387話 我が子たち
子供の成長を見守るのは嬉しいことです。それが我が子なら……居ないので分かりませんけど。
館に戻ると、騎士団幹部会を招集した。
そこで新世界戦隊の戦士として選出されたこと、さらに1ヶ月以内にミストリアを出立することを改めて正式に告げた。
そして、ダノンに同行隊員の選抜を命じた。
改めてというのは、幹部には箝口令と共に半月前に伝えてあったのだ。
俺は、我が国の安全保障特別条約担当の大使だ。連盟常任委員と言う役職も加わっている。よって当然ながら、今回の交渉過程を知っていて、俺自身が選出されることも分かっているからだ。
幹部会を終えると本館へ戻ってきた。
「父上、お呼びでしょうか?」
扉が開きルークが執務室に入ってきた。
長男は、5歳となった。先日エルメーダでも祝す宴を開いて貰ったが、俺の幼少期を知る者から、生き写し程度にそっくりだと言われた。
「うむ。ルーク、ここに来て座りなさい」
「はい」
既に魔術使うようになり、同年代では卓越した知性を身に着けているが、見た感じは線の細い幼児だ。その幼児に俺は話をしなければならない。
「うむ。ルーク。前に話したように、父はこれから度々ミストリアを離れることになる。新世界戦隊という戦士に選抜された」
「はい。おめでとうございます」
「ふむ。めでたいか? 父は巨大超獣や竜と戦わねばならぬ、そして命を落とすかも知れぬぞ」
「ふふっ」
「何がおかしい」
「父上に限って、戦って負けるなどありえません」
「ほう。なぜ、そのようなことが言える」
はて? 幼くも凛々しい眉を上げ下げしている。
俺の問いは、芯を突いたらしい。
「なぜかについては、分かりかねます。ですが、このルークにはありえないことと分かっております」
「ふむ。それはまた凄い自信だな」
根拠はないようだが。
「はい」
少し笑顔が戻った。
「では、父の留守をルークに託すことはできるか?」
「1人では無理ですが、モーガンとセレナと……フラガを付けて戴ければ、できます」
「良い答えだ。ところで、クリュセス先生とナーラム先生は居なくて良いのか?」
前者が家庭教師、後者が剣術と体術の教師だ。
2人共ダンケルクの義母上の推挙で雇い入れた。元々ルークの教師を探していたのだが。折良くフラガの就学期に間に合ったので、基礎学校には通わせず在宅教育することにした。ルークもそのつもりだ。
同年代の子供に囲まれて過ごすのも悪くないと思う。だが、ルークを学校に入れても飛び級になるか、俺と同じように特別学級に入れられてしまうことは目に見えて居る。クリュセスによれば、現状で中等学校でも問題ないらしいしな。
「先生方はまあ……館を守るには。」
それほど必要無いらしい。
「では、ローザとプリシラ、それにレイナを護れるか?」
ルークは円らな眼を一瞬大きく開く。
「あっ、あのう……」
「なんだ?」
「今のお話からすると母上は……。母上をお連れにならないのですか……それは悲しむと思います。私への心配でしたらご無用……」
「ルーク」
「あっ、はっ……ごめんなさい」
「謝る必要はない。それどころか母を思い遣るのは立派だ。止めたのはルークの思い違いを正そうとしただけた」
「えっ? 思い違いですか?」
「そうだ。母を置いていくのは、お前が心配だからではない」
「では、どのような理由が?」
「そうだな。実は、お前の弟か妹ができるのだ」
「えっ……弟妹ですか? わぁぁ、やったぁあああああ! ……ああ。すみません。いや、めでたきことです」
「構わぬ。父も聞いた時は踊り出したい気持ちだった。ついては、もう少しの間、母を遠くに移動させるわけには行かないのだ」
「承りました。ところで、母上が身籠もられたのを知っている者は?」
ふむ。その辺りも気が使えるのだな。
「ああ。アリーとプリシラ、モーガンにローザ付のメイドたちだな」
「ダンケルクのお婆様は、どうでしょう?」
「うむ。私からは告げていないが、おそらくローザが告げているだろう。訊いてみなさい」
「はい」
ん?
俺が気が付いた瞬間に、ルークも扉を振り返った。なかなかの感知能力だ
おにぃぃぃちゃあぁぁあん。
レイナの声がホールから聞こえてきた。
「探して居るぞ」
「さっきまで昼寝をしていたのですが」
何やら言い争っている声が聞こえてきた。
「うむ。扉を開けなさい」
ルークが扉を開けると、フラガの後ろ姿が見えて、すぐ脇に避けた。
「あっ! おにいちゃん いた!」
黄色い声だ。
「レイナ。入って良いよ」
「うん!」
駆け込んできた。3歳になって、まん丸だった顔がほっそりして、俺に似てきた。
「フラガったらひどいのよ。レイをとおせんぼするんだもの。あっ、おとうさま……ごきげんよう!」
「はい。ごきげんよう」
ようやく俺に気が付いたようだ。ニコッと笑う。可愛い盛りだ。
「おにいちゃん! おままごとをしようよ」
「僕は、父上と大事な話をしている。おままごとなら、昨日もしたじゃないか」
「ううぅん。きのうは、エリちゃんがママだったもの。すぅぐ、レイをあかちゃんにするんだもの、きらい! きょうは、レイがママをやりたい」
ああ、ディオニシウス家の令嬢か。昨日も来ていたのだな。
ルークが済まなそうな顔で振り返ったので、肯いてやる。
「じゃあ、離れに行っておままごとをやろう」
「やったあ。おにいちゃん、だいすき」
「レイナ。父上に挨拶を」
「おとうさま。またねぇ」
一瞬、ルークは顔を顰めた。
「失礼します」
そう言って、執務室を辞して行った。
† † †
翌日。
「ゴメス殿。多数の調達、ご苦労だった」
公館応接間で向き合った男は、微笑んでいる。
「いえ、御館様のためならば……はい」
ううむ。商人の追従と割り切りたいところだが、この男は本気で考えて居そうで少々気圧される。ササンテの薬瓶の製造業者探しにはじまり、騎士団が費やす糧秣や装備、さらに我が家の事業の柱になっている昇降機などの魔導器具事業でも、素材となる魔結晶の調達や販売で大きな役割を果たして貰っている。
「今回は納期でかなり無理を申しました。私からも御礼申し上げます」
モーガンとラトルトが揃って感謝の礼を示す。
今回は魔結晶を、流通している中では最大級となる直径20リンチ級を多数調達して貰った。モーガンの言った通り、予告はしていたものの、発注してからかなりの短納期だった。これを実現してくれたのは、無論国際商会としてのセブンス商会の力も大きいが、ゴメスの手腕のお陰だろう。最初懐疑的だったモーガンも、最近はゴメスのことを高く買っているからな。
「ああ、いえ。我が商会も潤っております。こちらこそ御礼申し上げます」
「うむ。そうでなくてはならぬ」
どちらかが一方的に利益を占めていては歪だ。
「はい」
「ああ。ゴメス殿はスパイラス支店長に成ったそうだな」
「これは御館様……私のような者のことをそこまで……誠に恐縮です」
微笑みから満面の笑みに変わった。
「ほう。赴任5年でセブンス商会の責任者の一員と成られるとは、実にめでたい」
「いやあ。御当家のお陰です」
無論、我が家との取引だけでなく、新規事業を開発して取引先をかなり広げていると、スードリから報告を受けている。
「御館様こそ、栄えある新世界戦隊の一員として選出されたそうで。おめでとうございます」
「はっは。働きが足らぬと陛下は仰せなのであろう」
「ご冗談を」
「まあ、それもあってな。今回の魔結晶の使い途は、ゴメス殿、セブンス商会の利に供することはない」
「はっ、心得ております」
そうだろうな。民生品に使える規模ではないことは自明だ。
「万一、魔結晶の不足などありましたら、ご遠慮なくお申し付け下さい」
「うむ。その折りは頼んだぞ」
「はい」
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2021/10/02 少々表現変え
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




