370話 分かち合う
他人様に自分のことで喜んで貰うのは嬉しいことですね。小生もそんなに例がある訳ではないですが、高校の時2年間受け持ってくれた先生が思い出されます。遠くに引っ越したので、情報が無かったんですが。この前、その先生が母校の校長になっていることを知ってびっくり。(オチがないぞ)
「去る8月15日、プロモス王国王都カゴメーヌにて教皇猊下に拝謁した」
俺が居る場所は、王都城外の騎士団訓練所講堂だ。その舞台上に立ち、集まった騎士団員他関係者およそ100人を前にしている。救護班については過去に出動してくれた非常勤の団員も招待しての人数だ。
「そして、騎士団の名が、聖ロムレス憲章に刻まれることになった」
講堂が少し揺れるくらいの歓声に続き、拍手が巻き起こった。
だが本当に喜んでいるのは、ざっと団員の半分位だ。残りは戸惑いつつ、周りにつられて拍手をしている風情だ。
「光神教会派遣の団員は知っているとは思うが、一応説明しておこう。聖ロムレス憲章とは、250年前に現存した同名の聖者が、人々を救済する者の心構えについて説いた内容だ。憲章の文章を刻んだ石碑が、教皇領首都マグノリアにある。そして石碑の裏面には、憲章の趣旨に沿った活動をして賞された者達の名が刻まれて居るそうだ。250年間で、刻まれた個人団体はたった40前後。今回の騎士団はミストリアでは3例目の名誉なことだ」
今度は、ほとんどの団員が肯いた。250年で3例目と聞いて、流石に希少さが理解できたようだ。
「そして、こちらはその目録だ」
俺の背後。
白い幕が張られた壁に、俺の顔と掲げた目録たる木の盾が何倍か大きく映し出された。映像魔導具を2つを組み合わせて、映しながら照射する機能を作ったのだ。
「盾に輝く金属板には、こう刻まれている。ラングレン騎士団は超獣の脅威から多くの民を守りながら、怪我人を癒やすという空前の奇蹟を為した。人々を希望の光で照らしたこと賞し、憲章にその名を刻む。光神暦384年8月光神教会。ラングレンとは書かれているが、これは私の名ではなく騎士団の名前だ。皆の1人1人の働きが評価された結果ということだ。名誉に思ってくれ。そして共に喜ぼう。だが、これが目的地でない。これからも一緒にやっていこう」
再び歓声が起こったと同時に、テーブルと多くの料理が運び込まれ、宴が始まった。
俺も舞台を降りて、皆と一緒にエールを飲む。
団員の皆々が嬉しそうに談笑をしている。その顔を見られて、プロモスに行った甲斐があったというものだ。
「御館様、あちらを」
ケイロンが指差した先をみると、舞台に恐々と幼児が出てきた。
「とうさまぁぁぁ!」
俺を見つけたようだ。
その声で、皆もルークを見付けた。キャァァァと黄色い声があちこちで上がる。彼は団員……とりわけに女性団員に絶大なる人気を誇っている。
「ルーク、そこで待っていろ」
俺にローザ、アリーもここに来るから連れてきたのだ。
舞台の下で手を伸ばすと、上からルークが抱き付いてきたので降ろしてやると、あちこちからルーちゃん、ルーちゃんと呼ばれて、くすぐったそうにしている。
救護班の女性神職見習い達が寄ってきた。前に後輩の修学院卒業生ですと挨拶を受けたな。
「あっ、あのう、この子は御館様のお子様ですか?」
「ああ」
新入りだから、館に来たことがないのだろう。この子のことは、よく知らないようだ。
「うん。ルークだよ。おねえちゃん」
「かぁわいい」
「ねえ、歳はいくつ?」
「2さい」
嬉しそうに小さい指を2本立てる。
「お顔が御館様とそっくりよね」
「目元はねえ、でも口元は、アリー班長でしょう」
「えっ? 班長の子なの?」
「うううん、かあさまのなまえはローザンヌだよ」
「ああ、ローザンヌ様か」
「賢いわねえ」
「ちょっと! うちのルーちゃんを口説かないでくれる」
アリーが近付いて来て、抱き上げた。
「やあ、ラルフェウス卿。おめでとう」
振り向くと非常勤に退いた、エリザベート女史が居た。
「ありがとうございます、先生。ラルフと呼んでもらって結構ですよ」
「まさか、聖ロムレス憲章に載った人は、準聖人だからね」
「ですから、載ったのは騎士団で」
「ああ、そういうの良いから。騎士団を作ったのは貴卿なのだから、その成果は貴卿の成果だよ。アリー班長が居たというのは大きかったのかも知れないけど、そもそも救護班を作って帯同させるなんて前代未聞のことをやり始めたのは、貴卿なのだからね」
「ほぉ。最近5人ほど生徒を教えることになった所為か、随分人間が円くなりましたね」
「たまに褒めたらこれだよ。それにしてもよく知ってるねえ。そうそう、そうです。貴卿の評判が良すぎて、志願者が増えちゃったんだよ……」
謙遜というより、本当に嫌そうだな。
「良いじゃないですか、先生の論文執筆が捗るでしょう」
「捗る程の生徒がそんなに居たら、大した論文じゃないってことだよ。まあ良いけど。それより、教皇はどうだった?」
おっと反撃が来た。
「はあ……」
「はあじゃ、わかんないよ」
「では。高位の宗教者の割には、現実がよく見えて居る方だとは思いました。ミストリアの大司教座下も同じですが」
「ふーん。やっぱりねえ。貴卿のことだから、教皇に会っても舞い上がったりしないか。超獣を斃しに行ったって聞いて少し心配したけど。大使も立派にやってるものねえ。心配無用か。おっと、後が支えて居るようだから、この辺で。また館に遊びに行くよ」
心配か。一応俺は教え子の内に入っていたらしい。
「ありがとうございました」
先生の言う通り、俺の前に列が出来ていた。
† † †
翌日、王都南街区にあるプロモス大使館を訪れた。
「お久し振りです、大使」
いつもなから、クローソ殿下は美しい姿だ。心なしか顔が紅潮している。
「やっ、やあ、ラルフェウス卿。元気そうだね」
なんか挙動不審だ。
「あのう。お身体の具合が悪ければ、出直しますが」
大きな眼をさらに見開いた。
「そんなことはない。体調はすこぶる良い」
「それはよかった」
失礼ながら人体鑑定魔法を使ってみたが、確かに心拍数が高いが、問題は無い。そのまま歩いて、応接に通される。初めは非公式の会見という扱いにされたようだ。
「貴卿は、巨大超獣を斃したそうだな」
今朝の新聞には、何社も載せていた。
「はい」
「どの国の魔術師も斃せていなかったのだろう。大丈夫だったのか?」
「それが、私の仕事ですから」
「それは分かっているが……」
「ご心配を掛けたようで。恐縮です」
「しっ、心配などしていない。貴卿の力はよく知っている」
やはり、何か落ち着かない様子だ。
「そうですか。ああ、当家のアリシアから聞きましたが、先日我が館へお出で戴いたそうで」
「あっ、ああ。迷惑かな」
「いえ、お付きの方の数を絞って戴ければ、特には」
メディナ秘書官が笑いを噛み殺している。
「あの何か?」
後ろに立つアストラも、流石に変だと思ったようだ。
「ああ、いえ。昨日、本国から書状が届きまして、女王陛下からも……」
「メディナ!」
珍しく声を荒げた。まあ外交の席では希だ。
「あっ、ああ。済まない。もうぅ、この際言ってしまおう」
何か思い詰めているようだ。
「はぁ」
「陛下が、私を卿の側室にどうかと申し入れたそうだな」
ああ、あの話か。
おっ。背後から息を飲む音が飛んできた。ああ、アストラは同席していなかったからな、相手は王族だし驚くのも無理ない。
「ああ。いいえ。申し入れと言っても座興ですよ、あれは」
「母上が座興など言うものか! そっ、それはともかく、卿は即座に断ったそうではないか」
興奮したのか、陛下が母上に変わってる。それから、ぇぇぇとか言うな、アストラ。
「では、承諾すればよろしかったですかな?」
「ぐっ! そっ、そうではなく、即座にと言うところが、きっ……そう、仮定の話だとしても気に入らなかっただけだ」
「一国の王女を側室に、そのような失礼は、仮定としても致しかねるのでお断りしただけのこと。無論、私にはローザが居りますので、正妻にすることもできませんし」
「ばっ、馬鹿を言うな。ローザンヌ殿は薙刀の達人と聞いた。立ち居振る舞いから見ても相当出来る。私はまだ死にたくないぞ!」
いや、ローザと勝負しろと言った訳ではないのだが。
「まあ、私としてはローザは無論のこと、ルークを泣かせたくないですからね」
母が悲しむとルークに伝染するからな。
「ルーちゃん……かぁ。ああ、こんな話をして悪かったな。母上にも手紙で伝えておく」
おっ。やはりルークのことは効き目があるようだ。フラガによると俺が不在の館でも数時間遊んで居たそうで、相当気に入ってるらしいからな。
顔色が普通となり、訪問当初から感じていた違和感がかなり薄れたので、外交の話をようやく始めることができた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2021/05/08 誤字訂正
2021/05/28 脱字訂正(ID:209927さん ありがとうございます)
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)




