閑話15 ラングレン家の醜文
15章後の閑話の最後です。
夏の盛りが過ぎた頃。
ナディさんの……いえ、ディオニシウス家のお館から戻って来て、本館の玄関に入ると、珍しくモーガンが出迎えていた。
「ただいま戻りました」
「ローザンヌ奥様、お帰りなさいませ」
家令は、当主直属。
正室である私には辞を低く接するものの、私の臣下ではない。したがって、単なる外出でモーガンの出迎えを受けることは希だ。
やはり何かあったのだわ。
応接室を示されたので、入室する。
ソファに腰掛ける。
「何でしょう?」
「はい。お出かけされている間に、ご来客がありまして……」
「来客」
なにやら、言い難そうだ
「それが、その方がラングレンとお名乗りになりまして」
「ご本家の?」
「ああ、いえ。男爵様のご一族ではなく、ボードウィン様のご後胤とのことで」
「ボードウィン様と言えば、旦那様の曾祖伯父。ご一族は断絶されたはずでは?」
旦那様の高祖父。つまり、ご本家エドワルドお義爺様のさらに祖父ハールバルズ様の嫡男に連なる御血筋ということ。
ダダム孔で亡骸が見つかったボードウィン様には、未亡人と幼い娘さんが1人いらっしゃった。
その行方は最近まで不明だったのだけど、諜報班の調査の結果、お二人は実家に戻られたことが分かった。どうやら当時ボードウィン様に掛かっていた嫌疑を忌避して、当家にも隠したようだった。
その後、娘さんは流行病で9歳の時に死亡、未亡人は数年後に別の貴族の後添えに入られて御子を成したそうだ。その家系は現存するが、そちらはラングレン家から見れば他人だ。それで、ボードウィン系一族は断絶との結論になった。
「それが……自分は、ボードウィン様が夫人とは別の女性に産ませた子の一族だ、そのように仰いまして」
「まぁ!」
隠し子。所謂ご落胤ですか。
この前も、エルメーダの城で似たような話があったけれど、ラングレン家にも降って湧くとは。とはいえ、数代を経てしまえば、確かめる術が限られる。先入観を持ってはいけないが、詐欺の確率が高い。
「よりによって旦那様がいらっしゃらない時に……」
3日前、出動されてしまった。こういう時には役に立つ、スードリさんも当然一緒だ。
「ところで、その方はボードウィン様の後胤という件に関して、何か根拠を示しているのですか?」
「はい。情けを通じた証しとして、ボードウィン様から渡された物をお持ちとのことです。お館様か奥様にしか見せないと……あと、実はワルツェメル男爵様の紹介状をお持ちになって居りまして、執事の方が一人同行されています」
なるほど。
門前払いしないのは、そういうことなのですね。男爵様は確か……軍人の家系で、一度パーティーでお目に掛かったことがある。まあ言ってみれば、その程度の知人に過ぎない。
なぜ紹介状を書いたのでしょう。
とはいえ、ご紹介はご紹介。致し方ないわね。
「わかりました。では私が会ってみましょう。その方はどこにいらっしゃいますか?」
「公館の第2応接にいらっしゃいます」
着替えて、応接に向かう。
部屋に入ると、2人の男が居た。
1人はソファに座り、背もたれに腕を回している。もう1人はその後に立っていて、私が入っていくと、片脚を引いて挨拶した。袖なしベストを着ている、こちらが男爵家の執事なのだろう。
ソファに腰掛ける。
「当家の奥様です」
「ほう。噂通り、美人だな」
「ジャコモ殿、奥様に失礼ですよ。ご挨拶を為さって下さい」
どうやら、目の前で座っている男は、ジャコモという名前のようだ。
一応、貴族向けのボディスと細身のズボンを身に着けているが、どれも派手なだけで安っぽい。しかも、着崩していて、だらしない。あと嫌らしい目付きには、虫酸が走るわ。
「ふん。本来ならこっちが本家、つまりは主筋。分家のくせに、本家を亡き者にして乗っ取ったやつらに、なぜ神妙に挨拶しなければならないんだ、はあ?」
その上、敵対的だわね。
執事の方が、申し訳なさそうにしている。
「当家にどのような用件があるのでしょうか?」
「偉そうに。流石は子爵の娘だけあるな。ああ、要求させて貰おう。俺をラングレン本家の御曹司と認め、そうだな。王都に館と年5万ミストを進呈して貰おうか」
「ほう」
「なんだ、出せないのか。今を時めく、子爵様だろう? それに薬でしこたま儲けていると聞いているぞ」
「ジャコモ殿、我が主人はそのようなつもりで、貴殿を紹介したわけでは!」
「だまっていろ! これまで俺の一族は、分家がのうのうと過ごしていた時に、辛苦を味わってきたのだからな。当然の要求だろう。それとも何か? お恐れながらと、内務省に訴え出たって良いんだぜ!」
まぁ。なかなかのゲスですね。
訴え出て、本当の子孫と明らかになったところで、内務省はこの男に冷笑しか向けないと思いますが。
「ところで、ボードウィン様の縁の品をお持ちと聞きましたが?」
「ああ、見せてやろう」
懐から、細長い木箱を取り出した。
勝ち誇るように下卑た笑みを浮かべなから、それを開いた。
宝剣?
刃渡りにして15リンチ足らずのダガーだわ。中々に高価な品に見える。
比較的新しいようにも見えるけれど。
柄には蒼白い大理石が填まっており、盾に立ち上がる狼。ラングレン家の紋章……?
「この短剣、どこで手に入れたのですか?」
「何を言う! 我が家伝来の宝剣だ」
「つまり、あなたの祖先がボードウィン様に戴いたと?」
「ああ、そうだ!」
「それはまた面妖な」
「なんだと?」
「ボードウィン様が、これをお渡しになるはずがありません」
「言い掛かりだ! どうしてそんなことが言える?」
「この紋章ですよ」
「なっ、何を言う。これはラングレン家の紋章だろう!」
「はい。我がラングレン家の紋章に間違いありません」
「それみろ」
「したがって、ボードウィン様の紋章ではありません」
「何を訳の分からないことを!」
「我がラングレン家は、先代までと異なる家として爵位を得ましたので、微妙に紋章を変えているのです。よくご覧なさい。狼が上げている前足が左右逆ですよ」
「なっ、なんだとぅ! そんな馬鹿な! でっち上げだ!」
見苦しい男。
しかし、内務省へ通報するには、少し証拠としては弱いかしら。
─── では 妾に任せよ
?
激昂して立ち上がった男は、ビクッと痙攣すると再び座り込んだ。
「おっ、奥様の仰った通りです」
「なっ! ジャコモ殿、どういうことですか?」
男爵家の執事が取り乱す。無理もない。
「私の名はジャコモなどではなく、ロレルと申します。王都で生まれた孤児です。詐欺、窃盗を生業としております……」
今までの居丈高な態度は消え失せて、絶望したように悄然としている。
「私が、御当家の一族、ボードウィン様の子孫というのは、全くの嘘にこざいます。どうぞ、お許し下さい」
─── ふむ 容易く憑依できたわ
はぁぁ……ティアさん、やりすぎ。
† † †
5日後。
「おかえりなさいませ」
馬車から降り立った、旦那様を恭しく出迎える。
「ああ、ただいま。ローザ。留守中、大手柄だったようだな」
「ああ、いえ」
詐欺を未遂に終わらせた件を、聞いていらっしゃったのだわ。
「お姉ちゃん。ただいまぁ。今回は疲れた!」
「まあまあ。皆、手伝って上げて」
はいと答えて、メイド達がアリーに取り付いた。
私は旦那様に続いて、執務室に入り外套を脱がせて、使用済みの衣服を受け取った。
うふふ。お元気でお帰りになった。よかった。
「では、お茶を淹れましょう」
「ああ頼む。ローザのお茶は格別だからな」
†
にこやかに微笑んだローザは、執務室を辞して行った。
「ふむ。なんだ?」
扉脇の壁が僅かに歪み、そこにスードリが現れた。
「報告がございます。詐欺師に関する黒衣連隊との共同捜査の結果が出ました」
「ほう」
どう共同しているかは、大いに興味があるが。それはともかく。
「まずワルツェメル男爵の線です」
紹介状を書いた貴族だ。
「御当家を訪ねた執事とは別の執事に借金があったようで。詐欺師に金を積まれて、主人と掛け合ったとのこと。男爵の方は御当家に恩を売るつもりだったようです」
ハズレか。
「それから、詐欺師が所持していた短剣の出所が判明しました」
当時男爵家である曾祖伯父の縁の品として、信憑性を上げるためだったのだろう。詐欺師には分に合わぬ、それなりに高価な短剣だったそうだからな。誤って我が家の紋章を刻んだことから、最近追加工したはず。そこから足が付くと考えたのだろう。悪くない考え方だ。
「ふむ」
「王都西街区の金工職人で……」
金工?
「……その住居の踏み込んだ時は、既に死亡しておりました」
「死因は?」
「服毒によるものです」
「ふむ。詐欺師に金を渡し唆した者も、毒だったな」
「はっ。特徴的な死斑からして、同じ毒との見立てです」
「薔薇の鎖……か」
先手先手で口を塞ぐ。忌々しいやり口だ。
「おそらくは。ただまだ……」
「立証には足らないか」
「御意」
気配が消え、入れ替わりに扉が開いた。
「旦那様。お待たせ致しました」
「うーむ。佳い薫りだ」
次話から16章を開始します。お楽しみに!
章区切りなので、是非ご感想やご評価をお願い致します。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/09/18 誤字訂正、表現変え
2021/10/02 空振り→ハズレ(この世界で空振りという言葉はないはずなので)
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




