381話 ラルフ 困惑する
東京オリンピックが始まりましたね。3週間ですか。無事に終わることを祈っています。
宰相閣下は新領と言った。つまり、俺に褒美として領地を与えるということだ。
待て待て待て。
俺は報酬を金銭で受け取る位禄貴族だ。俗に言う宮廷爵であって、領地を持つ位封貴族ではない。
それは、領地を持って統治を実施する手間を、賢者を含む上級魔術師に負わせないようにする措置、そう聞いていたのだが。
大変なことになった。
領地を貰っても、俺には統治できるような家臣が居ないのだ。
能力的には、家令や副家宰であれば十分だろうが、どちらかを振り向ければ、現職が疎かになる。
これは結構困るな。
「なお。新領には請負代官を置き、子爵は引き続き王都に在住すること」
請負代官……?
そういうことか。
流石に賢者を罷免する気はないようだ。
ちなみに請負代官とは、主に隣接する別の領主と契約して、代理で統治して貰うものだ。
有償になるが、代わりに俺や家中の手間が大幅に省けるという寸法だ。
法律上、民間でも構わないはずだが、そこまでの規模の業者は聞いたことがない。仮に存在しても、権威がないので住民の方も納得しづらいしな。
ところで請負代官を置く事例としては、相続した跡継ぎが幼年であったり、健康上の問題があったりする場合がほとんどだ。一般的に統治能力のなさを自ら披瀝すること、つまり貴族にとっては恥ずかしいことだ。そもそも、過去にはそれを理由に改易となった例すらある。今回は国の指示なので、それはないはずだが。
「ありがたき幸せ」
人財が居なかろうが、恥であろうが、そう答えざるを得ない。
褒賞について、文句を言うのは論外だ。最悪反逆罪になる。
「新領については、内務省貴族局より説明を受けるように」
「はっ!」
預かっていた巨大魔結晶を宝物庫に返納すると、執事に即刻内務省へ出頭すべしと伝言を受けた。気が重いが仕方ない。庁舎へ向かうと会議室に通された。
そこに現れたのは意外にも、内務大臣であるサフェールズ候だった。
立ち上がって略礼をしたが、いつもの従者は姿を見せず扉が閉まった。
「いやあ。ラルフェウス卿。おめでとう」
閣下は、珍しく微笑んでいる。
「ありがとうございます」
社交辞令だ。
正直、製薬業やその他の事業で伯爵並みの収入はあるので、今の俺にとって領地は負担でしかない。
「もしかして。閣下が、新領についてご説明下さるのでしょうか?」
「うむ。陛下からそう命じられたのでな」
「はあ……」
どうやら事情があるようだ。型通りの説明では済まないということらしい。
「はははは。そう固くなるな。まあ卿にとっては領地など要らないかも知れぬが」
図星だ。
「ああいえ。現役の上級魔術師に領地を宛がった前例はないと思いますが」
「うむ。前例はないな。だが、陛下は、上級魔術師達を抑え込むような旧来の施策を良しとはされない。軍の中での昇級上限を撤廃されたのも、その一環だ」
「はい」
絶大なる戦力とも成りうる、上級魔術師を生ける武器とは見做さないという意思の表明という説明を受けた。要するに国王陛下は、上級魔術師という諸刃の剣を、人間として味方に付ける意向、あるいは有無を言わさぬ自信があるということだ。
長らくミストリア国軍にて魔術師として軍籍にあるものは、殉職時を除いて少佐までしか昇進できないという不文律が有った。これが階級上限だ。しかし、今ではそれもなくなり、グレゴリー卿とバロール卿は前例を破って生きながら中佐に成っている。
かく言う俺自身も、賢者として出動時には、希に国軍を指揮せざるを得ないこともあるのだが、その場合は(臨時)中佐と呼ばれるようになった。最近のことだ。
「それでだ。新領だが……」
取り出した地図を広げられた。
閣下の指が、ある場所を指し示す。
ここは!?
「ふむ。察しが付いたようだな。旧バズイット伯爵領だ。卿も知っている通り、今は直轄領となっている。その南西部エルヴァ地区が、卿の新領となる」
「むう」
「言うまでもないが。卿の父、ディラン卿が現在代官を務めている地区だ」
そういうことか。賢者である俺に領地を宛がう意味が分からなかったが。
「請負代官を置けとの指示には、こういう背景があったのですね」
上体を、やや前に出すと、閣下は少し後ろに退いた。
「いや。あくまでも、賢者やその他の職務遂行の触りとなっては困るからだ。他意は無い」
そう言いながら、口角が上がっていますよ。
「請負代官を置くことは指示させてもらうが……卿の領地だ。その人事や契約交渉に、内務省および貴族局は関与することはない」
「はあ」
「私見を言えば、現行の代官が了承するのであれば、それが一番穏やかだとは思うが。登記は、本日付だ。公報は明日には当地に到達予定だ」
「承りました」
†
「お帰りなさいませ」
妻達の挨拶を軽く受けて、モーガンとローザを応接室に呼び寄せた。
入って来た2人は、俺の表情から不吉な雰囲気を感じ取ったのか、表情がやや固くなった。
「座ってくれ」
ローザの目に少し不安の色が差している。
「ああ、けして悪い話ではない、ただ少しな……」
「御館様、何でもお話し下さい」
モーガンの言葉に、ローザも肯く。
「この度、先の巨大超獣撃滅とラグンヒルの外交交渉進展の功により、領地を賜った」
「御領地……ですか」
剛毅なモーガンも少し困惑している。
「あのう。旦那様は賢者であらせられるゆえ……」
「その通り。領地には請負代官を置いて統治させ、俺には王都に在住するようにとのことだ」
「あのう。請負代官とは? 代官とは違うのですか」
肯いたモーガンは知って居たようだが、流石にローザは知らないか。
「基本は同じと思って良い。注文主が誰かで、呼び方が違うだけだ。俺のような貴族の場合が請負代官で、国の場合は代官と呼ぶ」
「はぁ。そうですか」
言葉に反して腑に落ちない面持ちだ。
わざわざ区別するのは、税法上の扱いが異なるからだ。
親父さんが代官となる時に、少し読んだ法律書にそう書いてあった。しかし、そこまでローザに説明しなくても良いだろう。
「ともかく、旦那様が賢者を辞める必要のないことが分かり、ほっとしました」
やっとローザの表情が和らいだ。
「おめでとうございます。そう致しますと、ご懸念は領地の場所と請負代官の件でしょうか」
「そういうことだ。場所は国王直轄領、旧バズイット伯爵領エルヴァ地区だ」
「なんと! 御義父様が、現在代官を務められているところではありませんか」
「うむ」
「では。内務省としては、ご本家に請負代官を……」
モーガンは言を止めた。
「貴族局は干渉しないそうだ。引き受けて貰えるなら、それが一番良いが。果たして頼んだとして受けてくれるだろうか、父上は?」
普通に考えると、子の領地の請負代官を親にやらせるというのは微妙だ。下手をすれば馬鹿にするなという話になりかねない。
だからといって、先日ソフィーが言っていたように、親父さんは代官としてエルヴァ地区の統治に力を入れている。これを罷免してわざわざ別の領主を請負代官にするのは大いに問題だ。
第一親子関係だけでなく、領民にも迷惑が掛かるのは間違いない。
「それは、旦那様次第です。お考えとは思いますが……」
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訂正履歴
2021/07/24 表現を微妙に変更
2021/08/22 ミストリアの魔術師軍人階級上限の間違いを訂正(大尉→少佐),併せて、バロール卿、グレゴリー卿の階級間違いを訂正(少佐→中佐)
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




