377話 ハレの日
「ハレの日」のハレは片仮名で書くみたいですね。まあ、晴れの日と書くと天候と区別が付かないけれども。でも「晴れ着」とか「晴れがましい」は漢字だし。日本語は難しい。
翌日。
珍しく朝起きた段階で、その日の予定が決まっていなかった。
国王ともなるとすぐには謁見出来ないのだ。
国外からの来訪者の到着日が変わることなど当たり前で、日程の余裕を取ることは通例だ。致し方ない。
予定が決まっていないからと言って、勝手にどこかに行くわけにもいかない。国賓として招かれているからだ。ゆっくりと朝食を摂っていると、接待役のヴァシレ男爵が我らの部屋へやって来た。
「おはようございます。閣下、奥様」
「おはようございます。お役目ご苦労に存ずる」
「お疲れが出るかとも思いましたが、流石は若いだけありますな。早速ですが、我が国王陛下との謁見が、本日午後5時からとなりました。その後は晩餐会に移行致します」
ふむ。明日以降になると思っていたが、結構柔軟な対応をして戴いたようだ。
ローザを見ると、うれしそうにしている。まあ、予定が早まれば、それだけ早くルークに会えるからな。
「つきましては、この迎賓館を4時に出発することになりますので、それまでにご準備をお願い致します」
「承った」
迎賓館の居心地は良いから、3時頃までは滞在でも良いが……。
「はい。では、それまでのご予定ですが……」
だろうな。
俺を呼びつけておいて何の持て成しもしなかったと言われぬよう、今日謁見が整わなくとも何かしら予定を入れてくるはずだと、アストラが昨日言っていた。
「当地の大司教座下が、是非閣下にお目に掛かりたいと申しております。それにつきましては、殿下が是非にと。それから、訪問の後に国営墓地に参詣されてはどうかと」
あまり行きたくないが、しかたない。俺は大使でもあるからな。
それに、例の件もあるのだろう。
「了解した」
「では、午後1時に玄関を出発ということで。お願い致します」
†
午前中に、当地の駐在大使、ヘイズレク閣下一行がアストラと共に迎賓館にやって来て打ち合わせをした。壮年の紳士で、旧知の仲だ。
アストラの先乗りによって本国政府の方針は既に伝わっており、それに沿って進めることとなった。さらに式典については、俺の意向に拠ることで同意が得られた。
昼食を摂った後、予定通り迎賓館を出発した。
この都に着いたのも夜だったし、迎賓館へ直行したこともあって、街並みをほぼ見ていない。こうして街路を走ってみると、なかなか大きく、しかも整備が行き届いている。面積で言えば、スパイラスと同じぐらいか。内郭と外郭を分ける内部城壁はなく、また緑地も多く、中々住みやすいように見える。
馬車は15分程走って王都司教座教会に着いた。通りから続く石畳の上で馬車が停まった。
しっかりとした警備で、居合わせた人々を堰き止めている。
俺が降りていくと、響めきが起こった。
『ミストリアのラングレン子爵だ!』
その声に手を振って応えると大きな歓声に変わった。数多くの視線を感じなから、教会に入る。
俺とローザ達が入って行くと、二重冠の帽子を被った神職に出迎えられた。
「ラングレン殿。ようこそ」
「大司教座下。お招きありがとうございます」
俺に合わせたのかどうか知らないが、ラーツェン語だ。
聖堂脇の建物に案内され、簡素な応接間に通された。清貧を旨とする光神教会は、ラグンヒルでも変わらないようだ。
「ラングレン殿。ラグンヒルの巨大超獣を撃滅戴き、感謝申し上げます」
「ああ、いえ」
「本日お呼びしたのは、お礼を申したかった件と、恐らくラングレン殿がご存じない情報を告げるためです」
「何でしょう?」
「実は2日前、教皇庁から書簡が届きまして……」
教皇庁か。光神教会の本部みたいなものだ。実際に教皇領内では統治機構でもある。
「……各国の光神教会は、ラングレン殿が行う活動に、最大限の協力をするようにと」
ふむ。うれしい気持ちもあるが、それ以上に重い話だ。
「まさに鉄壁の信頼と言えましょう。そのような前例はありませんが……」
裏を返せば、俺は失敗してはならないということだ。
「……頭上に輝く光の冠を見れば肯けるところです」
昨日ライゼル殿下の提案で、滲み出る魔界を抑制しないようにしたのだが。殿下の意図通り進んでいるようだが、こんな何の役にも立たない光りで人に信頼されてもとは思う。まあ自嘲しても始まらない。この時局だ。使える事象は使わねばならない。
その後も、ありがたい話を30分程聞いて、会談は終わった。
何がありがたかったと言うと、ローザの機嫌がすこぶる良いことだ。
外に出て見ると、着いた時の倍以上の人間が居た。
多くの者が俺を、俺の頭上を指差している。意識して抑制しなければ、霊光冠が見える。それは、ここ数年でより顕著となり、陽光の下でも肉眼で視認できるようになったそうだ。
手を振って馬車へと進むと、またもや大きな歓声が上がった。
すぐ近くの国営墓地に移動し、無名戦士の碑に献花して2時半には迎賓館へ戻ったが、行くところ行くところで、相当な人手があった。スードリ達が、煽動しているかも知れない。
†
差し向けられた馬車に乗って、王宮に入った。
執事の話によると、今は控え室に居るが、午後5時になるとローザと一緒に大広間に呼び出されるそうだ。
馬車の中では、あなたの本来の姿を披露する日が参りましたと口走るほど、ローザの機嫌の良さは維持されている。さらに着飾っていることもあって、眼も眩むような美しさだ。夫婦の欲目が入っているのは否定しないが。
時間となって、謁見の場に向かう。
「ミストリア王国賢者にして特命全権委任大使。ラルフェウス・ラングレン子爵夫妻、御入来!」
入室していくと、煌びやかな礼服に身を包んだ諸氏に迎えられる。最初は響めきが上がったが、万雷の拍手が大広間を覆い尽くした。
執事に先導を受けて広間の階の前に進むと、ようやく拍手が止んだ。
「ラングレン夫妻。遠路はるばるこの地までよく来られた。陛下よりお言葉を賜る」
あれは宰相閣下だな。
「はっ!」
普通ならば、その場に跪くべきだろうが、ミストリアの大使でもあるので、胸に手を当て、軽く脚を引くに留めた。
おっ。国王陛下が立ち上がった。
どうする気だ?
こちらに歩いて来ると、15リンチ(13cm)程ある階を降りた。おいおい。
そのまま眼の前まで来られると、俺の手を取った。
「ラングレン卿。過日は、朕の代理人たるマゥレッタの要請を受け、古今何人も斃し得なかった巨大超獣から、臣民をよくぞ救ってくれた。ラグンヒルド、心より礼を申す」
それに自らを朕と呼ばず、御名で礼を仰った。国家元首としては、最上級の感謝の示し方だ。横に居るローザは眼を丸くしているが、それも当然だ。
「もったいないお言葉。ラングレン敬服致します」
「ならば、ラングレン卿には、末永く朕と我が国に友誼を結んで戴きたい」
想定された状況とは大きく異なるが、言われた内容は予定通りだ。しかし、この状況はまずいな。まあ、まずいのは、俺でもミストリアでもなく、ラグンヒルにとってだが。
とはいえ、外交というのは一方的に優位に立つのは良くないことが多い。
「お言葉重く受け止めますが、私がミストリアの人間である以上、自ずと限界がございます。それでもよろしければ」
まあ、俺の立場ではそう言うしかない。
「無論だ。感謝する」
即答か……驚いたと言うより呆れた。
陛下は、手を離すと階を登り、再び玉座に着いた。
「この度の功労に対し、ラルフェウス・ラングレン卿には明星十字章ならびに名誉男爵位を贈るものとする」
「はっ!」
再び、拍手が巻き起こった。
これは、事前にミストリアと交渉の上、双方が了承した結果だ。最初は、名誉子爵を提案されたと聞いたが、俺としては正直どっちでも関係ない。
勲章が入った箱と、叙爵証書を受け取る。
さて、今度はこちらの番だ。
受け取った物と、ローザが持って来た物とを交換する。
「大変名誉なことと存じます。つきましては、我がミストリア国王クラウデウス6世より、国書を預かっております。ラグンヒルド国王陛下に捧呈致します」
一旦箱を恭しく頭上に掲げると、宰相に手渡した。
宰相は、箱を開き羊皮の巻紙を取り出した。
「拝読致します。親愛なるラグンヒル王国国王陛下に書を差し上げる。我が国は、世界の国々へ、超獣の惨禍を僅かながらでも軽減する試みをしている。この度は、貴国内で巨大超獣を撃滅したことを心より祝すものである。それは貴国の幸いであるのみならず、我が国の喜びである」
宰相は、こちらをちらっと見て、再び国書に眼を落とした。
「何より優先すべきは、人類が一致団結して超獣に対抗していくことと信じるからである。ついては、大なりといえども魔結晶にて相争うは詮無きことと断じ、賢者ラルフェウスより提案差し上げる。光神暦384年9月17日 クラウデウス6世」
読み終わると、国書を国王陛下に渡された。
「ラルフェウス卿に伺う。国書に書かれていたご提案とは?」
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訂正履歴
2021/06/26 少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




