閑話14 終焉と和解
15章後閑話第3弾です。前から温めてた話です。本編でもよかったかも……。それはともかく終焉って言葉は美しいですね。
4月。
「ご本家より、急ぎの使者が来られました。こちらを!」
執務室にレクターが入って来た
どうしたことでしょう?
旦那様は渡された書状の封を切って改める。
机に置かれた封筒を見ると、お義父様の筆だ。
「ふーむ」
「あなた?」
旦那様の表情が硬い。
「ああ……ローザ。パロミデスの爺様の病が、いよいよ思わしくないようだ」
「まぁ!」
持病の肺の病が悪化して、1年余り伏せって居ると聞いている。
「レクター。使者は?」
「書状を渡されて、すぐお帰りになりました」
使者が御館様の返事を訊かず帰ったということは、お義父様としては来るも来ないも、旦那様に任せると言うことだ。
モーガンが立ち上がった。
「大奥様のご実家ですね。すぐに向かわれますか」
このところ国内超獣の出現頻度は減少しており、臨戦態勢にはなっていない。
「そうだな」
「はい。では、レクターと共に仕度を調えますが、供はどう致しましょうか」
「ふむ。一刻を争う。俺とローザが先に向かう。レクターは、執事3人とローザ付きメイド2人を連れて後から追ってくるように」
口にはされなかったが。葬儀のこともご念頭にあるのだろう。
「「「はい」」」
†
「こちらと、こちらもお願い致します」
「ああ」
私が差し出す衣装が次々消えていく。漏れなく旦那様が魔収納へ入れているのだ。
「以上です。あとは食堂へ」
廊下に出ると、ルークとフラガが居た。
「とうさま? かあさま?」
少し心配そうだ。
「父と母は、急ぎ出かけることになった。数日は帰っては来ない」
「はい。行ってらっしゃいませ」
3歳に成ったばかりだというのに、凛々しい顔付き。
駆けてきたエストに肯いて任せる。
食堂に入って、夕食として出される状態にあった料理と飲み物を、追加収納してもらい、辻馬車で館を出た。
暮れゆく春の空が、車窓に広がっていた。
都市間転送で、スワレス伯爵領ソノールへ転送。城壁の外に出てしばらく進むと、乗って来た自家用馬車は停まり、旦那様が降りられた。
「しばらく待て」
「はい」
差し込む光が紅から白に遷り、窓の外は霧に包まれたように何も見えなくなった。
旦那様が、魔術で亜空間というところに、馬車ごと収納されたのだ。この床下にも似たようなところがあるので不安は感じない。旦那様の為さることだ、万にひとつも間違いは無い。私には何も感じ取れはしないが、今頃は空を駆けてパロミデスの私領へ向かっていることだろう。
ソノールから、扇状地の要の位置にある館までは、10ダーデン強。あっと言う間に到着するはずだ。予想通り数分後に、車窓はまた紅くなった。
扉が開いて旦那様が乗り込まれると、馬車は何事も無かったように走り出した。
無言で対面の席に着座なさったが、目を瞑られたままだ。
お仕えして、もうすぐ20年。
数えるほどにしか見たことがない沈痛の相。声を掛けるのも憚られる。
仕方なく車窓を見遣ると、まだまだ勾配はきつく、馬車はゆるゆると登っていた。
つまり、ここはまだ扇状地の中程。館を出た時の慌ただしさを思えば、明らかに不自然。だとすれば、旦那様に急ぐ理由が無くなったということだ。
「ローザ」
「はい」
「爺様が身罷った」
席を移って旦那様の手を包むことしかできなかった。
†
「ラングレン子爵様、ご着到!!」
ちょうど、日は山の端に消えた頃。
家人の声が響くと、館の周りに詰めていた村人だろう人々が左右に割れた。馬車を庭に止め、旦那様が降り私の手を牽いてくれた。
「ラングレン様……」
「ラングレン様」
なんだろう?
旦那様を見て祈るような仕草をする者が、なぜか何人も居た。
たしか、この地ではラングレン家の評判は芳しくない。有り体に言えば、一族として嫌われているはずなのだが。
不審に思いながらも、田園特有の小綺麗な庭を横切り玄関の中に招かれた。
「どうぞ、奥へ」
私は結婚のすぐあとにしか来たことが無いが、旦那様はそれからも何度か来られているはずだ。
廊下で、旦那様の足が突然止まった。
進む先から、高い声が聞こえた。
慟哭──
廊下の突き当たり、お義爺様の部屋の扉。その奥から、響いて来る。
「子爵様? どうされました」
案内の家人が、怪訝な顔をしたが、動こうとしない。
「ああ。では、主人に知らせて参ります」
一瞬扉が開き、泣き声が鮮明となった。
そうか。お義母様なんだわ。
数分の後、再び扉が開いた。
中から当主のデボン様、旦那様から言えば伯父上が出てこられた。
「これは、ラルフ殿。わざわざありがとう。どうぞ、父の顔を見てやってくれ」
「はっ」
その時、中からお義母様と、その肩を支えたお義父様が出てこられた。
目元は紅いが、いつもとは違って丸い、随分と穏やかな面持ちだ。
「ラルフさん。あなたらしくもない。少し遅かったわね」
「ですね」
「でも……ありがとう」
擦れ違う時、お義父様が肯かれた。
中に入ると、大きなベッドにお義爺様が横たわって居た。
胸元は上下していない。
部屋の一角には、リノン殿が椅子に掛けて項垂れている。
「来て貰って恐縮だが、父はつい先程、息を引き取ったよ」
「そう……ですか」
「遠路駆け付けて貰って感謝している。では顔を見てやってくれ」
デボン様の言葉に、旦那様が跪かれたので私も続く。右手を左胸に当て黙祷。
立ち上がって、ベッドの縁まで近付く。
「お爺様。ラルフが参りました。遅くなって申し訳ありません」
とはいえ、お義父様の書状を受け取ってから、まだ1時間も経ってはいない。
「ローザです。お爺様、安らかなお顔で……」
肺病は苦しいと聞く。だが、そうは思えないほど、柔らかい。
ベッドを離れた。
「伯父上。改めて、お悔やみ申し上げます」
「ああ。父も齢80を越えていたからな。寿命だろう。それと、父に代わって、ラルフ殿に謝らねばならぬことがある」
「はぁ?」
「実は、ラルフ殿から何度も贈って戴いていた薬ササンテだが、父はラルフ殿が奨めてくれた時を除いて、口にしていないんだ」
「はっ?」
知らなかった。旦那様は、そんなことをされていたのか。
ササンテは外傷や中毒の治療薬で、肺の病のような慢性疾病には治療効果はないとされている。それでもお贈りしていたのならば、服用した場合の鎮痛効果に期待したのだろう。
「そうなのですか……」
ふーむ。旦那様は、パロミデスのお爺様には可愛がられていると仰っていた。
昔……ラングレン家と御当家は、ラジナスと呼ばれるご一族が共に超獣と戦った後、行方不明となり、かなりの不仲になった。それに拍車を掛けたのが、お義母様の駆け落ちだ。
2人もラングレン家に取られたと、まるで仇敵のような間柄だったと聞いたことがある。もはや一族だけではなく、周辺に住む者まで巻き込んでいがみ合うことになったらしい。
しかし、旦那様が生まれてからは、表向きはともかく不仲が緩和されたと聞いていたのだけれど。もしかして、その絡みでササンテをお飲みにならなかったのかしら?
「ああ。無論ラルフ殿や、ラングレン家を恨んでのことではない。父はね、肺を患ってから、唯一の楽しみが、ラルフ殿だったのだよ。その書棚に並んでいる切り抜き帳には、ラルフ殿の活躍を書いた新聞ばかり貼ってあるのだ。わざわざ王都から取り寄せた物もある」
「だとしたら……」
少し旦那様の顔が歪んでいる。なぜ飲まなかった? そう問いになりたいのだわ。
「父は、もったいなくて飲めぬ。私よりこの薬が有効な者に分け与えてくれとね」
そうか!
庭で……旦那様を崇めるような村人の目は。
そうだったのか!
お義爺様は、もちろんラングレン家の名で、そうなさったのだ。
「はぁぁ。存じて居れば、もっと大量にお贈りしたものを……」
それは、できぬ案だ。他者の私領でササンテを配るなど、無論それを知らぬ旦那様ではない。地主を蔑ろにすることになるし、うちの村にも、我が町にもとなることは必定だ。
「それは困る。父は断食でもしていたかも知れぬ。そうなれば、さっき、折角ルイーザと父が和解したのもフイに成ってしまう。目を閉じた後だったが、まあ、和解するのに越したことは無い」
そうか。
お義母様は、お義爺様と和解されたのか。
まだ私が子供の頃、油断されていたのだろう。
『あの糞ジジィ! 分からず屋! 石頭! ……』
それはもう、あの麗しいお義母様が、別人のようにお義爺様を口汚く罵っておられたからな。最愛のお義父様を面罵されたのだから仕方ない。
「はあ……あんな姉上は……狂ったように泣き叫ばれる姉上を初めて見た。あれは本当に姉上だったのか?」
義叔父上が、ぽつりぽつりと呟く。
そうか……。
「なんだ、知らなかったのか? リノン。幼い頃はあんな感じだったぞ。淑やかになったのは中等学校に上がった頃だ」
「知りませんよ。姉上と僕は10歳離れているんですよ」
「ふん。それはともかく。父が亡くなり、妹と和解した。小作人達も大丈夫だろう。我が家としては、ラングレン家に対する遺恨が無くなったということだ」
「はい」
「では、甥殿。いや子爵殿。幾久しく、パロミデス家と昵懇に願いたい」
「伯父上、喜んで」
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訂正履歴
2021/09/11 少々加筆
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




