40話 対人戦闘
対人かあ……。どっちかというと対システムの方が好きだなあ。どうも、人相手だとムキになりそうで。そうならないように、逆に気を使うんだよなあ……。
冬至が近付いたある日。
いつものように図書室で独習していると、助祭様がやってきた。こっちに向かってくるところをみると、俺に用があるようだ。
「ラングレン君、一緒に来て下さい」
肯定して、助祭様に付いていく。
表情からして、あまりいい話で呼び出されたわけではないようだ。
何だろう? 心当たりがないなと思っていると。窓からすぐ下に見慣れない物が見えた
「あれは……」
学校の車寄せに、高級そうな馬車が停まっている。
「こちらで司祭様がお待ちです」
部屋に入ると、ダルクァン司祭様の対面のソファに知らない若い男性が座っている。身に着けているのは高級な生地で仕立ても良い、明らかに貴族の装束だ。その後ろには従者らしき、男が2人も立っているところ見ると、大貴族のようだ。
「カイウス様、彼がラングレン君です。ああ授業中に悪かったね。ご挨拶を!」
カイウス?
「初めて御意を得ます。1年1組のラルフェウス・ラングレンでございます」
跪いて名乗る。
手前の従者が、さっと近寄ってくると、脇を腕を上げろと指示され、身体検査された。
別に危害を加えるような物は持って居ないので、すぐに元いた場所へ戻った。
どうでも良いが、魔術師相手には不十分な検査だ。隠そうと思えばいくらでも隠せるし。
それはともかく、どっか見たこと有る顔なんだよな。貴族でカイウス、カイウス……ああ、そうか。
「どうやら、私のことは知っているようだな」
「はい。伯爵様のご子息様と」
確か次男だ。顔が似てる、特に目元が。
「その通り。それでだ。そなた先日、山で行き倒れた、旅人を助けたであろう?」
ああ、10日前にいつも行く森で、行き倒れた人が居たのを、セレナが見付け、俺と渋るアリーで介抱した。
意識を取り戻した後、画家と言っていたが。
「はい」
「彼は、我が一族の遠縁の者でな」
へえ。
とは言え、礼を言いに来たわけではないことは、あからさまだ。
「それで、彼からそなたの名前を聞いた父上が、数年前の超獣が出たときの話をされたわけだが……そなた、なかなかの魔術師と訊いたが。8歳にして六脚巨猪を斃したと」
伯爵様の言葉だ、否定もできない。
「はあ、運がようございました」
答えたものの、どうも話の雲行きが怪しい。
「それで、今日ここへ寄った理由だが……」
うわっ、いやな予感しかしない。
「……私は、次代の領軍司令官と目されていてな、子飼いの家来を望んでおる」
はあ、後ろの2人がそうなんだろうな。
「よって、そなたの実力を試し、その結果如何では、家臣に取り立てる用意がある」
やっぱりそう来たか。
「大変光栄なお話かと存じますが。他に成すべきことがございますゆえ、ご容赦下さいませ」
「貴様! カイウス様に逆らうと申すか!」
後ろの1人が激昂した……ように見えないこともないが、どうやら本気では無さそうだ。
「ドーメル、下がれ」
「しかし……はっ!」
一旦食い下がったようだが、結局控えた。
「カイウス様。我が国では、遍く者に職業選択の自由が保障されておりまする。それは光神様の御心に適うとされております」
「ふむ。心得ておる。しかし、この者の父がそうであるように、スワレス領政府に勤めるは悪くないとは思うが。まあ良い。良いが……1つ。疳に障ることを申した」
ん?
「実力を試せば、家臣に取り立てるのが、当然の結果になるように聞こえたが」
なかなかの言い掛かりだ。
「いえ。お手を煩わせるまでもないと思いまして」
「煩わしいかどうかは、私が決めることだ。ドーメル!」
「はっ!」
「この男は、我と同じ18歳にして、なかなか剛の者だ。手合わせ致せ!」
伯爵様の次男、カイウス様に押し切られて、配下のドーメル・パステラという男に戦うことになった。まあ、久々の対人戦闘だ。何事も経験かも知れない。
颯爽と3人が部屋を出て行った。
「はあぁぁ。校長先生、こちらを借りても良いですか」
†
校庭に出て、ドーメルと向き合う。彼我の距離は、10ヤーデン。
槍か!
流石に俺を殺す気はないようだ。本当の槍ではなくて、4ヤーデン程の棒の先に布を丸めた物が付いている。石突きで突かれたり、叩かれるだけでも骨折必至だけどな。
校舎が騒がしいと思っていたら、窓から鈴なりに顔が出ている。見物するのは良いけど、そこから落ちるなよ。
「はじめ!」
気合いを入れると、魔力が身体を循環し始め、常時発動の鑑定魔術が活性化する。
摺り足でジリジリと距離を詰め。
「やゃゃぁあ!」
裂帛の気合い共に一気呵成の突進。
「ふん!」
突っ込んで来る勢いを活かした高速突き。
体を入れ替える。
振り向いて、突き、また突き、そして払い
なかなかの形相。顔だけなら強そうだ。
ギンッ。
穂先の側面を棒で叩き、槍の軌道をずらした。
「何だそれは?」
「暖炉の火掻き棒ですが」
「ぶっ、武人を愚弄するか! ハァアア!!」
そう言う気はないのだけどね。
叫びながら何度も突き込んでくる。
俺は、その度に避け、あるいは火掻き棒で弾いた。
「はぁ、はぁ。貴様、魔術師だろ!? ふうっむ」
気合いを込め。重い槍を大きく旋回させた。ブンと唸って迫り来るが、ついと避ける。
この人。
まあまあ、強いのかも知れない。体力だって大したもんだ。かなり鍛えている。
が、それだけだ。
技は単純、軌道も素直。
この人を束ねて兵とすれば、無類の歩兵隊を創れるのだろうが……。
一対一の果たし合いであしらうのは、俺でも可能だ。
三連突きも伸びては来るが、ローザ程のキレがない。
ここまで余裕を持てるのも、俺の動きや癖を知り抜いて、裏を掻きまくるローザと魔術抜きで稽古していたお陰だな。
しかし、今から思うに、怖ろしく強かったんだな、ローザ姉。
さて、あまり時間を掛けても仕方ない。
足下をえぐる突き──
「なっ!」
突き出された槍を蹴って、飛び上がる。
【電弧!】
バチッ!
伸ばした俺の指先と、あんぐりと口を開け見上げる敵の首筋の間に紫電が奔る。
「ぐぁああ」
何が起こったか分からないのか、槍を突き出した姿勢のままで、地に倒れた。四肢がピクピク痙攣している。
その彼の後方に着地した。
おおお…………。
校舎の方から響めきが上がった。
「それまでだ!」
「ドーメル!」
脇に控えていたカイウス様と、もう1人の従者が駆け寄ってくる。
「貴様、ドーメルに何をした!」
「電撃ですよ、セーシェルさん」
活性状態の鑑定魔術で、読み取った名前で呼んでみる。
「電撃だと!」
「大したことはありませんよ、ほら!」
倒れたドーメルを指差す。
ううぅぅ……。
彼はは、呻いて上体を持ち上げた。
「痺れたぁ」
「大丈夫か?」
大丈夫に決まってるだろう。
紅毛大熊を仕留める魔力の10分の1以下しか込めてないのだから。対人戦闘は面倒臭い。殺すわけにはいかないからな。
「ああ、手がまだブルブルしてるが……」
跪いていたカイウス様が立ち上がる。
「ふむ。電撃魔術と言えば下級魔法の中でも、最も習得が難しい部類と聞いているが……父上が手放しで讃えるだけのことはあるか」
「ああ。すまん」
ドーメルが、セーシェルの手を借りて立ち上がった。
ああ、質のよさげな、ストッキングが土まみれになってる。
「ラングレン殿。剣の腕もかなりの物だったが、魔術もな、恐れ入った。あの槍の上を走ったのもそうなのか?」
「えっ、ええまあ」
違うけど。
カイウス様は、俺の言い方で感づいたのか、にやりと笑う。
「だろうな。まさか突いた槍の上を、走られるとはな。度肝を抜かれた。まるで重さを感じなかったしな」
「ほう、そうなのか」
セーシェルも感心したように肯く。いや、ただ体重が軽いだけだと思うけど。
「長ずれば我がスワレス領に収まる器ではない……とは、こういうことか。勧誘は終わりだ。帰るぞ!」
ふむ。伯爵様に何か言われたのか?
校舎に近づき、馬車へ乗り込まれるのを見送る。
「ラングレン!」
「はっ!」
「領都へ来た折は、城に立ち寄り私を訪ねよ」
「承知致しました」
「ではな!」
馬車が走り出し、学校の敷地から出ていった。昔乗った時の紋章は無い。
帰ったか……。
ふうっと司祭様も、溜息を吐いた。
「で? 授業はどうした?」
司祭様が、こちらを向いて怪訝な顔をした。
アリーが姿を現した。
「……バレたか」
気が付いたのは、戦い始めた直後だ。
それから隠れているのは、アリーだけじゃないし。どうやら手を出してくる感じではない。カイウス様を影で護る者達のようだ。一応睨んで、軽く手を振っておく。
「あっ、アリシア君! 今までここに居たのかね?」
「いやあ。ラルちゃんが……」
俺が? 心配してくれたのか。
「……やり過ぎるとまずいと思って。ほら、死にかけたら何とか回復させないと」
そっちか!
「なるほど。では、授業を抜け出した罰を受けねばなりませんね」
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訂正履歴
2022/01/29 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/02/13 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)




