39話 告白と落胆と
私達、これからも良いお友達で居ましょう! 誰なんですかねえ。この断り文句を考えついた人。
ローザの告白を聞いて、視界が歪んでゆく。
そう……なのか。
ローザには、心に決めた人が居るのか……。
前々から近郷近在にも稀な美女と言われ。中等学校でも幾度となく求婚されたらしいけど、全て断り続けていた。
だから、ローザと恋愛は縁遠いと、勝手に思い込んでいたけど。
「それゆえ、この御館を出たくありません。無論家事につきましては、母が居なくなる分も埋め合わせして見せます」
ん? 違和感あるけど、頭が回らない。
「ふむ。そういうことであれば……。どうだろう、ボースン殿」
「ああ、いや。少し混乱しておりますので、暫し」
「ローザ! 心に決めた方とは、ラルフ様なのね!」
?!
「言うまでもありません」
!!
「えっ? ええ? ラルフ……なの?」
俺?!
ローザの想い人は俺? なのか。
「はい、奥様。これからもラルフェウス様に、一生お仕えすると固く心に決めております」
えっ?
はあ? どういうこと?
「えーと、それは……求婚ではないのよね?」
「もちろんです。求婚などと畏れ多い」
うーむ。
他の誰かが好き! という絶望は払拭されたけど。俺を主人としか思っていない……という落胆が襲ってきた。
親父さんも微妙な顔をしてる。
「ローザ。さっき一生仕えるって言ったし、今は誰かと結婚する気はないのかも知れないけれど、これからもそうとは……」
「まあ……ルイーザ、そう固く考えなくても、いいじゃないか。だけどな、ローザ。ラルフを買ってくれていることは、ありがたいが。あいつは12歳だぞ」
「はい、旦那様。ラルフェウス様が洗礼されたときから、決めておりましたから、10年経ちました」
「ううむ……そうなのか」
「そうです。そしてラルフェウス様は、12歳にして神童の名が伯爵領に轟いています。ご成人の暁には大成されること、このローザが請け合います」
「ローザ。確かにラルフは、生まれた時から普通の子とは違って……その、優秀だと言うことは、私達が一番知っているけれど」
いやいや、お袋さん。
「私が信奉する、メイド道の先達に拠れば……」
はっ? メイド道?
「……メイド最大の幸せは、信頼できる主人に仕えること! 私にとって主人はラルフェウス様をおいて他にございません!」
「……うう、うん。ラルフをそこまで思ってくれて、ありがたいとは思うけど」
「あのう!」
「ああ、アリー。悪かった。君も言いたいことを言うと良い」
おお、何を言う気だ?!
「はい。私も、この御館を離れたくはありません。ラルちゃんは頭も良いし、しっかりしてるし、魔術だってすごいけど。私と姉さんが居なきゃ駄目なんです」
はあ?!
ローザはともかく。アリーもだと?
「ご主人様として仕えると言うのは違いますけど、同じようなものです。それに私もそうです。ラルちゃんの側に居なきゃ駄目なんです。もし姉さんだけ、ここに置いて、私に……どこでしたっけ、ああインゴート村へ行けって言ったら、家出します!」
「むうぅ、マルタ。どう思う」
「ローザ、アリー。この母より、ラルフ様を選ぶのね?」
「はい」
「はい」
おおっ、ローザ、アリー!
どんな顔して言っているんだろう。だけど、即答はまずくないか。
「わかりました。あなた達は、そう言うけど。肝心のラルフ様の気持ちは、どうなの?」
「そっ、それは……」
「2人が、ラルフ様のことを思っているのは分かっていましたが。ここまでとは……でも、この子達の気持ちだけではなんとも。ラルフ様のご意志を伺いたく」
「うっ。それも道理だな。本人を呼んで来よう」
その時──
「俺もローザとアリーと一緒に暮らしたいです。マルタさん」
そう、言い放ってから、俺は自分が食堂に飛び込んでいることに気が付いた。
マルタさんは、ゆっくりと肯いた。
「ラルフ様。お気持ちはよく分かりました。ローザ! アリー! 一生ラルフ様のお世話をできるのね?」
「はい!」
「うん!」
「旦那様、奥様……いえ。ディラン様、ルイーザ様。申し訳有りませんが、2人をお願い致します」
「母様……それじゃあ」
「ラルフ様。2人を慈しんでやって下さい」
「はい」
肯く以外には思いも及ばなかった。
† † †
マルタさんが、ウチの館を離れてから7ヶ月が過ぎた。
麦の取り入れもとうに終わり、もうすぐ夏がやってくる。
宣言通り、ローザが我が家のメイドとなった。
幼馴染み離散の危機から一転、心地良い暮らしになってきた。
変わったことと言えば、半年前からローザとの朝稽古はなくなった。
『もう、武道でラルフェウス様にお教えできることがなくなりました。残念ながら後はお一人にて研鑽をお積み下さいませ』
だそうだ。
確かに、ローザに遅れを取ることはほぼ無くなった。背も1ヤーデン90リンチ(約170cm)で追い付いたし、力押しでも、身体強化を使わずとも凌駕できるようになった。そりゃあ男と女だし。そうなるよね。
それでも続けたかったなあ。ローザが慎ましい表情や物腰を覆す、溌剌とした娘らしさを見せる数少ない機会だったので、それが無くなるのは残念だ。
家事は、男爵家で毎日数時間メイド見習いでやっていて、一人前の評価を貰ったこともあり見事の一言。
掃除は完璧、食事も良い。
いや、マルタさんも俺のお袋さんも、料理は得意なので、格段においしくなったわけではないけど、俺に合っている感じだ。
特に俺には甲斐甲斐しく尽くしてくれているので、前より過ごしやすいくらいだ。
今日も狩りで遅くなって、帰って来たけど嫌な顔をせずに、優しく食事を出してくれた。この時間だと、アリーも食堂か台所で食べてるかと思ったけど居ないな。
ここ3日、狩りには付いてきてない。珍しいこともあるものだ。
ローザに訊こうと思った時に、アリーが入って来た。
「ただいまぁぁああ」
「ああ、おかえり」
「お姉ちゃぁん。おなかすいたよ!」
「少し待っていなさい」
姉が台所に引っ込むのを見送ると、アリーは入り口に近い方に座った。
「アリー……どこへ行ってたんだ? 今日」
「はぁ……やっと!」
ん?
「3日目にして、やっと訊いてくれたわ!」
「はぁ?」
「一昨日、昨日と何時訊いてくるかと、待っていたのに来ないし。アリーちゃんに関心ないのかと思っちゃいそうだったわ」
「別に言いたくなければ」
「そんなこと言ってないでしょ。領都よ、ソノールへ行ってたの」
「へえ……何しに?」
「そうよね、訊きたいわよね」
なんか、もじもじしてる。段々訊きたくなくなってきた。
「教会! ソノール中央教会で癒やしの御技をね。アリーちゃん凄く筋が良いんだって!」
何か鼻高々として得意そうだ。
ああ、あれか。
光神教会が実施する貧しい者達への施の催し。その一環で、炊き出しをしたり、病や怪我で患っている者へ回復魔術を掛けてやるのだ。
こんなアリーでも、慈母の特質を持ってるって司祭様も言ってるしなあ。
「なんか、ラルちゃん。とっても失礼なこと考えてない?」
「別に。じゃあ。本格的に巫女の修行を……」
「んなわけないでしょ。お姉ちゃんから、働けって言われるし。まあ徳を積んでおく方が、何かとねえ。白魔術の通りも良くなるし……」
そうなんだよな。理由はさっぱり謎だが、確かにそうらしい。助祭様が実感があると言っていた。
多分に打算だ
がアリーも成長しようとしている。やる気がなければ、決してやらないからな。この女は。ああ食事抜きを除く。
斯くの如く。中等学校生活は平穏に、しかし、途切れることなく流れていく。
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2019/11/20 誤字訂正 (ID:1336444さん ありがとうございます)
2022/02/13 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
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