391話 カリベウス・ディースという男
昔は威厳の有る老人(男性)がそれなりに居るなあと認識していたのですが……ああ、自分が歳を喰っただけか。
新世界戦隊総隊長カリベウス・ディース。
齢70を超えていると聞いたが、元魔術師というだけあって精悍な細身だからか、年齢よりは若く見える。
聖堂を出て、彼の後ろについて歩いていく。
速度は、ややゆっくりだ。
ふむ。
普通に歩いて居るように見えるが、僅かだが右脚を庇っている。
付いて来てくれとは言われたが、さて。廊下を曲がると、正面の部屋に入った。
「掛けてくれ」
言われるままにソファーに腰掛ける。
「これが気になるかね?」
総隊長は、自分の右膝を指差していた。
「はい。戦傷ですか? ああいや、失礼しました」
つい凝視していたようだ。
「構わん。私が上級魔術師を辞めることになった原因だよ。超獣の攻撃を受けてな。ラルフェウス卿が戦場に連れているという頭巾巫女だったか。その時に居てくれれば、こうはなっていないかも知れないが、これでも1年経って歩けるようになった。上等だ」
「それはなんとも……」
1年か。相当な負傷だったのだろう。
「ふむ。卿に訊かれると、なぜか素直に話してしまう。人徳だな……ああ、それよりも卿には礼を言わねばならぬ」
「はぁ……」
国家間転送魔導器のことか。
「まずは巨大超獣の対応方法の開示。これで、ネフティスを含め西方諸国の多くが救われた。加えて様々な魔術の改良と開示、国家間転送を含め魔導具の提供。卿の尽力なしにはいかに光神教団にその意思ありと言っても、戦隊創設すら不可能だったろう。この通りだ」
総隊長は、胸に手を当てた。
思ったより広い範囲で、感謝して貰っているようだ。
「ああいえ。それらは、我が主君の意思でありますので」
「無論、クラウデウス陛下にも感謝している」
「帰国した際には、伝えます。ただ……」
「ん?」
「先のお言葉通り、人類が滅亡するか否かという状況で、出し惜しみをする程の物は持ち合わせていません」
「ふふふ。そうか……そうか」
総隊長殿は、微笑みながら深く頷かれた。
「さて、戦隊創設に当たり、私は考えた」
「はい」
「要するに卿は世界でも屈指の奇才ということだ。奇才に縦横に働いて貰うにはどうしたらよいと思うかね?」
ふむ。
「サーザウンド卿が、仰ったことですか?」
総隊長の口角が大きく持ち上がった。
「そういうことだ。凡才があれこれと注文を付けず、自由にさせることだ」
凡才という点を否定しようと身を乗り出したが、手で制された。
「そして、最後にこう言えば良い。全ての責任は私が持つ」
「承りました」
「ただし、卿にはただ1つ注文を付けておかねばならぬ」
「なんでしょう?」
「成竜と戦った場合、全てに優先して、卿は生き残ってくれ!」
「なんと?」
「それ以外は、自由だ。卿以外の人間、幾万の犠牲が出ようとも、私を含め先程集った魔術師が全て死に絶えようとも、卿は生きてくれ。私は、それこそ一番多く人類が生き延びる結果に繋がると考える」
「むう」
「どうかね?」
「その注文には賛同は致しかねますが、まだ死ぬ気はありません」
†
夕刻。
各国の諸志は、課題を提出し終わったようで、パーティに移行した。
場所は、元修道院ではなく、数百ヤーデン移動した大礼拝堂の付属会館だ。
戦士達の会合には姿を見せなかったが、こちらには来られた方が居る。
「新世界戦隊の諸君。光神教団ならびに信徒は来たるべき巨大超獣および竜達との決戦に向け、できる限りの人的支援を約束する」
教皇猊下は、胸に手を当てて瞑目をした。
新世界戦隊創設は教皇の発案であり、条約加盟国が賛同した恰好になっている。
しかし、教団はあくまで支援団体であって、戦隊の上位存在とは成らなかった。
まだミストリアに居る頃、それはなぜかと大司教に訊ねたが、光神教団の目的は信者を増やすことではないからと、およそ宗教団体の幹部らしからぬ答えが返ってきた。
光神教の教義には、他者を救えとはあるが、確かに教えを広めよは無い。修学院に入るまでは、良い教えなら勝手に広まるからという建前と考えていたが。どうもそうでも無いらしい。大司教も、現在目の前にいる教皇を含めた教団も本気で考えて居るようで、活動としても少なくとも俺の目から逸脱していない。
上位存在と言えば、組織委員会と呼ぶ各国の代表者の集まりは、予算管理が任務であり、総隊長の人事は決めたものの、それ以外には口出ししては居ないとは、総隊長の言だ。
「乾杯!」
淡泊な総隊長の挨拶で、宴が始まった。
ん? 総隊長と教皇猊下が、二言三言交わすと互いに会釈した。神職と教団関係者は飲酒しないので、さっさと退出されるらしい。
俺の前を通っていくので会釈したところ、猊下が立ち止まった。
「ラルフェウス卿。今後ともよろしくお願いしますぞ」
「はっ!」
猊下は嬉しそうに微笑むと、一行が宴の間を後にされた。その数秒後に総隊長も退出していった。
ふむ。長居は無用。退散しようと思いつつ振り返ると、そうは行かないことが分かる。
50歳位の紳士を筆頭に、その後ろに4人がこちらを窺っている。
「ラルフェウス卿、少し良いかな」
サーザウント卿。レガリア王国の伯爵位を持つ賢者だ。
長身で顎髭顔には威厳がある。6体の超獣を撃滅された、世界最強の呼び声が高い賢者だ。
「はい。先程は、お口添えありがとうございました」
「ああ、いや本心だ。ところで、私はここ5年くらい、いつ退役しようかと思っていたのだよ 」
「そうなのですか?」
我が国の賢者グレゴリー卿とよく似た年格好だ。
「うむ。しかし、中域の国に目覚ましい賢者が現れたと聞いてね、考えを改めたのだ。今は良かったと思う。お互い世界のためにがんばろう」
「はい」
その答えに気を良くされたのか、笑顔で余所へ行かれた。
えーと、次は。ネフティスのクレイオス卿だ。
「ラルフェウス卿。折り入って、頼みがあります」
むっとしたバルサムが割って入ろうとするのを、手で制する
「頼みとは?」
「俺を……」
俺を?
「ラルフェウス卿の弟子にして下さい!」
「はっ?」
「この通りです!」
手を握り合わせて頭上に。懇願の礼だ。
「クレイオス卿、抜け駆けは酷いぞ。弟子なら、私を!」
「いや、私だ!」
3人程同じ姿勢となった。
困ったものだ。あんた達も、それぞれの国の代表だろうに。
「バルサム」
「はい、御館様」
「何人待ちだ?」
「お弟子候補は、ミストリアで4人お待ちです」
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訂正履歴
2021/10/30 総隊長のアリーに対する認識を訂正、少々加筆。
2021/11/04 ラルフが2回腰掛けたことになっている部分を削除、その他微妙に加筆。




