37話 言葉の壁
英語は余り得意ではないのですが……。専門分野のリスニングと日本人の書いた英語
を読むのはそれなりにできます。なぜでしょう。
このままでは戦いになる。
身体が動いた。幹を蹴り、枝を奔る。
木が邪魔だ、別の村人も。どこか、どこかと──
気が付いたら宙に居た。
【気尖!!】
振り上げられた鋤の中程から先を、風の槍が狙い違わずへし折った。
ザザッザザーーーーザザッ。
生い茂った葉と、梢の先が肌を薙いだ。
意図はしなかったが。
村人達と、コボルトの間に宙から割り込む。
「ひぃぃぃいい!」
襲いかかろうとした者が、1歩2歩と後ずさると腰から崩れ落ちた。
「双方待て!」
【双方待て!】
「うわっぁあ。なっ、なんだ! 何が墜ちて……だっ、誰だ!」
「まだ子供じゃないか、なんで子供が」
【何カ 来タ 人?】
そこにいる者達は怯み、取り敢えず止まった。
「隣村のラルフェウス・ラングレンだ!」
【僕はお前達の言葉が分かる。悪いようにしない!】
「ラングレンっていやあ、貴族様だぞ」
「ああっぁ! おらぁ、見たことあるぞ。神童って」
「神童?」
その二つ名は、ラルちゃん並みに止めてもらいたいのだが。
「神童だか、貴族の子か何か知らねえが。オラ達はこいつらが流す水で迷惑してるんだ」
「おっ、おい! 貴族様を敵に回すと後が恐いぞ」
「知るか! それよりも。あんたは、その汚えヤツらの味方なのか?」
目が血走っているな。
隣の男も、そのまた先も、こっちを凄い目で睨んでいる。しかし、顎が戦慄いている。みんな怒りで恐怖を押し殺しているんだ。
そして──
汚いか。
確かにコボルト達は泥で汚れ、革でできた粗末な下穿きを着けているだけだが。
「正しき者達の味方だ」
「何ぃ? いっ、いや。そっ、そうですか」
気の所為か、村人達の表情が緩んだ気がする。
「お前達は、善良な農民だ。それが、ここまで苛立つのは、言葉が通じないからだろう。そうだな!」
「えっ? まっ、まあそうなんすが」
むう。口調も変わってきたな。
「まずは、お前達の言い分を、コボルト達に伝える」
【コボルト達。ここに集まってきた者の、訴えを伝える】
明らかに表情が変わる。大きな眼を一層見開いた。
【驚イタ アンタ コボルトノ言葉 話セル ノカ?】
【ああ、話せる】
【ドワーフ デナク ヒト ダヨナ?】
【それがどうした】
コボルト達が顔を見合わせる。
村人も、僕達が話しているのを見て、驚いている。
本当に話してるぞ。やっぱり神童だ! とか小声で話している。鬱陶しい。
【まずは聞いてくれ。彼らは、お前達の流す廃液に困っているそうだ】
【何デ 水 困ル?】
【この下流で、農地に使う水を引き込んでいるんだ。そこにおまえたちの流す汚れた水が入ると、作物をうまく育てられない。そう言っている】
まあ、それが事実どうか、本当のところは分からないが、村の衆はそう思い込んでいる。
【ソウイウ コトカ デモ 俺達ハ 水ガ要ル】
【水は何に使って居るんだ?】
【岩焼ク 水掛ケル 岩割レル】
なるほど。岩を焼いた後、水で急冷すると収縮して割れるということか。そうやって坑を掘るのだな。
ああ賢いやり方だ。どうやって坑の中で火を焚き続けるかは知らぬが。
【では、その掛けた水を泥のまま汲み上げて、その先の崖になった所から捨てているということだな】
【ソウダ】
そう言ってから、コボルト達がヒソヒソと話し合う。
【ここで鉄を掘ることをは、誰かに言ってあるか?】
【商人 ワルター 人間ノ 金払ッタ】
ワルター。伯爵家出入りの御用商人の名前だな。
【俺タチ 謝ル】
【何? なぜ謝る?】
【俺タチ 今マデ 山バカリ 掘ッタ 初メテ 里来タ 違ウコトモ有ル オ前 俺達ノ言葉話ス 信用デキル 言ッタ 悪イコトシタト 食イ物デキナイ 困ル 分カル ダカラ謝ル 俺 長ダ】
ほう、驚いた。
言葉は辿々しいが、倫理観はしっかり持っている。逆に人属以上かも知れん。
だが、謝らせただけでは済まないな。
村人の方へ向き直る。
「村の衆よ。コボルト達は、謝るそうだ」
おおぉぉぅ。
響めいた。
それに応じて、長と名乗ったコボルトは跪いた。
「ᱩᱵᱜᱤᱡᱝ᱗ ᱓ᱚᱡ᱖᱑᱗」
「貴族様。コボルトの長は、なっ、何って言っただ?」
「迷惑掛けて済まなかった……だそうだ」
聞いた村人は、手に持っていた得物を降ろした。
コボルトの長はそれを見て、ようやく立ち上がった。
「村の衆!」
「「「へえ」」」
「謝ってもらっても、それでは済まぬだろう!」
そこに集まった者は、驚いた顔をした。
「そっ、そりゃあ。そうですが……」
「では、どうする。まだこの者達に、手にした得物でぶっ叩くか?」
村人はざわついた。
何事か話し合っている。
「きっ、貴族様」
「なんだ!」
「あのう、悔いて謝った者を、ぶっ叩いては夢見が悪いだ」
「あっ、光神様も、良き隣人となれと仰ってますし」
「そうか、ではどうすれば良い」
「おっ、オラ達は水さえ綺麗にしてくれさえすれば……」
「ならば、策がある!」
「ほう! 策が!」
声の方向。村人の背後から、新たな松明がこちらに近付いてきた。
「バッ、バロックの旦那! 元締め!」
恰幅の良い、中年の紳士が歩いてきた。
「ラルフ坊ちゃん。こんばんは」
後には、アリーとセレナも続いている。いや、坊ちゃんもやめて欲しいのだが。
「やあ、バロック殿。良く来てくれた」
「それにしても、驚きやした。前にドワーフの言葉で話していた時も驚きましたが。コボルトの言葉までお分かりになられるとはね」
ああドワーフの件は、前にバロックさんの屋敷に行った時のことだな。
「それにしても。お前達が騒ぎを起こせば、私も伯爵様よりお咎めを受けてたでしょう。助かりやした」
また村人がざわつく。
「助かりついでに、坊ちゃんの策をお聞かせ願いやしょうか」
「いいだろう。さっき沢を見てきた」
「ほう……」
「そこで気が付いた。鉄は重い。少しでも溜まれば、上澄みは綺麗になる。だから、その辺りに溜め池を掘って、まずは使った水を一旦そこへ溜める。時間を置いて上澄みを流せば良い」
「なるほど」
「ただし、時々底を浚えて、溜まった泥を溢れさせないようにすることが肝心だ。それに泥の中にも鉄が含まれているからな。ただ捨てると言うのは、勿体ないぞ」
同じことを、コボルトの者達にも話した。
肯いている。
「いいでがしょう。溜め池については、私が責任持って手配致しやすが」
それでは時間が……いや。
俺が土魔術で、掘ってみてもとは思っていたが。使う者達が掘った方が、先々保全の面でも良いことがあるかも知れない。
「では、バロック殿にお任せする」
「ははぁ。じゃあ、皆の衆帰るぞ」
「へえ」
「じゃあ、坊ちゃん。明日は、学校も休み。朝こちらに来て下さりやすか?」
「分かった」
既に毒気が抜けていると言うか、興奮が収まってる村人達は、素直にバロックさんと帰って行った。
†
翌朝。
出掛ける時に、またもやアリーに捕まったが、どこへ行くのと言われて、バロックさんの居るところと言ったら付いてこなかった。なるほど、この手は使える。
昨夜、騒ぎになったところへ行ってみると、バロックさんと昨夜居た者以外の農民も合わせ総勢20人くらいが居た。既にバロックさんの指揮で穴を掘り始めている。
別のところでは、丸太に手掛かりを付け、持ち上げては落としている。土を突き固め崩落を防ごうとしてる。手慣れたものだ。
「おお、ラルフ坊ちゃん。おはようございやす」
「バロック殿、おはよう。できれば、坊ちゃんと呼ぶのはやめて欲しいのだが」
「ははは!」
あれは!
コボルト達と、ドワーフが話していた。種が近いらしく言葉が通じるようだ。
「ああ、私の方でも、村人から訴えられていたので、話ができる者を手配してやしたが。そのことが村人の一部には伝わって居らなかったようで。ご迷惑を掛けやした。それはそうと、あのように、2段階で溜め池を作ることに致しやした。その方が綺麗な上澄みが流せやしょう。ああ、後、鉄の鉱石は私共で商わせて戴くことになりやした」
なかなか如才ないな。
でも強かだからこそ、続けられるところはあるよなあ……。
†
さて、剣術の稽古でもするか。最近怠けていたからな。
機嫌良く家に戻ると、玄関でお母さんが仁王立ちになっていた。凄く恐い顔だ。
「ラルフ。昨日夜どこかに出掛けたみたいね。村はその話で持ちきりよ!」
「げっ!」
その日は、昼になるまで思いっきり叱られてしまった。
あとで聞いた噂は、多分に尾ひれが付いて流布されていた。
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コメント
「いいでがしょう。溜め池については、私が責任持って手配致しやすが」について、誤字指摘を戴きましたが、バロックの変な口調表現ということで、そのままにしたいと存じます。ありがとうございます。
訂正履歴
2019/06/14 「コボルト達が顔を見合わせる。」→「コボルト達が顔を見合わせる。」(ID:1512158 さん ありがとうございます)
2020/07/26 誤字訂正(ID:360121さん ありがとうございます)
2022/02/13 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/07/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




