371話 成功者に学べ
天地人。天である時期が違えば、同じことをやっても成功するかどうかは怪しいものですが。それでも成功者に学ぶのは重要ですよね。
追記:巨大超獣の白身破壊の下りは超音波モータから発想しています(365話で書いておくべきだった)
ネフティス王国王都郊外。広大な荒れ地が占める国軍演習場の一角。
午前の魔術訓練を終わった。
仮設休憩所に戻って首元の汗を拭っていると、ポノスがやって来た。
「おい! クレイオス」
気安いやつだ。
小官と同じ上級魔術師、同い年だが就任は彼が一年次先輩だ。
本来上級魔術師というのは独立心、自負心が高くあるべきで、我がネフティス王国においては互いに馴れ合う伝統はない。
ないのだが、ここ数年は巨大超獣の連携駆除に伴い、古き良き距離感を崩してしまっている。
「どうした」
まあ仕方ない。半ば相棒のようになってしまっているのだから。
「先程、近衛師団から参謀が来た。午後の演習は中止に……」
「中止! どういうことだ」
ようやく我が中隊の統率が取れてきた所なのに、聞き捨てならぬ。
「例の件だ! 上層部がもめて……」
言い淀んだポノスは、左右に眼を走らせる。
その話は聞いている。
プロモスからミストリアの色事師……が、通り名の賢者ラルフェウス・ラングレン卿の情報が届いた。
なんと、ラグンヒル王国で、巨大超獣を撃滅したというのだ。
我が国が総力を挙げても、現れた巨大超獣8体の内、撃滅できたのは0。都市に近付けず昇華させたのは6。残る2体で同数の都市が壊滅、10万以上の民が喪われた。
なんとも忌々しい状況だが、それでもまだマシな方の国の部類だ。西方諸国では、巨大超獣は斃せる存在ではないと定説にすらなってしまっている。
それを覆す情報に最初は。
本当に巨大超獣だったのか? 昇華を撃滅と言っているだけでは?
そういった疑惑論が主体だったのだが……。
「巨大超獣が斃された件か」
しかし、続報が次々入るにしたがって事実だと分かってきた。
「そうだ。バルコス将軍は、僥倖だったと強弁されていたが……」
「たが?」
「参謀から口止めされているが、貴官なら良いだろう。その巨大超獣との戦闘映像が撮影された魔導具を入手されたそうだ」
そういうことか。
今日の訓練は、賢者も数人出席することになっていたが、いずれも急遽欠席になった。その件に違いない。
「余程都合の悪いことが映っていたようだな。しかし、そんな代物がどこから手に入ったのだ?」
腑に落ちない。仮に入手できたとしても隠蔽しそうな物だが。
「それが、光神教会を通じてと聞いている」
「教会……そうか!」
先頃、光神教教皇は行幸へ赴かれた。確か行幸経路にはラグンヒル王国も入っていたはずだ。その筋だな。
それに光神教会が魔導具を渡すとすれば、我が国にだけと言うことはなく、遍く西方諸国に配布するはずだ。そうなれば情報は複数経路で伝わるから、隠蔽しても意味が無い。
「ところで、ポノス。その情報は興味深いが。それだけでわざわざ知らせに来てくれたのではないのだろう」
「うむ。将軍連から伝言だ、本日13時より対策会議を開くそうだ。全上級魔術師は近衛師団本部へ出頭せよだと」
「対策ねえ。余程……13時? ここから本部までは、1時間は掛かる。すぐ食事だな」
「おう!」
†
結局、まともな食事は取れず、携帯糧食を馬車の中で摂った。そうやって駆け付けた本部の会議室には既に大勢の魔術師と師団首脳陣が居て、俺達が最後の入室者だった。
「全員揃ったようだな。では会議を始める」
珍しくバルコス将軍が始めから喋りはじめた。それにしても王都に残っている上級魔術師が全て揃っているのかと、ざっと見回してみる。
「さる筋から入手した、巨大超獣の戦闘状況の映像を今から視て貰う。そのあと、皆の思うところを訊いていくので、心して視るように」
ポノスの言った通りだ。
会議室が暗くなり、左の壁に光りが像を結んだ。
空にいるのか!
遙かな高みから、大地を見下ろしている。言うまでもなく飛行魔術だ。
これだけで撮影者がラルフェウス卿であることが断定できる。公式に飛行魔術を使える上級魔術師は、彼以外には居ないからだ。
それにしても、異様な光景だ。
映っている巨大超獣は最も多い型。緊張感を感じさせない幼稚にすら見える半球体の姿形。
柔らかそうに見えて、我らネフティス王国の上級魔術師の如何なる攻撃魔術をも弾き返してきた、憎き敵だ。
今まで空中を遊山するように見えていた映像は、刹那に切り替わった。
墜ちる──
重力加速度以上の勢いで急降下。
瞬く前に大地が迫り、視ている者達の顔が引き攣るのを見計らったように引き起こした。急に映像が横へ動き……いやそれは数秒で、超獣から棘が凶悪な勢いで飛び出して来るのを、避けまくる、避け……うっ!
少し気分が悪くなりかけたが、背筋を駆け抜ける寒気がそれを忘れさせる。
なんだ、こいつは!
周囲を飛行しているだけじゃない。
右腕から魔導光が発せられており、なぜか超獣ではなく大地を斬っている。それはそれで驚異的だが、真に驚くべきは激しい回避機動を行いつつ、映像の軸つまり撮影者の視線が指先から一瞬たりとも外れず、その延長線上の地表に驚く程滑らかな軌跡が描かれていくことだ。
ありえない。
飛行魔術といっても、精々宙にふわふわ浮いているぐらいだと思っていた
これが人間の業とは考えられない。
猛禽並み、いやそれ以上だ。
やがて巨大超獣から少し距離を取ったが、眼を疑った。大地が突如柱状に迫り上がったのだ。そして瞬く間に落ちた。
何が起こっているんだ?!
事象が見えていても、全く理解出来ない。精緻だが無意味な運動なのか? なぜいくつもの柱が連動して動くのか、さっぱり意味が分からなかったが、その上に乗っている巨大超獣の体躯がうねり始めるのを見て、我知らず唸っているのに気付く。
うねうねと波打った超獣が、どういうわけか回転を始め、いつしか平らに伸ばされていく。
だから、なんだ?! これがやりたかったことなのか?
「ああ色が!」
誰かの慨嘆通り、超獣の白かった体躯が旋回と共に褐色に染まっていく。なぜだ?
うっ!
あちこちで呻き声が漏れる。ただ映像を視ているだけなのに、腸が捻れる感覚が沸き上がった時、映像が途切れるように急加速すると圧倒的な高みに居た。
次の瞬間。
周囲に無数の塊が浮かんだかと思うと、信じられない速度で超獣へ降り注いていく。
むっ!
待て、待ってくれ!
いつ詠唱した。おかしい! これほど大規模な魔術が次々と発動してたまるか!
脳裏の片隅を疑問が流れていくが、驚愕がそれを塗りつぶしていく。
破裂した。超獣が奔流に変わって広がっていく。
おぉぉぉ。やった!
会議室が、響めきが谺した。
ついに巨大超獣を斃したのだ。自分のことのように喜びが湧いてくる。
「いや、まだ何か居るぞ!」
超獣が破裂したかに見えたが、中央に何か?
球体がまだ存在した。それが眩く光った後、何かが蠢いた。
まだ生きている。いや、あれこそが本体だ。
本能的に閃いた。
竜……だと。
蠢いた物が、伝説の魔獣と見えたのは数秒だったか。再び繭のような光がそれを蔽い、瞬く間に赤熱していくと、陽炎が揺らめき、やがて消失した。
「ああぁぁ。光りの散華……」
今度こそ、超獣が撃滅されたことが、誰の目にも映った後、目前に巨大な魔結晶が浮かんだ。
すっと辺りは暗くなり、映像が終わっていた。
それから再び灯火が点くまで、後から考えれば10秒程だったろうが、誰一人声を発することはなく長い静寂が支配した。
巨大超獣が斃されたことは分かった。
あの白く惨い半球体が、超獣の全てではないことも分かった。
だが。分かった情報は断片でしかなく、何がどう繋がるのか。頭が理解を拒否していた。
それに、確かにこれはまずい。我らと、ラルフェウス卿の実力差があからさまになる。
「全員起立!」
急に声が掛かった。十年以上の訓練が反射的に身体を立ち上がらせる
なんと王叔殿下だ。
「最高顧問閣下に敬礼」
白髪に顎を覆い隠すほどの髭、片眼鏡から覗く、何物をも射貫くような眼光が辺りを睥睨しながら、会議室に入室してくると、将軍の斜め後ろに着席した。
「なおれ、着席!」
カリベウス王叔殿下。
元近衛師団団長にして退役中将。23歳で上級魔術師に就任された我々の大先輩だ。35歳で通常職に退いてからは、魔導大隊涵養に腐心され、我が国の魔術強国の礎を築いたと自他共に認めるところだ。70歳で退役してからは、ネフティス王国軍事最高顧問に就かれた。
あの魔圧は、十分現役に戻れるのではないかという気すらする。
「将軍、続け給え!」
「はっ! では、賢者を除く上級魔術師の皆に聞く、映像で目にした魔術。我こそは同じようにできるという者、起立せよ!」
眼球は動くが、どの脚も動かない。
「なんだ!? 誰も居ないのか!」
立つことはできない。
あれは人間業ではない。そうとしか思えない。
「空を飛べとは言わんぞ!」
いや、それは本質ではない。
「それでもか! 18人も居て、1人もできないと言うのか! それでも貴様らネフティス軍人か!」
悔しさと敗北感に苛まれながらも、俺は起立出来なかった。隣に居る温厚なポノスですら、眉間に皺を刻み歯を食い縛っても立たなかった。
「わかった、それで良い!」
低い声が響き渡った。
はっ?
殿下だ! どういう意味だ
ポノスと同時に顔を上げ、互いを見た。
「褒めているのだ! 上級魔術師の血は、誰よりも冷たくなければならぬ。もし、誰か1人でも起立しようものなら、罵声を浴びせなければならなかったところだ」
隣で師団長が肯いている。彼らは示し合わせていたのだ。
「よいか! 諸君らは、我が国が手塩に掛けて鍛えた者達だ。無駄死にすることは、けして許されぬのだ。地を這い、泥を啜っても生き延びろ。少しばかり煽動されたからといって、無理なものは無理と押し返さねばならない。分かったか!」
「「「「はっ!」」」」
「では、できないことを前提として、どうすべきか考るのだ。成功者に学べ! だが同じようにすることはない、我々がどうやれば良いのか。手掛かりは今の映像にあるはずだ」
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2021/05/15 誤字訂正(ID:1374571さん ありがとうございます)
2021/05/15 誤字訂正(ID:1374571さん 重ね重ね、ありがとうございます)
2021/09/11 誤字,飛行魔術の下りの表現変え(ID:442694さん ありがとうございます)
2022/02/16 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




