竜のブレスは放たれた。この減速空間においてさえ、怖気る勢いで墜ちる。
総毛立つ感覚を身に染みつつ、思い知る迸りの行方は、こちらではない。
幼生体とその直上、ようやく異変に気が付いたかのように、見上げる魔術師達だ。
まずい!
【送達!】
何と思考の遅いことよ。もどかしさで魔素が脳幹に押し寄せる。
瞬く間に時が歩みを戻すと、脳はおろか全身が冷え切る。
蒼焔が、大地を叩いた。
瞬時に地表を昇華させた白煙が衝撃波で吹き飛ぶと、赤黒く煮えたぎった地の底を露出させた。そこに居たはずの蛟竜など痕形もない。
そして黎き成竜は、何のつもりかブレスを曳きつつ首を振った。結果、弧状に地は焼け爛れていく。
為す術なく眺めていると、爆風が押し寄せる。常時張っている結界も、轟音までは遮断しない。
だが、無音の境地に居た。
フフッフ………アハハハ……
ただ己が嗤い声のみが響く。
意識が塗り変わる。超自我が這い出してきた。
もはや、竜が発する桁違いの魔圧すら小気味良い。
丹田に意識が向かうと、魔束が渦巻き脊髄を熱する。
その所為か否か、成竜もこちら首を向け、眼が合った
刹那、成竜の顎門が火球を孕み、輝く息吹が迫り来た。
鮮紅炎!
禍々しき蒼を、紅炎が切り裂いた。
術式を意識せずとも、思いのまま魔術が発動する。何の抵抗もない。
爽快だ! 爽快至極──
ブレスを我が焔が縦に貫き、成竜を直撃。
浅い──
のたうち回せただけで竜を包んだ火勢が絶えた。ブレスとの正面衝突が減衰させたのだろう。
ならば!
右腕を頭上に掲げると、不意に紫電が迸った。
空に絶縁破壊の轟きを響かせながら、雷が駆け上っていく。
ああ、熾電弧だな。自分で発動させておいて、まるで他人事のように認知する。
察知した成竜は翼を羽ばたかせ、身を捩らせて紫電を掻い潜る。
フン! 器用なヤツ。
しかし、宙を埋め尽くす茨の如き稲光は、俺の腕の動きに従って着実に包囲していく。そして開いていた掌を握り込んだ時、5方から雷が叩きつけられ、断末魔を上げつつ消えた。
目映さが消えて翳した手を下ろすと、蒼穹に黎きモノはなかった。
逃げたか。
突如現れた時と同じく、空間転位して去った。
フウゥゥ……。
瞑目しつつ深く息を吐き、刮目すると爽快感は嘘のように喪われていた。
ふむ。
ここ1年で全能なる精神領域へ、意図的に達する事ができるようになった。
魔力大消費以外に副作用はないが、領域を脱した後に自分が自分でなくなるような感覚が生々しくぶり返し、気分が良くない。
「ラルフェウス卿ぉぉお」
1番隊の3人が上昇してきた。
近付いてきたが、なぜか彼らは手を翳して俺を仰いでいる。
「ああ……失礼」
魔力の放射を、意識して抑え込む。
「こちらこそ。あんなに輝くものなのですな。驚きました」
2人も肯いているところを見ると、光背が目立つほど魔素が漏れていたらしい。
「それにしても、ご無事でしたか。よかった」
「貴公達も」
「ラルフェウス卿がお助け下さったのですよね?」
ブレスに灼かれる寸前、彼らを強制転位させた。確認はしていなかったが、なぜか確信はあった。
「間に合ったようで、なにより」
「はい」
「師匠は、命の恩人です」
「ああ、待たれよ!」
サーザウンド卿だ。
「謝辞は後程幾重にも申し上げるが、その前に確かめねばならぬことがある」
流石は歴戦の賢者だ。落ち着いておられる。
「何なりと」
サーザウンド卿へ向き直る。
「あの禍々しい飛竜は撃滅した。そう思ってもよろしいだろうか?」
「いや、撃滅には至らなかった」
「えっ? 竜の姿は見えませんが」
「私の魔感応でも、半径100ダーデン以内に竜の反応はない」
ほう。サーザウンド卿の魔感応はなかなかの物だ……そう思うのは烏滸がましいか。
「追い込んだとは思ったが、転位して消えた。そもそも、ここに現れた時も、周囲には居なかった。転位してきたのだ。魔結晶もない。つまりは取り逃がしたという事だな」
「お言葉の通りであれば、辻褄は合うが」
3人は残念そうだ。
「いや、取り逃がしたなどと仰らないで下さい。師匠は成竜を撃退したのです」
「同感です。それに紫電が幾筋も逆立つように、蒼天を昇っていく驚異。あれが人間の使う魔術かと、度肝を抜かれました。そして感じ入りました。しかし、助けてもらっておいて失礼ながら、もっと間近で見たかった」
「ははは……映像魔導具で撮影してあるから。視られると良い」
「それは、ありがたい」
「うーむ。クレイオス卿は案外肝が太い。小官は強制転位に魂消た」
「サーザウンド卿……」
「いやぁ。信じられぬ気配を感じて、顔を上げたら黒い竜が居て、ブレスを吐いていた。てっきりこれで最期と思ったのだが」
「ええ。しかし、次の瞬間には、我々3人は1ダーデンも離れた所に居た。ラルフェウス卿、貴卿が居なければ、我らは恐怖すら感じる間もなく消滅していたに違いない。改めて感謝申し上げる」
「小官も」
「感謝致します」
3人は胸に手を当てて瞑目した。率直な謝意が伝わってくる。
「いや。我らは、同じ戦隊の仲間。危機に瀕すれば助け合うが当然。礼には及ばない」
「師匠!」
「仲間だが、師匠ではない」
「しかし。光栄です。転位と言えば……光神暦382年3月。500人もの兵を超獣キュロスから救うため転位させた。あれと同じですね」
よく知っているな。
「ああ。賢者ラルフェウス ──卓越した魔導──」
うっ!
「おお、エミリオ卿も読んだか」
「もちろん」
期待した眼を向けるな。
一昨年末に出版された、俺の伝記だ。
もちろん自伝でない。ローザとアリーに先に取材して、俺に確認するというやり方で編集された。
あの頃はまだ20歳前だったからな。それで伝記はないだろうと拒否したのだが、国王陛下肝煎りで魔術師協会が監修ということになり、断り切れなかった。
まあ、出版されたからといって誰が読むのかと高を括ったのだが、それなりに売れているらしい。しかも飜訳の上、西方諸国でも発売されたそうで、2人が読んだのはそれだろう。
貰った献本は書庫に封印していたはずなのだが、いつの間にかルークが読んでいて暗澹たる思いを味わった。
「でも聞きましたよ。クレイオス卿は、あれを読んで、ラルフェウス卿の信者に成ったのですよね」
「そう。その通り」
「それまでは、あんな若造に負けるか! そう、息巻いていたと聞きましたよ」
「あいつ、喋ったな!」
あいつはと、ネフティスから来ている戦士だろう。
「いや、師匠。それはですね……」
「ああ。気にはしていない。あと師匠ではない」
「はははは……」
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訂正履歴
2021/12/11 微妙に加筆、表現変え
2022/01/31 転移→転位
2022/10/15 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/05/11 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




