397話 戦闘開始
クライアントのところに行ってみると、全く準備ができて居らず、やるべきことに取りかかれない経験が何度かあります。そういう時はカリカリしても意味ないですよねえ。
新世界戦隊出動から遅れること、数時間。聖都からセロアニア首都セロアズに転送された。
既に第1隊はセロアズを発していたが、俺はそこで思わぬ足止めを食った。
事情を訊きに行ったバルサムが帰って来た。
「報告致します。先行隊によると、超獣出現地の周辺住民の避難が終わって居らず、本日中の開戦は見送られましたので、御館様は明日お越し頂きたいとのことでした」
俺も先行したいところだが、今回の作戦は第1隊のものだ。戦闘がないのならば良いだろう。
「わかった」
結局、その日はさっさと早く就寝した。
翌朝。
首都セロアズに騎士団選抜隊を置いて、俺は1人で出立した。
セロアニア公国の中央に横たわるマーセド山脈に向けて1時間弱、距離にして400ダーデン(360km)程、これまでに飛行した。眼下にプロマニスという小都市が見えてきた。地図の通りと、確認しつつ上空を通過すると、前方に山脈の裾野が迫ってきた。
ふむ。
さらに5分飛行を続けると、10ダーデンほど先に巨大超獣を感知した。が、勝手に戦闘開始するわけにはいかない。戦闘は1番隊に任せてあるからだ。
あれか。
田園風景の小高い丘の上。農家の屋敷に慌てて取りつけたのだろう、長い旗竿に公国軍と戦隊の旗がはためいている。
前進陣地だ。
屋敷の庭に、公国軍兵の姿が見える。手っ取り早くあそこに降りたいが、そうすると襲撃と思われかねない。
慮った結果、やや離れた場所に降り徒歩で近付く……後から考えれば、かえって良くなかったらしい。
門前で衛兵に槍を突きつけられた。
【何だ、お前!】
セロア語だ。
【新世界戦隊所属、賢者ラルフェウス・ラングレンだ!】
【賢者? ふん! 戦隊の皆様は到着済みだ】
どうやら、俺の着到のことは徹底されていないようだ。
【戦隊員と言うならば、腕章はどうした?】
【腕章?】
【皆様は、揃いの腕章を着けていらっしゃるのだ】
そんな話は初耳だ。1番隊で作ったのだろう。
【いよいよ怪しいな。どう見てもセロアニア人には見えぬ】
鉄兜からはみ出ているのは、黒髪ばかりだ。
【ああ。私はミストリア人だ】
【ミストリア人が、なぜセロア語を話す! もっとうまい嘘を吐け! 反乱分子か? それともこそ泥か?!】
確かに彼の言う通り、この言語を喋る他国人は少ないはずだ。
俺は、言語という言語を解して会話できる……などと釈明しても余計怪しまれるだけだ。第一面倒臭いしな。こめかみに指を当て──
【呼出】
「ああ、エミリオ卿、ラングレンだ。たった今、陣地前に到着した。悪いが衛兵に足止めを食っていてな……よろしく頼む」
【貴様! 何をブツブツ喋っているのだ!】
いよいよ俺への警戒度が上がったのだろう、近辺に居た衛兵を呼び集めて俺を包囲した。
ああ、来たか。
「ラルフェウス卿!」
差し渡し30ヤーデン程はある庭の向こうから、こちらを認めた30歳がらみの男が、全速力で駆けてきた。
衛兵達と同じ、黒い髪だ。
【大尉殿! 怪しい者が、侵入しようと致しまして】
エミリオ卿が指呼の距離まで近付いてきた。青い腕章を巻いている。
【怪しい者とは、そこにいらっしゃる賢者様のことではあるまいな?!】
衛兵は目を見開く。
【大尉殿! この若造が賢者様なのですか?】
【わかったら、槍を戻さんかぁ!】
【はっ!】
ようやく、包囲が解かれ槍先が天を向いた。
「ラルフェウス卿、失礼致しました。どうかご容赦下さい【貴様ら、敬礼せよ】」
【【【【はっ!】】】】
一応返礼しておく。
庭を突っ切っていくと、クレイオス卿の姿が見えた。
「ラルフェウス卿。ようこそ」
にこやかに出迎えられる。
20歳代後半だろう。この間、俺に弟子入りを求めてきた男だ。
農家らしい大きな土間続きの部屋に通されると、壮年男性が立ち上がった。
「やあ、ラルフェウス卿。お待ちしておりました」
「サーザウンド卿。恐縮ながら、推参致しました」
「いやいや。我らも心強い限り」
傍らに、軍人が何人か居た。
「セロアニア公国軍、第2……連隊ベルナルド大尉であります。ご高……名は、かねがね」
ラーツェン語がぎこちない。
【ラルフェウス・ラングレンと申す。大尉殿、当地の勝手はわかっておりませぬので、よしなに頼みます】
【おおぅ。セロア語まで、お話しになるとは。それは魔術なのですか?】
【大尉!】
エミリオ卿だ。
【なんでしょう?】
【麾下の兵に、ラルフェウス卿のご到着予定が伝達されていなかった! どういうことか?】
【そっ、それは。申し訳ありません。今朝交代したばかりでしたので……】
ベルナルド大尉は謝るのもそこそこに、部屋を飛び出していった。
「申し訳ありません」
「ああいや。エミリオ卿の手落ちではない」
「はあ……」
「それよりも、作戦はどのように。よろしければ、お教え願いたい」
状況をいきなり訊いては失礼だ。
サーザウンド卿が、にやっと笑った。
「巨大超獣は事前情報通り、水嚢型でした。元々近辺に民間人はごく少なく、避難命令も国軍が2日前に出しております。完了確認が取れ次第、まずは水嚢を破壊して、中身を引きずり出したいと思います。予定は11時です」
「了解です。私は少し離れた場所におります」
「ラルフェウス卿、ご心配なく。サーザウンド卿も小官も数体斃しておりますれば」
クレイオス卿が、自らの胸を叩いた。
任せておけと言うことだろう。
「ところで、ラルフェウス卿。ひとつ伺いたいことが」
エミリオ卿だ。
「何でしょう?」
「はい。今回出張ってこられた理由の、本当のところを」
3人が互いに視線を交わす。残りの2人も気になっているのだろう。
戦闘前に不確かな話をしても、かえって良くないかと思って、彼らには告げていなかったが。訊かれてしまえば、逆に言わない方が引っ掛かるだろう。
「言うまでもありませんが、1番隊の実力を疑っているわけではありません。ただ、国元から気になる連絡がありまして」
「国元……ミストリアですか?」
「ええ。巫覡を為す者があり、戦闘時に何らかの邪魔が入るので注意しろと」
「邪魔が入る?」
「邪魔とは?」
訊きたくなるよな。
「私にもわかりかねます。その曖昧かつ根拠薄弱な情報ではありますが、捨て置くには気になりまして」
「ラルフェウス卿は、その何者かわからない邪魔に備えると?」
肯く。
「いや巨大超獣だけでも難敵に違いない。不測の時はよろしくお願いする」
ふむ。不快感を示しそうなものだが、サーザウンド卿は老練というべきか、器がでかいと言うべきか。
「承りました」
†
予定通り11時には作戦が開始された。
情報通り水嚢型だ。
巨大超獣はやや上下に潰れた概球状で、極低温の白い霧を吹き上げている。時折身じろぎをするように揺れ動き、目映いばかりに皓い巨体に波紋が広がる。
1番隊は、巨大超獣から100ヤーデン程離れた周りに、正三角形の頂点に各人が並んでいる。俺はというと、さらに200ヤーデン余り離れた空中に浮かび、待機だ。
見下ろす形になって恐縮だが、入る邪魔がなんなのかわからない以上、できるだけ広い視野を得る必要がある。
僅かに魔力が高まり、3人各自の足下に穴が掘れた。
そこに各人が潜った。
ふむ。これが、クレイオス卿の言う独自の工夫というやつらしい。
魔界強度が高まっていく。
これを巨大超獣も感知したのだろう、水嚢の中で輝点が生まれると、そこから魔晄が迸った。狙い違わずエミリオ卿へ……しかし、光条は虚しく大地を焼いたに留まった。
穴に潜った理由は、これか。
彼らは飛行できると言っても、高機動飛行はまだ不得手だ。
さらに3箇所で、土魔法が発動。
巨大超獣のやや外側の大地から、恐るべき速度で次の突起が突き出た。上から見れば、超獣に対して、接線方向揃って右回りに斜め上方向だ。
これを受けて、敵は大きく撓んだ。
それが2撃、3撃と続くと撓みが右回りにずれていき、数十撃を数える頃には超獣は緩やかに回転を始めた。
ふむ。
術式には無駄が多いし、角加速度も大したことはない。
しかし、直接回転力を伝えているがゆえに、俺のやり方に比べれば精密な同期連動は不要。脱調することなく加速し始めた。
急造の隊には合っているやり方と言えよう。
順調に水嚢内での対流が起こり始め、全ての魔導波を弾き返す超電導の破綻が迫った。
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訂正履歴
2021/12/04 誤字、文章乱れ訂正、僅かに加筆
2021/12/18 誤字訂正
2022/10/15 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




