396話 愛しい人
最近、親族から電話があると、悪い話の知らせばかりなのですが……そう言う付き合いを小生がしているからかなあ。
フォイジン亭の離れの食堂。
朝食を食べ終え、アリーが淹れた紅茶を飲む。
うーむ。最近はハズレが減ってきた。余り嬉しくない。
何度かに1度有った飛び抜けた当たりまで、減ってしまったからだ。
しかし、そう言うとやる気をなくしそうなので口にはしない。アリーは褒めると伸びる性格なのだ。
「おはようございます」
バルサムが食堂までやって来た。
「ああ。おはよう」
「新聞をお持ちしました」
扉の前で挨拶したバルサムが、すぐ横までやって来て持参した新聞を差し出した。副長兼派遣騎士団臨時団長の彼が、わざわざ新聞を持ってくるのは当然意味があるはずだ。
やはりこれか。
1面に、大きな活字が踊っている。
『世界各地の拠点に一斉に立入捜査! 結社薔薇の鎖は分裂か!』
どの程度掴んでいるか気になり、少し読み込む。
5日前、刺客侵入事件の後、バルサム達に一連の顛末を説明させられた。
結社薔薇の鎖については、スードリ達とミストリア陸軍近衛師団第2憲兵連隊、通称黒衣連隊が連携して、圧力を掛けつつ追い詰めていた。
去年辺りから、情報がよく入ってくるようになった。おそらく内部通報者を作ったと推量している。スードリ達、情報諜報班は騎士団では異質の存在であり、対超獣特別職もしくは大使の職に関することでは俺に従うが、それ以外は王宮の意に順って動く者達だ。
俺としては、彼らを便利に使わせて貰っているという立場だ。それを弁えて、多くを訊かないことにしている。結社、薔薇の鎖もその1つだ。
ミストリア国内の治安維持が厳しくなり、俺を狙えなくなった。
加えて、本館も公館も城外の拠点ですら、設備も警備を拡充している。それで、今回の教皇領への滞在を、彼らが好機と思えるだろうと踏んだ。
国外に出て、しかも新世界戦隊の手前、これまで通りの十分な警備ができないからな。
予想通り、教皇領で俺を襲撃する計画があるとの情報が入ってきたが、5月の上旬。つまりは俺が、教皇領に派遣されると公表されて間もなくのことだった。
『ご存じならば、仰って貰えば警備を今以上に、充実させたものを』
『それでは、結社側が警戒して乗ってこないだろう』
『御館様の御身以上に優先すべき事などありません。それを自ら囮となるなど、ありえません』
そう、バルサムにだいぶ絞られた。
警備責任者は、彼だ。余りにも真っ当な主張になすすべなく叱られていたが。
まあ、今でもわだかまりが消えては居ないのだろう。
無言の抗議というわけだ。
「ケプロプス連邦で、首都近くの大法院と呼ばれる本部組織で交戦となり、突如爆発して法院派幹部と見られる7人が全員死亡か」
ふむ、爆発か。これは知らなかったな。
魔術か、魔導具が使われたな。
ただ自裁したか、それとも連邦が口封じをしたかまでは分からないな。後者は穿った見方かも知れないが、現状新世界戦隊を害する国家と見られると、西方諸国の友好度は下がるだろうし、光神教会と教徒を敵に回しかねない。
連邦は6つの都市国家の寄り合い所帯。かなり複雑な政治形態らしいからな。この辺も足の引っ張り合いが激しいとは聞いている。
それはともかく。
事前に議定派は、法院派と袂を別つと宣言か。それで分裂というわけだ。おおよそスードリから聞かされている通りだ。
ちなみに、法院派は最古参の派閥で活動はかなり過激らしい。議定派はその名の通り結社が光神教会と光神暦87年に分裂した後に、干渉が色々あって光神暦171年に約定を結んだ。それを遵守することを方針としている派閥だ。
構成員である社員は3対7だが、権威および集金力は前者の方が強いと言う話だ。しかし、今回の一件で弱体化することは間違いない。まあ、少し呆気ない気はするが。
「副長」
「なんでしょう、奥様」
今回は、救護班長ではなく俺の従者として付いて来ているので、そういう呼び名になる。
「そろそろ旦那様を赦してあげて」
「はぁ? 私は御館様の家臣です。また赦すことなどありませんが」
バルサムは意外そうな顔をした、俺も自分の顔が見えれば同じようになっていただろう。
「本当にそうならば良いけれど。旦那様のやり方は、今後も変わらないと思うし……」
助け船ではなく諦観か。
「……変えたら旦那様の良さがなくなるかもよ。それは嫌でしょう?」
むぅ。
「つまり御館様を支える側が、変われと仰る訳ですな」
おっ、何か少し表情が和らいだような。
「副長に変われなんて……ただ赦して上げて欲しいだけ。ああ、私が淹れたのだけど、お茶いかが?」
「はっ、戴きます」
しかし、バルサムにゆっくり賞味する暇はなくなった。
扉の方へ視線を向けると、フロサンが鞄を持って入ってきた。
「失礼致します。ルーナ様と仰る方から通信が入っています。御館様をご存じとのことですが?」
「ああ」
あの賢者から? 何の用だ?
鞄を開き、上部の釦を押して、通信を再開する。
「ルーナ卿、お久しぶりです。ラングレンです」
『やあ、ラルフェウス卿。元気かい?』
「先に申し上げておきますが、国際間通信で私信は禁止されていますよ」
『……いっ、いやだなあ。もちろん公務だよ』
その割に、少し間があったが。
『それでだ。連絡したのは、君の愛しい人の頼みだからだ』
愛しい?
それが聞こえたのだろう、アリーが目を細めて微妙な貌となった。
『お兄様!』
「その声は、ソフィア?!」
『はい!』
「ルーナ卿。ソフィアには手を出さないと言いましたよね!」
『出していないって。逆だよ、逆!』
逆って何だ?
『私が、何かお兄様のためにできることはないかと思いまして。王都に押し掛けて、ルーナ様に頼みました』
何てことだ……。
ルーナ卿の連絡先を知っていたということは、妹に何かしらの手出しをしていたというわけだが。今さら、そこを責めても無駄だ。
「ソフィー。悪いことは言わないから、すぐにエルメーダに戻りなさい。母上が悲しまれるぞ」
『いいえ。母上には、許可を戴いております。そんなことより……』
いや、そんなことよりって。
おふくろさんも、ソフィーを巫女にさせるのが嫌だったんじゃないのか!
『近く、お兄様から見て北西の地に、災いが訪れます。その時には邪魔が入るとの兆しが出ています。是非気を付けて下さい。ソフィアの願いです』
北西? 邪魔?
『ああ、聞こえたか? ラルフェウス卿。これは、君の妹の渾身の卜占の結果だ。疎かにすることのないように。ではな!』
おい!
「ソフィー! ソフィー! 切れたか!」
気を取り直して、こちらから通信魔導具で呼び出したが、反応がなかった。
「あぁぁ。ソフィーちゃん、これはいよいよ家を継ぐ気はないようね」
†
翌早朝。セロアニアにて巨大超獣が発見されたとの連絡を受け、あわてて戦隊本部に出向く。
カリベウス総隊長と彼の部屋で向かい合っている。
「ほう。出向いてくれるのか。既に第一隊が出動準備をしているが」
既に対抗する隊の手配は終わっているのは別途訊いた。俺に対する出動依頼は出ていない。
「前にも宣言した通り、卿の活動について私から掣肘する気はない。ただ1つだけ聞かせて貰いたい。なぜ出動する気になったのかを」
つまり、本件に対して俺が出動するまでもない、そう総隊長殿は見做しているということだ。
「セロアニアが、ここから北西に位置するからです」
「んん? 北西?」
総隊長殿が訊き返すのは、もっともだ。理由が方角と答えられてもな。しかし。
「方角……ミストリアには、優れた巫女が存在すると聞くが?」
「その通りです。私も必ずしも信じているわけではありませんが」
鋭いな。まあ、賢者ルーナではなくソフィーの未来視だが。言い出すとややこしくなるので、誤解したままにしておく。
「ふむ」
顎髭を数秒弄っていたが。
「了解だ」
「では、私も出動させて戴きます。ああ、駆除については、できるだけ1番隊に任せます」
「うむ。助かる」
†
宿舎に戻ると、恭しくバルサムに出迎えられた。
「出動準備整っております」
後ろに控えた、アリーも頷いて居る。
「では、セロアニアに向けて、出動する」
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訂正履歴
2021/11/27 少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




