362話 クワルナフ
なくて七癖とか言いますが、意識してない習慣って、ふとした時に気が付きます。
翌日。大司教の注文通り早い昼食を摂って、カゴメーヌ大聖堂に向かった。
到着は午前10時30分。
大聖堂前の広場には千人以上の群衆が詰め掛けており、教皇一行の到着を今や遅しと待ち構えている。俺はというと裏小路から大聖堂に馬車で近づき、通用門から入った。
少し待たされたが大司教と合流し、2階の神職が使う区画の一室で待つことになった。
到着は、12時少し前の予定だったそうだったが、11時過ぎに広場の方から大きな歓声が聞こえてきた。
大司教は立ち上がると、窓に近付き外を眺めている。
「ご到着されたな。卿も見るか?」
「はい」
大司教と入れ代わりに俺が窓辺に立った。
広場の中心に馬車があり、その周りを人が集っている。馬車の外周、蒼い制服を身に着けた兵が割って入っており、辛うじて進路を確保している。
ゆるゆると進み、聖堂の玄関に着いたようだ。ここからは玄関の屋根で死角になって直接は見えない。再び歓声が上がった、教皇が降り立たれたのだろう。
席に戻って、座り直す。
「プロモスの兵は、警備に出ては来ないのですね」
「そうだな。光神教はプロモスでは国教ではないからな」
そうではあろうが、教皇は元首でも有るのだが。
「それに、取り巻くマグノリア騎士団が良しとはしないのだ。さて、ラルフェウス卿、追っ付け呼び出しが来るぞ」
†
その言葉通り、呼び出しはまもなくだった。
大司教に付いて、薄暗い聖堂の中に入る。
窓の光りを浴びて目映い祭壇の前に、白地に青刺繍が鏤められた聖衣を身に着けた男が立っている。
教皇テオドリク4世だ。三重冠を被っているからすぐ分かる。俺と同じぐらいの身長だ。
その横にいる細身の男は、紅い肩掛けをしているところを見ると枢機卿らしい。いずれもミストリアでは輩出したことがない位階にいる人物だ。
それ以外にも聖衣を身に着けた者が、5人段上居る。
そして、彼らの前方。両脇を固めるように、蒼いベストを纏った兵が左右にそれぞれ10人並んで居る。有名なマグノリア騎士団のようだ。
「ミストリア教区ヴォロス大司教、同国ラルフェウス・ラングレン。御前に」
西方諸国が使うエスパルダ語だ。わかりやすくて良い。
名を呼ばれたので胸に手を当てて親礼し、聖堂内を祭壇に近付いた。
その時──
リリリリッリリリリリリリリッッリリッ…………。
耳障りな音が堂内に響き渡り、刹那に殺気が漲る。
騎士団の多くが腰の剣柄を握り、物々しく祭壇の前に立ちはだかった。
騎士団の1人が手にした杖に着いた鈴が音源──魔導具だな。杖の中程に触ると、音がかなり小さくは成ったが、まだ鳴り続けている。
彼がシャリシャリと鎖帷子を鳴らしながら俺に近付くと再び音が高まり、さらに俺に向かって翳した段階で魔導具は元の音量を放った。
そして騎士が杖の下端に手を当ると、ようやく音が収まった。
「この者だ!」
その言葉を待つまでもなく、集まってきた騎士が俺を取り囲む。
「何事か!」
大司教が庇うように一喝したが、騎士達は動じない。
「口出し無用! この者が、魔術を発動していることは、この警告具にて明白!」
ああ、あれか。自分でも意識していなかった。
「なぜ魔術を使う、返答如何では」
「魔術師が、魔術を使うことは、息をするより日常──」
「黙れ!」
鞘走りの響きと共に、俺の喉元に直剣の切っ先が突きつけられる。
迂闊に動けば、本気で俺を斬る気らしい。
「騎士団長、不粋な物は仕舞いたまえ」
教皇の前に立ちはだかった紅い肩掛けの男が命じた。
「枢機卿殿!」
「有害な魔術ではないようだ」
ふむ、魔力量が人並み以上、それに痩せて居る。枢機卿も魔術師のようだ。
「しかし、全ての魔術を阻むのが我らの務め」
「ふむ。ラングレンとやら、その魔術は止めることはできぬのかね?」
「分かりました」
魔術を普通に使えるようになって以来、戦闘時も、国王陛下の前でもずっと使って居る。習慣というより既に体質の一部、どちらかと言えば止める方が意図的しなければならない。が今は致し方ない。俺は、常時発動しているとある魔術を解除した。
「うぅわ!」
「あれは、何だ!」
騎士達の視線が、俺の頭上に集まった。俺は直視出来ないが、環が浮かんでいることだろう。足下が明るいからな。
「我が身体を循環する魔力が周囲の魔界を励起し、光りを放つ現象──害はありません」
なぜ環になるかは知らないが。
「なっ、ならば。なにゆえ隠した?」
「このように人目を引き、騒ぎになるゆえ」
さっきの騎士が、もう一度警告具とやらを俺に翳したが、鳴り出すことはなかった。
「魔術は、止まっているようです! げっ、猊下?」
いつの間にか、教皇がすぐ近くに居た。
「霊光冠をこの目で見ることになるとはな」
「猊下、危険です!」
「危険などない。古の聖者にも発現した吉相である。だが、これでは眩くて話もできぬな。先の魔術の行使差し許す」
ふっと、息を緩めると再び常時発動が戻った。
「光りの冠が消えた!」
聖堂内に薄暗さが戻ったが、目の錯覚でより昏い。
「さあさ、こちらへ」
教皇の言葉で、俺を囲んでいた騎士団の殺気は霧消している。一歩踏み出すと、人垣が解けた。
教皇の先導を受けて、祭壇の前まで来た。
「とんだ顔会わせとなったな。まずは遠きプロモスの地までよくぞ来てくれた、礼を言う」
跪いて答える。
「光栄に存じます、猊下」
ふむ。もっと感動すると思ったが。
対しているのは光神教会の教徒5千万の頂点であり世界の指導者の1人なのだが、我ながら冷静だ。やはり、俺の信心が足りないのだろう。
「ラルフェウス・ラングレン。そなたはミストリアにて多くの超獣を斃すに留まらず、多くの民を魔術と薬により救って居ると聞いておる」
「ヴォロス大司教座下をはじめ光神教会の神職、神職を目指す学生の皆様に絶大なるご協力を戴いております」
「ヴォロス如何に?」
「確かに教区の者達が共に汗を流しておりますが、ラングレン卿の主導なくば成り立ちません」
教皇は、大きく肯くと腕を多く広げた。聖衣の緩やかな皺が広がり、蒼い刺繍がはっきりと見える。
「ならば、ここに宣言しよう。我テオドリク4世は、光神がラルフェウス・ラングレンを遣わされたことを、教徒ならびに人類と共に喜ぶ。そして明日を生きる心の糧とすることを!」
神職の1人が手を打ち始めると、波の如く広がって聖堂が拍手に包まれた。
肩を叩かれた。
大司教だ。彼が嬉しそうにしているので、俺も頬が緩んだ。
「謹みて、喜びの輪に加わりたく存じます」
俺も胸に手を当て謝意を示す。
「殊勝なり!」
「はっ!」
「この奇蹟を永く語り継ぐため、聖ロムレス憲章に刻むものとする」
「ありがたき幸せに存じます」
まあ、俺自身は嬉しくも幸せでもないが。目録は貰えるそうなので、一緒に救護活動をやってくれている面々は嬉しいだろう。
ふむ。騎士団はともかく、教皇とのことは予定通りだが……ここまでは。
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訂正履歴
2021/03/27 誤字訂正、表現変え,警告具の鈴→杖
2021/03/27 誤字訂正(ID:1374571さん ありがとうございます)
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/19 誤字訂正(ID:1844825さん ありがとうございます)
2025/03/04 国名訂正(ran.Deeさん ありがとうございます)
2025/05/24 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




