365話 恐怖は後からやってくる
サブタイトル通りで、現在進行の時はそうでもないんですが、終わってからおおぅってことが頻発。
地極垓棘。
地表から無秩序で鋭利な棘を無数に突き出させ、対象を串刺しにする魔術。
だが棘の硬度を作り出しているのは魔術。
この超獣の魔導障壁を破るのは困難だ。
だから、俺が魔術を作用させているのは地下奥深くだ。
敢えて上面は地表面そのままに。
持ち上がった地面は、円を周方向に6分割した扇型断面をもつ柱状体なのだ。
これは魔術で維持しているのではなく、そのように予め切断してあるだけ。
そう。さっき俺が地面すれすれを飛行して、この形になるよう魔導の刃で大地を斬ったのだ。旋回中に小旋回を入れたのは、その円を6分割するため。
したがって、柱状体の上面が魔導障壁と接触したとしても、正に目にしている通り、大きく形を損なうことはないという訳だ。
狙い通りだ!
あとは。
脳裏に、対角の2柱が隆起し、他4柱がその半分程沈降する光景が浮かべる。それがそのまま、目の前に一辺40ヤーデンの土柱となって、轟音と共に屹立していく。自分の背を遙かに超える高さだ。
目の前の超獣が、柱の高さに沿って波打った。
超獣の魔導障壁は重力までは遮断できない。だからこそ鉛直方向に潰れていたのだ。
はっぁぁぁぁああああ!
気合いが届いたか、柱の隆起と沈降具合が変化し始めた。無論俺の念じた通りの秩序を保った動き。対角の2柱が対となって同じ高さを保ち、3対が次々とまるで波涛のように上下する。無骨にして滑らかな正弦波だ。
その上に乗っている超獣も、ただでは済まない。
地面の動きに合わせて、波打ち、うねった。
腕から迸る魔力の高まりに合わせて、波動の周波数は上昇。超獣の躰は未知の張力で凝集されているからか、その変形が俺が作り出す波動から遅れ始める。遅れは干渉を生んで猛烈な旋回力に変換され、超獣は徐々に回転を始めた。
慣性と遠心力が超獣を固くし、振幅が小さくなって行くと、回転速度が上がりますます円盤となっていく。
俺は立ち上がって掌を払う。
腰に手を当てると、地が放つ轟音に負けない嬌声が耳に届く。
ああ、また嗤っている。何がこうも俺を愉快にさせるのか。
その答えが出る前に、超獣はその皓さを喪い褐色に染まった。
破綻だ。
魔導波をいくら遮断できるとしても、超獣自らの摩擦は避けようがない。夥しく加熱されたことで超電導が破れ、常電導に遷移した。
今だ!
そう思った時には、既に100ヤーデンの高みを飛んでいた。
【萬礫!】
虚空に無数の塊が出現し、刹那に音速を超える。爆音を曳いて落下、超獣へ突き刺さった。
もはや物理無効を謳われた魔導障壁は存在しない。
**無効──
そのような事象は、この世には有り得ない。
最強の楯も強度を上回れば破壊できる。数万年も存在する氷河も溶かすことができる。
問題は、必要な魔力を投入出来るかどうかだ!
できないから無効と誤解しているに過ぎない。
この魔導具が映した光景が根拠となる。
決壊!
巨体が痙攣を起こしたよう衝撃波が拡散、体液を押し留めていた体表面力場を打ち破って、四方八方へ洪水を起こした。
どうだ!
体液を喪って超獣は一気に萎んだが、全体ではない。
核か?
中央にまだ直径30ヤーデンもの球塊が遺った。
いや。おかしい!
ここまで崩れておいて、昇華もしなければ、光粒子となって散華もしない。これは超獣が依然として健在の証左。
仮説を書き換える必要がありそうだ。
ん?
なんだ?
球塊の内部が動いた。
何かが球体の中に居る。
まるで孵化前の雛が身動いだようだ。
つまり、超獣はスライム状ではない!
超獣の卵だ。必死に魔術を使って、崩壊させたのは卵の白身に過ぎないのか。
それがどうした! あれが卵ならば、本体をやっつけるだけのこと。
身構えた途端、球体が閃めいた。
これは──
光りが失せる前から、姿が見えた。
竜だ。
伝説の魔獣、あるいは超獣と称される種。
球は消え超獣のみが残った。
青黒く鱗状の皮膚、首尾が長く、四肢に雄大な胴。
地竜や亜竜の類いではない。
公式記録には現れず、太古に絶滅したとされてきたが……竜に違いない。
何よりその放散する魔圧が段違いだ。
だが、まともではない。
自分の身体を支えるのもやっとなのか、ふらつきよろける。強力な魔圧も不安定でムラがありすぎる。どうやら本調子ではないらしい。
孵化間もないからか?
あるいは未だ成熟することなく、外界へ引っ張り出したからか?
知ったことではない、ヤツの体調が整うまで待ってやる義理など欠片も持ち合わせては居ない。
【魔鏡殻──囲集】
以前は思考加速を用いてようやく編み上げた魔術をなんなく、より強力に行使する。
さながら再び卵殻に封じる如く、魔導障壁が竜を包み込んでいく。
【竜爪白炎!】
卵内に火が灯った。
容赦のない灼熱は、断末魔を数秒で押し留め、瞬く間に光粒子を弾けさせた。
魔力投入を途切らせると障壁が失せ、残った熱が凄まじい上昇気流を生み出した。
どくどくと鼓動が耳で反響する数秒。どこからともなく集まってきた、光粒子が完全な球体を形作った。
魔結晶だ。
撃滅──
手が震えていた。それが腕、胴と伝わって足先まで。恐怖を思い出した。
腹に力を入れ、数度呼吸を平らかに戻していった。
どうやら、まだ俺は人間らしい。
大きいな。
直径3ヤーデンもの真球は変わらず俺の目前に浮かんでいた。少し蒼味掛かっては居るものの極上の透明度で、その向こうの世界を歪めて見せている。
反芻は後において、やるべき事を済ますとしよう。
腕を伸ばすと、すっと消えた。
大地に降り立ち、まだ体液が滑り光る地表面の一部を削り取って、それも収納した。
荒野の先に感知される、パコニスという都市へ飛んだ。
†
城内に数十名の人間の反応があったので、そのまま上空に停止する。
【音響増厖!】
「パコニス城内の者に告ぐ! 繰り返す、パコニス城内の者に告ぐ! 戸外に出て空を見上げよ!」
発した大音声に呼応したのか、庭園に3つの人影が出て来た。
「上だ、私は上に居る」
こちらを認めたようだ。指差している。刺激しないよう、高度をゆっくりと落としていく。
「私は、ミストリア王国特命全権大使にして賢者、ラルフェウス・ラングレンだ。貴国の在プロモス大使マゥレッタ殿の依頼を受けてやってきた。入城許可を願う。許可される場合は、腕を振られよ」
革のコートを着た者が腕を振ると、その脇に居た男が何度も振った。
音も無く、庭園に降り立つ。
総白髪で老境の男が杖を衝きながら、こちらにやって来た。側で30歳代だろう男が支えている。
「私はパコニス城主にして領主、伯爵のマルガリスだ。ラングレン卿といえば、音に聞こえたミストリアの大魔術師、天駆けてきたところをみると間違いは無かろう。その貴公が我が国のプロモス大使にどんな依頼を受けたと仰るか?」
「言うまでもなく、貴国、それもこの城の南西に現れた、巨大超獣の駆除をと」
老伯爵の眉間に一層深い皺が寄る。
「なんと、超獣をだと! 大使め、何たる恥知らずか。たかが超獣退治に他国の手を借りるなど、有ってはらんことだ!」
杖を取り落として、拳を握った。
たかがね……。
「ラングレン卿! 貴殿に対して何の隔意はないが、疾く去られよ」
「父上!」
ふむ。この人は伯爵の息子か。
「ヨアヒム、そなたも申せ」
「はっ、はい。父上。賢者殿、遙かラグンヒルの地までお越し頂き感謝致します。しかし、我が国最強の上級魔術師が、一昨日出陣したのですが。つい先程、息があるのが不思議な程酷い姿を、警邏の者達が見付けました。それほどにあの超獣は強いのです。あなたもここを立ち去り下さい」
言い切ると悲痛な面持ちで顔を背けた。本心とは異なる事を言っているのだろう。
この硬骨の伯爵父子は、ここで死を待つ覚悟らしい。
しまった。礼を尽くそうとしたのだが。
「大事なことを申し遅れた。こちらをご覧戴こう」
先程収納した巨大魔結晶を出庫した。
「これは、魔結晶と申して……」「父上、父上!」
はっ?
魔結晶を見上げた伯爵は驚いた顔のまま失神したようで、傍らにいた息子に支えられた。
すぐさま執事が数名寄ってきて、彼を屋内へと運んでいった。随分手際が良いな。
「ああ。ご懸念には及ばぬ、父の持病で大事有りませぬ」
ふむ。慣れているのか。
ヨアヒムと呼ばれた貴族は、こちらに向き直った。
「先程は大変失礼なことを申しました。パコニスの町を救って戴き、心より御礼申し上げます」
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訂正履歴
2021/04/07 誤字、少々加筆
2022/08/09 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2025/05/06 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




