373話 難しいこと
本文末尾の方に書いた難しいと思うことは本音です。
そう言えば、先週書いたPCの機嫌は少し好転したようです。何なんですかねえ……。
「遅くなりまして」
ラトルトが、公館会議室に入って来た。
少し息が荒い。彼は取引先との商談を終え、馬車で駆け付けて来るとモーガンが言っていたが。玄関からここまで小走りで来たのは、感知魔術で見えていた。
「ご苦労。商談の結果は後程聞かせて貰おう」
「はい」
「では円卓会議を始めます。議題は、御館様のラグンヒル行の件です」
モーガンが宣言した。
円卓会議は、我が家の意思決定会議だ。
出席者は、俺とローザ。そして家令兼議長のモーガン、副家令のレクター、家宰のダノン、副家宰のラトルトが成員で、円卓を囲む。
その他、非成員が必要に応じて参加するが、今日はアリー、ブリジット、バルサム、スードリ、そしてアストラが出席している。
「ではアストラ殿、報告を」
「はい」
外周の席に座っていたアストラが、円卓の俺の対面に移動した。
「御館様の命を受けまして、ラグンヒル大使館側と交渉して決まった件の内、外交以外の部分を報告致します」
アストラは、我が家の特務執事だが、大使首席秘書官として外交を行う。彼はみなし公務員であるので、政府に対して外交に関する守秘義務を負っている。つまり、外交に関する事項については、例えモーガンが明かせと命じようとも拒否できる。
「今回、御館様は国賓として招待されることになりました」
国賓……少し響めきが起こった。
それほどかとも思うが、確かに俺が国賓となるのは初めてだ。
おそらく待遇は、プロモスにおけるものと大差ないだろうが、あそこでは同国貴族としての優遇だからな。少し趣が違う。
「まず行程ですが、国賓ですので、同国内に入られますと警備隊が付き、かつ都市間転送所の使用が許されております。経路と致しましては、王都からアグリオス辺境伯オリスタへ転送、そこから馬車にてラグンヒル王国内の転送所がある都市ザシュリムへ移動、最後に同国王都マーレスへ転送が最短となります。同経路の国境付近につきましては、街道が整備されておりますので、第2警戒態勢を基準としてご審議願わしゅう」
皆は頷きながら聞いている。
「次に日程ですが、ラグンヒル王国王都マーレスへの到着期限は、9月25日となりました。よってザシュリムへは9月25日の夕刻までに到着すれば良いことになります。国境付近の馬車移動は通例では3日間となって居りますので、逆算致しますと最も遅い王都出発は同月21日となります。なおマーレス滞在は、長くて5日と想定しています」
あと3週間か。それまでに予定していた件には支障がなさそうだ。
「次に宿泊です。目的地、王都マーレスにおきましては、同国迎賓館にご滞在頂きます。また同国内の王都以外の行程につきましては、ラグンヒル側が責任を持って準備すると伺っております。最終的には私が先行しまして確認致します。次に動員です。恐れながら、ラグンヒル側から夫人の同行を求められております。よろしくお願い致します。また、我が国内での警備人員は通常通りとお考え下さい。衣装につきましては、国王との謁見にて大礼服…………」
この後も、マーレスにおける主な行事など数分間説明が続いた。
「以上です」
「うむ。何か質問は……ないようですな。アストラ殿、ご苦労だった」
少し長かったが、要点を押さえた説明だったので理解しやすかったのだろう、質問は出なかった。まあ後で実務者間の打ち合わせはすると思うが。
「はい。ありがとうございました」
アストラは立ち上がる、会釈して再び外の席に移った。
「では、説明を受けて当座決めるべきは……まずは、動員規模を決め、概略日程、そして予算組みと言う順序で決めていく必要がありますな」
モーガンが後を引き取る。
「つきましては御館様のご意向をお聞かせ願いたく」
「うむ。そうだな。夫人同伴については、ローザに行って貰う」
すぐ横に居る妻に、顔を向ける。
「はい。喜んで」
2、3度瞬いたが嬉しそうな表情となった。
「アリー」
「はい!」
こっちも嬉しそうな声音だったが。
「ルークを淋しがらせないように頼むぞ」
「もちろん! えっ。じゃあ、私は留守番……ってことですね。はい」
ふむ。少し悄然となっているが、素直に受け入れたようだ。
「次に、王都出発は9月20日10時を目標に。警備については、騎士団の戦闘班に依頼する。国内には20人、ラグンヒル内は……10名程度で考えてくれ。人選はダノン、バルサムに委ねる」
「承りました」
「発言よろしいでしょうか?」
バルサムが挙手している。
「うむ」
円卓の前まで来たが座らず、そのまま喋るようだ。
「お伺いしたいことがあります。今回の騎士団の役割としては、ご指示の動員数と先程のアストラ殿の話からすると、あくまで御館様の警備に絞ったものと思われますが、それでよろしいのでしょうか? 過日のごとく、巨大超獣が出現した場合、その動員数では足らないと存じますが」
ふむ。
ダノンとモーガンは用心の範囲と平然としているが、ラトルトが鋭い眼でバルサムを睨み付けている。どうやら俺に異議を唱えたと、考えているようだ。
「ああ、その可能性は考えていなかったな」
ラトルトが驚いたように、俺の方を向いた。
「で、あるならば……」
「考えていなかったが、動員数を変える気はない。そうだな、アストラ?」
「はっ!」
アストラは立ち上がると、バルサムの横に立った。
「大変恐縮ながら、ラグンヒル側にも体面がございます。御館様が超獣駆除を想定した出動の人数となれば……」
「外交に支障が出るというのか?」
「はい」
アストラは、叱責を受けると覚悟したのか、眼を瞑った。
「了解しました。騎士団としましては、ご指定の人数で対応できるように致します」
アストラは静かに息を吐いた。
†
夕食を食べながら、ルークを見る。
メイドが甘く煮た肉を小さく切ってやると、それを匙で口に運ぶ。最近肉を食べ始めたのだが、結構好きなようで、ご機嫌だ。まあ、まだ濃い味付けはしませんと言っていたが。
「ははさま」
匙を置いた。
「何です? ルーク」
「くちを」
「まあまあ……」
「んんぅ」
ローザが拭いてやっている。
それが終わると居住まいを正した。
「とうさま」
「なんだ? ルーク」
「はい。とうさまが、ずっとぼくをみていたから。なにか、おはなしがあるのかなあと」
「うむ。少し話が有る」
後にしようと思ったが、背筋を伸ばして聞く気になっているようだ。まあいいか。
「はい」
我が子ながら、よく躾が行き届いている。ローザとエストが主だが、モーガンも忙しい中、傅役として週に数度はルークと話しているようだ。
「まだ少し先の話だが、父と母は、しばらく館を空けることになった。つまりは、遠くに行くことになったのだ」
「とおく?」
ルークが横に居るローザを見上げると、母親は肯いた。
「ルークは、留守番だ」
えぇぇと小さく呟き、悲しそうな顔をする。
「できるか?」
「1にち? 2にち?」
「そうだな。最低10日は帰って来ない」
ルークは10を理解したのか、自分の両手を見てぎゅっと握った。
「で、できるよ」
「そうか。それでこそ父の子だ」
まあ、母と引き離すのは少し可哀想だが。乳母も居ればモーガンも居る。
「ルーちゃん」
「アリーかあさま、なあに?」
「お姉ちゃんが居ない間は、一緒にお風呂入って、一緒に寝ようねえ」
「ぅ、うん」
ルークは涙を溜めながら、口を引き結んでいた。
†
夕食後。執務室で、書類仕事をこなしているとモーガンがやって来た。
「何か用か?」
「はい。先程の会議では、お気遣い頂いたことにお詫び申し上げようと思いまして」
「詫び? なんのことだ?」
「バルサム殿が発言した折、御館様は考えていなかったと仰いました」
「ああ。言ったな」
「無論、御館様は考えていらっしゃいました」
「そうか?」
「ラトルトは、こちらへ来てすぐに大きな事業を任されました。才気活発で優秀な男でありますが、自分をよく弁えておりますので、事業の成功が御館様のお力によることは十分理解しております。が、些かそれが行き過ぎました。執事は主人が失敗しないなどと思い込めば、補佐が務まりません。御館様はその状況を憂慮され、嘘を吐かれた」
そこまで深く考えてのことではなかったが……モーガンは、あの時に眉ひとつ動かさなかった。それは、何も思わなかったわけではなく、俺の意図を見抜いたということだ。
「俺が嘘を吐いたとして、モーガンが詫びることはないのだろう?」
「御館様にお気を使わせる前に、私が指導しておくべきでした。行き届かず申し訳ありません。ラトルトへは、先程取引の報告を受けた折りに、言い含めておきました」
ふむ。
「モーガンには苦労を掛けるな」
「とんでもございません」
「いや。人財の育成ほど難しいことはない。引き続きよろしく頼むぞ。ルークも含めてな」
「承りました」
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訂正履歴
2021/05/29 誤字訂正
2021/06/03 誤字訂正(ID:1824198さん ありがとうございます)
2022/01/31 転移所→転送所




