368話 束の間の
何気なく、束の間のと書いて。なぜ束の間が短い時間なのかと思い直し、束が長さの単位(7.7cm)と知る。ほぇぇぇ……。
王宮差し回しの馬車で帰ってきた。
館への最後の辻を曲がった頃、13時の鐘がちょうど聞こえて来た。
馬車に乗ったところで通信を入れたからか、本館玄関にほぼ家族総出で出迎えてくれている。
「とうさまぁぁ」
降り立つと、息子が駆け寄ってきた。
「おかえりなさい!」
「ああ、ただいま。良い子にしてたか?
「うん。してたよ」
両脇に手を入れて持ち上げ、一周回るとキャッキャと歓声をあげる。そのまま胸に抱いてやる。
「お帰りなさいませ。旦那様」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ」
ローザ、アリー、プリシラの順だ。
「ああ、ただいま」
ローザが、ルークを受け取ろうと手を伸ばしたが、いやいやと首を振っている。抱いたままホールに入ると、モーガンを始めとしたほとんどの従業員が並んで居て一斉に挨拶された。
「皆。ご苦労」
「お帰りなさいませ。昼食の用意が調っております」
モーガンだ。
「そうか。では着替えて食べるとしよう」
「ああ、やだやだ」
降ろそうとしたら、やはりルークが嫌がった。
「ルークは、お昼寝の時間じゃないのか」
「うぅぅ……」
「起きたら、一緒に遊んでやる」
「やったぁ。きっとだよ」
現金なものだ。
フラガと手を繋いで、廊下を駆けていった。
執務室へ行って、久しぶりにローザに着替えさせて貰い、持って行った服を出す。生活魔術で綺麗になっているはずだが、下着とかは洗濯するそうだ。
食堂に行くとプリシラが赤ん坊を抱いていた。
「おお、レイナ。元気だったか?」
顔がまん丸になってきた。顎の下を弄ると、身を揉んで喜ぶ。
「元気にしていました」
無論プリシラだ。
「それは良かった」
それではと言って、乳母がレイナを抱いて出て行った。ちょっと淋しい。
俺がテーブルに着くと、妻達も着席した。不審に思っていると、4人分の食器が運ばれてくる。
「なんだ。皆食べてなかったのか?」
王宮からの通信で、昼は過ぎるから先に食べていてくれと伝えたのだが。
「はい」
「ああ、あの。ローザさんは、食べなさいと言われたのですが」
「そりゃあ、旦那様が帰ってくるのだから待つわよ」
プリシラとアリーは返事したが、ローザは肯いただけだ。
「それは悪かったな。留守中変わったことはなかったか?」
「はい。特には。来客としてはナディさんが4日前、クローソ殿下が3日前に来られました」
「殿下が?」
何してるんだ、あの人は。
「仕方ないわよ。こっちには知り合いとか友達が居ないんだって。大丈夫、大丈夫。今回は、お供が2人だけだったしね」
庇うところをみると、どうやらアリーと仲良くなったのだろう。
明日の午後にでも表敬訪問しておくとしよう。
しばらく、食事を進める。
「そうだ。ラグンヒルで斃したって超獣は、どのぐらい大きかったの?」
「うーむ。体長30ヤーデンぐらいだった」
ローザとアリーは怪訝な顔だ。
「あれ? 割と普通なんじゃ……」
「アストラからの手紙には巨大超獣と書いてありましたが」
「そうよ。巨大って言えば、百ヤーデン位じゃないの?」
「ああ、最初見た時は直径それぐらいあったな」
「はぁ?」
「あのう、意味が分かりかねますが。それに直径って」
「その超獣は、ちょうどこの卵みたいなものだ」
出されたゆで卵を差す。
「卵?」
「んんん?」
丸く取り除かれた殻の穴から匙を突っ込む。
「皆が巨大超獣と見ていたのは、実は白身の部分だ。本体は黄味でな」
掬って口に運ぶ。絶妙な半熟だ。
「俺は、白身を流し、黄味の本体を斃しただけだ」
「いやいや、そうなのかも知れないけど。西方諸国の魔術師は誰も斃せてないのでしょう?」
「これまではな。やり方が分かったのだから、これからは次々斃せるだろう」
「ねっ! 分かったでしょ。旦那様の事は心配しても無駄なのよ。お姉ちゃんなんか、一昨日は一日食事が喉を通らなかったものね」
「なっ! アリーたら」
「私は心配なんてしないからね」
「うっふふふ!」
プリシラが笑いだした。
「何よ!」
「だって、アリーさん。夜中に、セレナに抱き付いて泣いてたじゃないですか」
「うっ……」
瞬く間に、顔が真っ赤になる!
「見てたのね……」
「私も寝られなかったので、おあいこです」
「ローザ、アリー、プリシラ。心配かけて済まないな。だが……」
「仰らないで下さい。旦那様。心配しないわけには行きません。が、ラルフェウス・ラングレンの妻となったのですから、皆覚悟はしています」
「そうか」
あれをとっとと作らないとな。
「ああもう! お姉ちゃんは、すぐ良い格好するんだから。でもね……まあそういうことよ。ねえぇぇ、プリシラ」
「はい」
ウチの妻達は、仲が良いようだ。
†
2時過ぎにルークが昼寝から起きたと言うので、離れに移動する。
「ルーク。お土産だ」
「やったぁ」
わーと言いながら走って寄ってくる。
「まずはこれだ」
魔収納から取り出す。
「えーと、おうまさん?」
「木馬だ」
幼児向けの体高(肩の高さ)30リンチ程で、4つの環が付いている。
「これって、こう?」
「そうだ、そうやって跨がって、自分で蹴って進んだり、この綱を付けて誰かに牽いて貰うと良い」
言う前に跨がって、ガラガラと遊び始めた。
「うれしい。とうさま、ありがとう」
「ああ」
ふむ。本当に嬉しそうだな。精神年齢的にどうかなと思ったのだが。
「ルーク様、私が牽きます」
「フラガ、待て!」
「はっ、はい」
手招きすると、フラガは眼の前まで来て緊張したように直立した。
「フラガにもお土産だ」
「えっ?」
箱を取り出し、開けて渡す。
「これを、戴けるのですか? 私に?」
「なになに?」
ルークが寄ってきた。
「ペンですよね?」
「きれぇ、よかったね。フラガ」
「フラガは、文字の手習いを始めると聞いているからな。丁度良いだろう」
琥珀の軸に、ミスリルのペン先が付いたものだ。ルークの言う通り、軸は磨き抜かれていて光沢が美しい。
フラガが、何度も瞬いた。
「とても、うっ、嬉しいのですが。こんな高価な物、戴けません。そうだ! ルーク様がお使い下さい」
「えっ?」
「遠慮するなフラガ。ルークには少し早いが、同じ物を買ってきてある」
同じ箱を、ルークにも渡す。
「やったぁ。おそろいだねえ。フラガ」
「あっ、ありがとうございます」
両手で捧げながら片膝を床に着くと、鼻を啜りあげた。
それを見たルークは、頭を撫でてやっていた。
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訂正履歴
2021/04/24 誤字、少々加筆。とっと→とっとと(ID:1374571さん ありがとうございます)
2022/09/24 名前取り違え(ID:288175さん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




