363話 ラルフ 煽動に乗る
結構煽動するのが好きらしいです>小生
……さて、教皇は何を言い出すか。
大司教に拠れば、俺の意に沿わないことは言わないそうだが。果たして──
「ラルフェウス・ラングレンの事績は大いに喜ぶべきだが、世界が瀕する現在を鑑みれば、手放しというわけには行かぬ」
ふむ。
「来たるべき世界を襲う災厄が、たとえ光神が我らを験す試練だとしても、人類を糾合して乗り越えねばならぬ」
ほう、これは。
光神の思し召しならば甘んじて受ける……ではないのか。少し意外だ。
跪いた俺と教皇の視線が交錯した。
「この苦難を前にして、国だ、種族だといがみ合っていれば、人類は塵芥も同じではないか? そなた程の者は、誰が頼むでもなく進んで先頭に立たねばならぬ、いや、立たないでは居られぬだろう。違うかね?」
なかなかの煽動だ。
だとしても悪い話ではない。俺の念願は超獣の根絶だからな。
だからといって──
「超獣と対峙するは我が誉れ。しかしながら賢者としてミストリア国民の負託を受けている身。秩序を破壊する訳には参りません」
貴族として禄を食む身だ。
「良い答えだ。秩序の方は我々が何とかしよう。近い内にな。だがそれにはある物が必要だ」
ほう。そんなことができるのか? できたら流石は教皇というべきか。
「ある物とは?」
「信頼だ。巨大な超獣に対抗出来るという証が欲しい」
ミストリアにおいて近年出現した最大級超獣の体長は50ヤーデン。しかし、西方諸国では100ヤーデン超だ。これらの撃滅は皆無。人口希薄地での昇華が精一杯といわれている。
「幸いにも我が国には、そのような超獣は……」
「そうだ。そこが頭の痛いところだったのだがね。ラグンヒルの件は耳に入っているだろうか?」
「プロモスの国境近くで出現したという、超獣の件でしょうか?」
教皇は肯いた。
いやいや!
言い返そうとしたところを、掌を見せて止められた。
「ミストリアとラグンヒルが、賢者を融通できる条約を結んでいない事は承知している。そうだな……後は、ご自身で交渉されては如何か?」
ん?
視線が俺の後ろに集まる。振り返ると俺が入って来た聖堂の入り口に見覚えのある顔があった。
「マゥレッタ閣下」
在カゴメーヌのラグンヒル大使だ。
「ラングレン閣下。名前を憶えておいて頂き光栄です……」
まあ懇親会で一度会っただけだからな。
「……我が国との条約交渉の進捗が芳しくないところ、大変申し上げにくいのですが」
ラグンヒル王国は独立心が高く、国際条約をなかなか結ぼうとしない。
俺が出張ると反感を買う可能性が高いと言うことで、外務官僚が主担当だ。そう言った訳で、ラグンヒルへは公務では、1度しか行ったことしかない。あとはスパイラスで開かれた会合には出たことがある程度だ。
「件の超獣対応に、ラングレン閣下のお力を借りたく存じます」
両手を握り合わせ頭の前に持って行き、腰が下がった。
「承りました」
「はっ?」
即答したのが余程意外だったのか、大使は体勢を崩しそうになった。
外交の相手の面目を潰して懇願させるのは遺恨が残るものだ。喧嘩を売るつもりでもなければ悪手だ。
「あっ、あのう」
「承諾されましたぞ、良かったですな」
教皇に諭されても、彼は何度か瞬いた。
「ああ。それは、嬉しいのですが。しっ、失礼ながら、本国に照会しなくとも大丈夫でしょうか?」
「我が主からは、先の宣言に基づき全力を尽くせとの命を受けております。さらに私は、全権委任大使です。何の問題もありません」
「まっ、真ですか。ありがたい。ラングレン閣下ありがとうございます。ああ、クラウデウス陛下にも御礼を……」
「今はご無用に願います。件の超獣に対応出来た暁に伺いましょう。教皇猊下、拝謁の途中ではありますが、急用ができました。これにて失礼致します」
「よくぞ申した。光神のお導きあらんことを!」
†
大使館に戻ると、マゥレッタ大使から情報提供を受け、リツカール大使とアストラに後事を託した。
大使館を出た足で、都市間転送所を使い最寄りの北辺の都市へ転送された。この辺りは、プロモスの男爵位を持って居ることで円滑に手筈を整えることができた。まあ、この町まで距離にして精々500ダーデン程度だ。駄目なら駄目で、それほど困らないが。
そして、今は魔術を使って絶賛飛行中だ。既に国境を越え、ラグンヒル王国に入っている。目的地は……ざっとした超獣の出現場所の特定方法しか聞いていない。だが──
ヤツの居場所は、あと北西に150ダーデン程だ。
それほどの距離があっても、なぜ分かるのか?
ラグンヒル王国内。この広大な荒れ地に土地勘などはない。ここには来たことがないからな。
とはいえ、けして俺が凄い訳ではない。ヤツが放つ魔界強度が強すぎるのだ。どこに居るかありありと分かる。要するに、それだけ強者であり隠す必要がないと言うわけだ。
地面のうねりと点在する緑が、後ろへ後ろへと矢のように飛んで行く。
滑るように近付いて来た雲に突っ込み貫く。
痛快な巡航が10分も続いた頃、地面にこんもりとした盛り上がりが見えてきた。
超獣だ。
まだ10ダーデン弱は離れているのに、もう視認できた。
空恐ろしいばかりの大きさ。
ぐんぐん近付くと姿が顕わになってきた。陽光を浴びて白く光っている。
珍しく戦慄が沸き上がる。
「ハハハハ……」
その心情とは不釣り合いの音。
俺以外が発する訳もないのだが。
愉快この上ない。
超獣根絶を願う俺が、超獣と闘えることを歓ぶ。
しかも敵は巨大化した個体──
どうしようもない罪深さ、悍ましき性だ。
はっきり見えた。やはり巨大超獣は、少し鉛直方向に潰れた球体だ。
直径にして120ヤーデン程。
1ダーデン程の距離まで詰めて、空中に止まる。チリチリと肌で分かる程魔界を感じる
これまで斃してきた超獣は様々な形態だったが、巨大超獣は報告されている限り、現在見えている形態だ。何かしら理由があるのだろう。
それにしても、俺がこれまで斃してきたやつらに比べれば段違いにでかい。体積は10倍以上あるだろう。
高度を上げ、眼下に見えるほどに近付く。
白く丸い見た目に凶相を呈しはしないが、その周りに漂う白い靄が異形を際立たせている。
どうやっているかは知らないが、こいつは転がることもなく、ゆったりと北東に向かって進んでいる。
この先、視覚を強化すると50ダーデン程先に川が見える。あの辺りに大使の言っていたパニコスという都市があるのだろう。こののんびりとした速度でも明日には到達するに違いない。
ところで、巨大超獣は何でできているのだろう?
鑑査魔術を使ってみたが、全く分からない。こいつの中に魔導波が一切入って行かないようだ。
この巨体になるまで、何を喰ってきたことやら。素朴な疑問が浮かんでさえ来る。
そして進んで来た方角、南西に目を向けると、白い帯が伸びている。その先はキラキラと日の光を照り返している。よく見れば、何者かに掘り返されたかのように、表面が荒れ、無数の氷柱が突き出ている。
要するに、地面が凍り付いているのだ。氷原という訳だ。
超獣自体が極低温状態であることは、鑑査魔術を使うまでもなく分かる。
およそ生物というのは、温度が低下すればするほど代謝が落ちて動けなくなるはずだ。魔獣も、これまで対してきた超獣もそこから逸脱したものは見たことがないが。
常識の埒外だ。まあ、常識に遵えば、ここまで大きくはならないのだが。
むっ!
300ヤーデン前方。急速に魔圧が高まる。
上級魔術鮮紅炎──
深紅の大焔が地上から起こり、白き球体に迫った。
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訂正履歴
2021/03/31 脱字,余分な文字残存(ID:1374571さん ありがとうございます),誤字訂正
2022/02/16 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2025/03/04 国名訂正(ran.Deeさん ありがとうございます)




