389話 上に立つ者
それもトップと呼ばれるような人は、多かれ少なかれ強引ですよねぇ(しみじみ)。
追伸 未登場の国名が出ましたので、次話に説明を追加しました。
【なっ、何てことだ!】
女王が消え、叫んだ随行の者が俺を睨んできた。服装からして高級官僚ぽいが、睨みたいのは俺の方だ!
溜息を吐いている場合ではない。
下手をすれば、外交問題だ。国家間転送器は、その性能の高さゆえに、用途は制約を受けている。予定外の使い方をしたことが、ミストリアはともかく西方諸国の耳に入ったら一大事だ。
転送所の部屋に陛下が居たことにも驚いたが、しかし転送は……興味本位で近付いたのだろうと思っていたが、まさか通り抜けるとはな。
【陛下は私が連れて戻る。貴殿達は、そのまま待たれよ!】
多勢で乗り込まれたら、本当に問題になる。言い放って取って返し、境界面を逆に潜る。
すると、転送器のすぐ前に女王陛下が立って居られた。
この部屋から出ていなかったので、一安心だ。
だが、陛下の目前でアリーが跪礼をしたので、俺の随行もぞろぞろと馬車から降りてきていた。
まずい。
「総員、馬車に戻って待機! それから。たった今、見たことを忘れろ!」
「「「はっ!」」」
皆、何が起こっているかは理解できないようだが、命令には従っている。
【むう。妾を見知った者が、すぐに居るとは口惜しいの】
居なかったらどうするつもりだったんだ、この人は?
【戻りますよ、陛下!】
【むう。ここは、ミストリアなのであろう? 一度外に出てみたいのじゃが】
【駄目です!】
あんたは、国際問題を起こす気か!
【連れないのぅ。ああぁ……わかっておる】
「では、皆は俺が戻ってくるまで、待機!」
「「「はっ!」」」
†
【ちょっとした茶目っ気ではないか?】
【陛下。無人の野を行くわけではないのです。あそこには我が国の者の目もありますので】
陛下を引き戻してから転送所の者達を口止めし、ようやく団員達を転送させた。
そして、今はカゴメーヌの転送所貴賓室に案内され、茶を喫している。談笑しているが、彼女の後ろに立っている侍従達の眼は厳しい。
【詰まらぬのぅ。ところで、その者は誰じゃ? 顔は見たことがある気がするが】
【ああ、私の側室の……】
【側室?】
「……アリー、挨拶せよ」
【はい。賢者ラルフェウス・ラングレンの妻、アリシアと申します】
立ち上がって、スカートを摘まむと片脚を引いて、綺麗な挨拶をした。
俺に挨拶文言を訳させて、昨日練習していた。
【ふむ、側室のぅ。つまりクローソの敵と言うことか……】
どういう意味の敵なのかと問い詰めたくもあり、聞き流したくもあるが。
【ああ、いえ。殿下とアリシアは、友人付き合いをしております】
あとから考えれば、迂闊な一言だった。
【あやつは、2年もミストリアに居って、何をしておるのだ?】
女王は呆れたように首を振った。いや、大使の仕事でしょうと喉まで上がってきたが飲み込む。
【だめだな。あやつに任せておっては。うむ。決めた!】
嫌な予感しかしない。
【クローソは、汝に嫁がせる】
何を言い出した?
言葉は捉えたが。理性が理解を拒否する。居並ぶ侍従達も、互いを見合って混乱しているじゃないか。本当に思いつきのようだ。
【あぁ……いや】
【なんじゃ、不服なのか? まさか要らぬとは言わないだろうな? 婿殿】
婿じゃない!
【クローソ閣下に何の瑕疵もありませんが】
【ならば良いではないか】
【いいえ。ご存じの通り、私には3人の妻が既に居りますので……】
【ふむ。側室など2人も3人も変わらぬ。なぁに、正室にせよなどとケチなことは言わぬ】
なんてことを言うんだ。
【うーむ煮え切らぬのぅ。そうか! クラウデウス陛下に申し込めば良いのだな】
【お考え直し下さい!】
【汝が断れば、我が国と貴国の間には亀裂が走るだろうなあ……】
女王陛下は、にぃと笑った。
おいおい。
袖を引っ張られた。
「なんて?」
「ああ、後で話す」
これは、何を言っても無駄だな。
新転送器試運転のためカゴメーヌを経由しただけなのに、こんなことになるとは。スパイラスへは取り合わぬように、申し送らないと。
【ところで、汝は竜を斃せるのだろうな?】
むう。
【7体斃しておりますが】
【あのような、未熟児ではない!】
魔導具の映像を視たのだろう。
【撃滅されなかった巨大超獣が何体もおるのじゃ。幸い我が国では発見されて居らぬが、成長した竜が何体かおっても不思議ではないであろう。そっちじゃ、そっち】
何体かとは、物騒なことを言うものだ。
ミストリアでも発見はされていないが、西方諸国では飛竜と断定されている目撃例が何件もある。
【さて。まだ成竜には、会敵しておりませんので】
【むぅぅ……分からぬと申すか。まあいい。斃せぬとは言わなかったな。汝は大言壮語をせぬ男じゃ。これから斃す宣言と解釈して、大舟に乗った気で居るとしよう】
【まあ西方諸国とて、連盟などという得体の知れぬ物を創ったのは、成竜の所為だ! 汝が一番知ってはおろう】
その通りだ。確かに教皇猊下が各国に働きかけた事実はある。
しかし、それは各国の面子を潰さぬ良い口実であって、真の理由は竜だ。
今から1年半前、西方諸国のひとつであるケプロプス連邦にあった人口20万の都市が、一瞬で消滅した。
はじめは巨大超獣の昇華と見られていたが、3日後に到達した調査団が目にしたのは、焼け爛れた爆発の痕跡が都市の中央から放射状に広がっており、城壁が全て内から外へ向けて崩れるという、前代未聞の事態であった。
巨大超獣が都市の中央に移動して昇華した、などと言うことはありえない。
城壁を壊すことなく中央に移動などできないのだ。この事実を説明できる結論としては、何者かが都市の上空から、昇華に匹敵する攻撃をしたということ以外はなかった。
何者か?
巨大超獣の正体が竜であるため、その竜こそが攻撃したのではないかという悪夢が、世界を駆け巡った。西方諸国の政府は火消しに走ったが、調査が進むのに連れて、飛行する巨大な影、空から光の柱が落ちたなどの目撃証言が集まり、やはり成熟した竜の仕業と言うのが定説となってしまった。
幸いここ1年は、同様な被害は報告されていない。
しかし、世界の悪夢は消えず、それが連盟創設を大幅に加速させた。
【各国の者達を、妾と同じように少しは安堵させてやれ】
【はっ! 承りました】
胸に手を当てて、礼をする。
やがてノックがあって係官が入ってくると、転送器の繋ぎ替えが終わったと告げられた。
†
10分後。
俺達は、教皇領の地を踏んでいた。
入国の手続きの後、再び馬車に乗り込み転送所を出た。レガリア王国騎兵の先導を受けながら、聖都マグノリアに向かっている。
転送所は聖都から少し離れた、レガリア近衛師団駐屯地内にあった。
教皇領は政治的には国家であるが、正式にはレガリア王国内の治外法権地域となる。さらに駐屯地は、教皇領の中の治外法権地域だ。
なぜこんな複雑な入れ子構造になっているかというと、教皇領というか光神教団が自前の軍を持って居ないからだ。マグノリアの中は、いくつかの国から派遣されたごく少数の衛兵が守っているが、大した戦力ではない。その外はレガリア王国軍が警備任務を担っている。そういったわけで、転送場をマグノリアの中に置くわけにはいかないが、さりとて教皇領の外まで行くのは流石に遠すぎて不便というのが理由だ。
「へえ。のどかな土地ねえ」
街道の脇には何もない。
「そうだな」
「でも、あまり豊かそうではないわ」
アリーの言う通り、見渡す限りの荒れ地だ。
土壌には礫が目立ち、地味としてはかなり乏しい方だ。穀物類の栽培には向いていないだろう。まあそういう土地だからこそ、レガリア王国から教団へ無償で割譲されたのだろう。政治とは多数の人間が携わる事業だ。綺麗事や好意のみでは回らない。
「なんとなくだけど、カゴメーヌと似ているわね」
相変わらず鋭い女だ。論理ではなく直感なのだろうが。
結構な確率で正しい推論を持ってくる。もしかして、スードリから何か聞いているのか?
「アリーは、土壌や産業に興味があるのか?」
「うん。いつまでも頭巾巫女やっているわけには行かないし、旦那様もそうよ。上級魔術師の人達は、大体30歳代で辞めているのだからね。旦那様は、まだ10年以上有るけれど、いつエルメーダの領主と成っても良いようにしていかないとね」
グレゴリー卿の例が……やぶ蛇だな。
「ふむ」
「モーガンやラトルトは、優秀よ。でも、その後継もそうなるとは限らないわ。フラガは優秀そうだけど、ウチの家臣になる保証はないし」
「そうだな」
「あなた」
「ん?」
「女王陛下になんか言われたのでしょ? あれから生気がないわ」
怒るかなあ。でも黙っておくのは、もっと問題か。
「ああ……クローソ閣下を、側室にしろと迫られた」
「側室。って、旦那様の?」
「うむ」
「おぉぉおおおお、良いじゃない!」
「はっ?」
「うんうん。3人も4人も変わらないわよ!」
「おい」
女王陛下と同じことを言うなよ。
「クローソ、淋しそうにしているしね。ルーちゃんも、最近は懐いてきたし。いいんじゃない。私は賛成」
王族かつ1国の大使を呼び捨てだ。かなり親しくしているからな。
「いや、国王陛下に頼んで、断ってもらうつもりだ」
「なんでよ、クローソのことが嫌いなの」
「好き嫌いじゃなくてだな。妻にするかしないかだ。そもそも閣下も勝手に決められては困るだろう」
「そんなことはないんじゃない。クローソは旦那様の事が好きだし」
「閣下が、そう言ったのか?」
まあ、嫌われてはないと思うが。
「言わなくてもわかるわよ、女同士だし。あとは友達だしねえ。ああ、お姉ちゃんにも言っておかないと」
「あぁぁ……今は大事な時期だから、驚かせないように頼むぞ」
流産とかしないようにな。
「わかっているって」
「俺は嫌がっているとな、ちゃんと伝えるのだぞ」
「またまたぁ」
大丈夫か? 心配だな。
「ああ。マグノリアが近いのかな? 巡礼者が多くなってきたね」
街道に出てから、僧服に似た巡礼者の衣装に身を包んだ者達が目立つようになった。
「あっ、門が見えてきた……けど」
「ああ、城壁が有って無いようなものってことか」
ほとんどの首都、そこまでいかずとも大都市と呼ばれる場所には、立派な城壁が付き物だ。無論異民族や他部族から住民を守るという意味も有るが、主敵は超獣だ。だから、防御性の高い城壁や、堀などを都市の周りに巡らせる。
しかし、ここ聖都マグノリアにはない。
「俺も見るのは初めてだが、聞いてはいる。ここでは、城壁に頼ることなく、人間と信仰の力で、都市を守ることにしたそうだ」
「へえ。奇特な話だし、旦那様みたく上級魔術師が居なければ、城壁が有っても無駄とは思うけどさ。一応有った方が落ち着くよね」
門前に列ができていたが、先導が居たので全く検問も受けず聖都に入った。
そのまま宿に着き、そのまま明日に予定されている新世界戦隊の顔合わせに臨むことになった。
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訂正履歴
2021/10/16 細かく修正加筆




