395話 賢者暗殺さる(4)
賢者暗殺さるの本当の終わりです。今日の投稿2話目です。
話が繋がらないと思いますので、394話からお読み下さい。
思った通りだ。
主管様の右中指に填まった指輪が妖しく灯った。
俺は運んできた荷物から飛び退くと、間髪容れずそれは膨れ上がる。限界を超えた行李の外装は引き千切れ、ガーゴイルが3匹躍り出た。
くすんだ緑青の肌、棘だらけの頭部、乱杭歯だらけの顎門───
衛士如きが何人居ようと敵ではない。
我らに何の備えもないと思ったか!?
「結社に仇成す者へ、死を!」
ギギギシャャァァァアアーーーーー!!
癇に障る吼え声に、審査室が阿鼻叫喚に包まれた。
主管様の指輪が紅く点滅すると、ガーゴイルが見えざる軛から放たれた。
そして、見る間に我らの行く手を遮る者達に飛び掛かっていく。
見惚れているわけにはいかない。この期に退路を!
「閣下! こちら……」
俺の足は止まった。退路が切り開かれなかったからだ。
紅い血潮が舞い散るどころか、ガーゴイルたちは何かに弾かれたように突進が阻止され、あろうことか床に転がった。そのまま痙攣している。
何か起こった───
が、驚いているのは、我らだけではない。衛士達も動揺が収まっていない。
「間に合ったようだな」
たじろいだ衛士の間から、ローブ姿の男が入って来た。
血の気が引く。
地獄からでも黄泉還ったというのか?
「おおぅ、ラルフェウス卿! 貴殿でしたか、感謝します」
検察官が破顔した。
「ところで検察官殿。証拠品ともなろうが……魔獣にトドメを刺してもよろしいかな?」
「ああ! これだけ証人が居る。問題ない」
その刹那、ガーゴイルが光球で包まれた。それが一気に60リンチ大に縮むと白く曇り、数秒後には濁った緑の魔結晶と化して、床に落ちた。
「無力化できたと思うが、捕縛されては如何か?」
「ああ、そうでしたな。それ!」
「「「はっ!」」」
これまでか……。
切り札を失った我らに、多くの衛士達に抗う術は無く縄目を受けた。せめてもの腹いせに賢者を睨み付けるが、何の痛痒も感じないようだ。
「貴様……なぜ生きている」
主管様が吐き捨てた。
「死んでいないからだが。それとも刺客から死んだと報告を受けたか?」
「ちっ」
「死んでいないと言えば、あの刺客。死亡を確信する前に、運河に捨てたのは悪手だったな。お前達のことを証言して居るぞ」
「くっ!」
ラルフェウス卿は、落ちていた魔結晶を拾い上げる。
「しかし、ここで暴れるとはな。お陰で、よい証拠品が手に入った。この濁り具合……スパイラス南門事件も解決するだろう。しかし、あの時に比べて、随分と魔獣の等級が落ちたな」
我らが、王都南門で魔獣孵化魔導具を仕掛けたことを言っているらしい?
「ありがとうございます。ラルフェウス卿。早速詮議の上、貴国へ護送致します」
「然るべく」
ラルフェウス卿は、我らに興味をなくしたように検査所を出ていった。
†
「御休息中に、失礼致します」
夕食後、宿舎の部屋で旦那様とまったりしていると、師匠が入って来た。
「うむ」
旦那様は、読んでいた本を傍らに置いた
「はっ! 報告致します。薔薇の鎖の各国拠点が立入捜査を受けているとのことです」
「ほう。早かったな」
「はい」
「2年間の苦労が実ったな。よくやってくれた」
2年?
「ありがとうございます。ただ、まだ統監と呼ばれる結社の最高幹部が捕縛できておりません。引き続き、捜査を続けます。では失礼致します」
ほぉぉ……珍しく師匠があの姿で笑っていた。まあ、口角を上げただけだが。
それにしても、余程嬉しかったのだろう。
「旦那様」
ソファの隣に躙り寄る。
「なんだ? 人形を売っている店は見つかったか?」
生返事だ。再び本を持ち上げて読み始めている。
「レイちゃんのお土産の件ね。旦那様もわかるでしょ。聖都であの子が気に入りそうな人形なんて売ってない……って、そうじゃなくて。師匠の話よ! 一昨日どこかに出掛けた件と関係あるのでしょ?」
にやっと笑ってみる。
そのあと、ようやく宿舎から出掛けて良くなったので、今日は聖都を巡ってきたのだ。
「相変わらずアリーは鋭いな」
旦那様は、僅かに微笑んだ。おっと、いけない。うっとりしそうになった。
「それで、2年前ってことは、ウチの館が襲われそうになった、あの事件よね」
軽く肯いた。
「なるほどね。その黒幕が、薔薇の鎖だったわけだ?」
「ああ。あとはバズイット家を裏から操り、スヴェイン・アルザスを殺したのもやつらだし、王都南門に魔獣孵化魔導具を仕掛けたのもそうだ。」
バズイット家! アルザス! 王都南門事件!
旦那様は、淡々と凄いことを言った。
「それで、師匠はずっとそれを捜査していたと……今回も、私は何も聞いていないんですけど。お姉ちゃんもよね?」
まあ、そういう連中に狙われているなんて言ったら、家族が心安く過ごせない。だから、そうならないようにって旦那様の思い遣りってのはわかるし。あの刺客がやってくるまで実際に危険は感じなかったけれども。
「そうだったか?」
「そうよ。でも、最高幹部ってのが捕まっていないのよね」
「ああ、聞いての通りだ」
「はぁぁ。わかった。旦那様がだいぶ前から知っていたことは、お姉ちゃんには黙っておくわ」
「ああ、助かる」
うれしそうだ。
まあいいわ。
今回は、いろいろ腹が立つこともあったけど、この笑顔に免じて……あれ?
おかしいわ!
いつの間にか、私が旦那様の仲間になってる。
待って、待って!
なんで、今まで隠していたのに、師匠は私が居るところで報告したの?
どうして旦那様は、結社による数々の犯行を私に喋ったの?
おかしい!
わざとだ! わざと私に知らせたに違いない。
でも何のために?
ふと、幼い頃の……最古に近いだろう思い出が蘇った。
†
シュテルン村の館。
私は4歳か、5歳。
いつものように、こっそり可愛いラルちゃんの後を追って歩いていた。
ラルちゃんは廊下を歩いていく。なんか、そわそわしているわね。
おっと、伯父様の書斎の前で止まった。
なに?
あぁ、ご本を読みたいのね!
だけど、だめよ!
伯母様に、絵本しか読んじゃ駄目って言われているのだから!
ラルちゃんは、何か呟くと、腕を伸ばして扉を開いた。
曲がり角の影から飛び出す。
『ああぁあ! ラルちゃん。いっけないんだ!』
ラルちゃんは、こっちを見て少し驚いた顔だ。
『じゃあ、アリーも一緒に入ろう』
『ええぇ。あたしも?』
『仲間だよ! 早く来て!』
『う、うん』
†
あの時、仲間って言われて、うれしくなっちゃったんだよね。でも、その後、私は魔術で眠らされたのよ。
一緒だ!
私を共犯者にして、仲間に引き込む手管。
仲間になったら、お姉ちゃんに喋らないだろうってことね。
旦那様は立派になった割に、子供の頃からやり口が変わっていない。
なんだか、うれしくなって愛しい人に抱き付いた。
「なんだ!」
「口止め料よ。それに妻が旦那様にくっつくのは、当たり前だわ」
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訂正履歴
2021/11/20 少々加筆
2022/02/16 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/20 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2022/10/15 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)




