375話 王宮にて
王宮とか宮殿とか行ったことないんですよね。ぽいところはあるけれど。
「では開けます」
肯くと、王宮執事が重厚な扉を左右に開けてくれた。
「ここが、大広間です」
わぁぁぁと少女達は歓声を上げる。
今日は、客人一行に王宮を見学させている。
平民は、王宮の敷地に入ることを許されても、殿舎の中までは入れない。だが、王都に在住している男爵以上の爵位持ちが引受人となれば、話は別だ。申請を出しておけば所定の区画までは許される。もちろん人数制限はあるが。
しかし、大広間はその区画には入っていないようだ。出入口扉のすぐ向こうには太い綱が架かっており、そこから先には入ることはできない。
一行は廊下から中をのぞき込んでおり、珍しくソフィーも眼を輝かせている。
「はい。皆さん、静かにして執事殿の説明を伺うように」
「では。大広間は王宮内で、最も広く、かつ最も格式高い部屋です。奥の一段高い所、あちらを階と申します。さらに中央の椅子を玉座と申しまして、国王陛下がお出ましに成るとあそこへ御着座になります」
「あのう。どのようなときに、こちらの大広間を使うのでしょうか?」
「様々な式典に使用されます。例えば外国からのお客様をお迎えする時や、貴族の方々の爵位を授与する式典などですね。舞踏会もたびたび開かれます」
舞踏会!!
女の子らしく、皆はその言葉に眼を輝かせた。
「あのう。子爵様は、中へ入られたことがありますか?」
ジョシュアちゃんが、訊いてきた。
「ああ何回かは。ただ舞踏会で来たことはない」
少し残念そうだ。
「ラングレン子爵様は、つい先日、プロモスより帰国された際、こちらで陛下よりお褒めのお言葉を賜られました」
執事が補足した。
「そうなのですか?」
ソフィーは感激したように肯いている。喜んでくれて、兄はうれしいぞ。
余計なことと思ったが、良くやってくれた、執事。礼金を割り増そう。
大広間を離れ、賢者の控え室やいくつかの場所を巡って、外務省管轄の庁舎に入り、廊下を歩いていくと。
「皆、壁沿いに寄って」
向こうから、テルヴェル閣下と随行がこちらへやって来られた。
道を空けて会釈してやり過ごそうと思ったのだが。
「やあ、ラルフェウス卿」
挨拶されてしまった。
「はい。テルヴェル閣下、ご機嫌よろしゅうございます」
「うむ。こちらは?」
客人一行を指された。
「はい。郷里の者達で、王宮を見学させて戴いております。皆。こちらは、外務大臣のサフィール・テルヴェル閣下だ。伯爵であらせられる」
「「「ご機嫌よろしゅうございます」」」
ふう。少しギクシャクしていたが、まあ何とかなった。事前に練習させておいて良かった。
「うむ。見学か、それは良い。ところで随分愛らしい者達だな」
きっと全部女子というのが興味を惹いたのだろう。
「はい。この者は、我が妹にございます。そして、その学友達にございます」
「ソフィアと申します。兄がお世話になっております」
「おお、ラルフェウス卿の妹御か。道理で美しく利発そうに見える訳だ。お父上によろしく伝えてくれ」
「はい」
「ちなみに、一番後ろの引率者はエーダイン・パピオーヌ嬢と申し……」
「おおっ! 笑っているところをみると、パピオーヌ元学長の娘御か?」
想定はしていたが、中々喰い付きが良い
「はい」
「それは奇遇だな。私は教え子のひとりだ。もし、お父上に会われたら、のんびり屋のサフィールは元気にやっていると伝えてくれ給え」
のんびり屋……大学の時のあだ名か?
「閣下、そろそろ」
「ああ、そうか。いやあ、声を掛けて良かった。皆、王都を楽しんでいってくれ。ではな」
一行を見送ってから、廊下を進み大使事務所に入る。ここが俺の職場でと説明したが、大臣に挨拶されたからだろう、みんな上の空だ。まあ、平民の立場では、そんなことは一生無いからな。無理もない。
応接間に帰って、振る舞われたお茶を呑んで、ようやく落ち着いてきたらしい。
大使の仕事を一頻り説明してはみたが、どうだったろう。
殿舎を出て、待たせていたウチの執事達と合流すると、用済みの俺はそこで別れた。それから見学を許された庭園の見学と王都観光へ行くはずだ。離れに一族以外の客を宿泊させるのは初めてだが、執事達は観光案内に慣れている。俺が出掛ける前の忙しい時期だが、俺担当の執事は動員していないから特に問題ないだろう。
俺の方は折角参内したので大使事務所に留まり、事務処理や外務官僚達との打ち合わせをやって来た。
†
夕刻、館へ戻ってくると、客人達も既に帰って来ていたので、一緒に夕食を摂った。
ソフィーを除く全員が、王都は初めてだったようで、王宮は立派だったとか、どこそこは良かったとか、話に花が咲いていた。
「おねえちゃん」
居間で寛いでいると、ソフィーが入って来た。いち早くルークが駆け寄る。
「姉ではなく、叔母です」
「まあ、いいじゃないか。ソフィー」
「いえ。周囲の者達が、誤解します。きちんとしておかねばなりません。ああ、自由時間となりましたので参りましたが、よろしかったでしょうか?」
「もちろんだ」
すっとローザが席を立った。
「お兄様、今日はありがとうございました」
そこにソフィーが座る。
「うむ。王都観光は、楽しかったか?」
「ええ、半分は行ったことのある場所でしたが、学問所の皆と一緒に参りましたので。楽しかったです」
まあ王都及び城外にも名所はいくつもあるが、余り治安の悪い場所には連れて行けないから被るのだろう。
「それはよかった」
「皆。ああいえ。もちろん私もそうですが、王宮見学はとても良かった、為になったと、申しておりました」
「ははは……王宮のどこが良かった」
「大広間は凄く広くて豪華でしたし、お兄様がお働きになる所も良かったのですが。何よりも、外務大臣が普通に歩いて居られることに驚きました」
いや、王宮はそういう場所だから。
「それが、親しくお兄様に話し掛けられたので、みんなびっくりしておりました。最初は伯爵様と聞いて、震え上がったのですが。意外と気さくな方で。ジョシュアなどは、エルメーダに帰ってから自慢すると」
面白い子だな。
「それにしても、伯爵様と言えば、もっと厳かと言うか殿上人で、我らは口も利けないかと思っていたのですが」
「ああ、テルヴェル卿は、大貴族の中でも特に開明的な御方だ。そのことは心得ておくように」
大貴族の御曹司は、通常大学には行かず、家庭教師を雇って学ばせ、卒業認定資格を取る方が多い。しかし、テルヴェル卿は、大学にも通い留学までされているからな。
「心得ました」
「うむ。ところで、父上や母上は変わりないか?」
「はい。お二人ともお元気ですし、父上は張り切っておられます」
「ほう。それは良かった。ではエルメーダはどうだ?」
「それはもう。初めて行った時と、今では雲泥の差の賑わいです。石材の採掘も流通も順調ですし、さらにお兄様のお薬の事業で、領民も潤って活気が出て来たと思います」
「そうか」
「父上はいつもお兄様のお陰と仰っています」
「なに? そんなことはないだろう」
「いえ。お薬は言うまでも無く、増産している大理石もお兄様が見付けてくれた鉱脈です。直轄領の代官(閑話8参照)がうまく行っているのも、薬草栽培で潤っているからというのが大きいと常々父上は仰っています」
ササンテ増産を予想して、旧バズイット伯爵領のラングレン男爵領が隣接する南西部エルヴァ地区において、代官である親父さんの発案で栽培を奨励して貰っている。
「いやあ、それは親父殿の」
「まあ。美しい親子愛。我が父ながら少々妬けます」
はっ?
「ともかく、父上はお兄様が継いでくれるまでは、がんばると仰っています」
「うううむ」
親父さんの謙虚さにも困ったものだ。
「だが、俺は何時継げるかはわからないぞ。なんとなれば、別にソフィーが婿をとってだな」
「そのようなことを、仰らないで下さい。母上が聞いたら悲しみますよ。ですが、賢者様として余人では代えがたしとなれば、ルークで如何でしょう? 一人前になるまで私が後見致しますよ」
「おお、そうか。頼むぞ。あははは」
ルークが、僕?という顔をしている。
うーむ。ソフィーも美しい少女というだけではなく、お袋の娘なんだなあと、しみじみ思った。
ローザが帰って来た。お盆を持って居る。
「どうぞ、ソフィーさん」
「これは、お嫂様、ありがとうございます」
茶を淹れていた。
「ねえ、とうさまと、おはなしおわった?」
「まあ、ルークったら、甘えん坊ね。私に遊んで欲しいの?」
「うん。あのね、なにかおはなしして……」
「うーん。そうねえ。では、まだお兄様と私がシュテルン村に住んでいた時の話をしましょう…………」
†
「済まんな」
ソフィーが、離れから戻ってきた。眠さとソフィーに甘えたい気持ちの間で珍しくむずかったルークを、寝かしつけてくれたのだ。
「いいえ。お兄様も私をよくあやしてくれました」
「もう10年も昔のことだな」
対面で、アリーが笑っている。爺臭いと思ったのだろう。
「そういえば、お兄様。ご存じですか? 最近、エルメーダの城で若いメイドを雇い入れたこと」
「さあ……初耳だ」
知らないというか、なぜわざわざそんな話題を? これまでも雇い入れていたじゃないか。
「そのメイドは準男爵の一族なのですが、1歳の娘を連れていまして」
「ほう……」
ということは、夫と別れたと言うことか。俺のカップもあったので、遠慮無く喫する。
「その子の父親なのですが、亡くなったバズイット伯爵らしいのです」
ゴホッ!
「なんだと」
驚いた。
生き残ったバズイット一族は、国外追放になったはずだが。1歳ならば、処分が出た一昨年の時点では、その子はまだ生まれていなかったということか。
「ああ、ご心配なく。メイドはただお手付きになっただけで、里に帰されていました。また妊娠が分かった段階で、準男爵家から(内務省)貴族局へ届け出たのですが、処分はその時点で生あるものに限られ、その子はお咎めなしと審判されたそうです」
「そうだったのか」
貴族局もなかなか話が分かる。少しほっとする。
「そのメイドは、戻った准男爵家で代替わりがあったそうで、持て余され路頭に迷っていたところを……」
「親父殿が、引き取られたのか?」
「いえ、母上です」
「ほう……」
意外だ。
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訂正履歴
2021/06/12 誤字、少々表現替え
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




