361話 教皇登場
さあ。広げてきた大風呂敷をやっと畳み始めることができます。
結局、脳内に入れてある知晶片の内容を、読みつ眺めつしている間に夜となった。
久々に贅沢な時間の遣い方をした。
さて寝ようかと思い始めた頃、夜には似つかわしくない眩い光が窓の外に見えた。それが瞬く間に室内に入ってきた。壁が隔てているのにも拘わらず。
熱くはない。炎のように揺らめきながら燃え盛って見えた身体は、一旦足を床に着いた途端に止まった。鹿のような麒麟という想像上の動物を象っている。
聖獣サクメイだ。
───久しぶりだな ミストリアの賢者よ
「ああ、この前会ったのはルークが生まれた時だな。祝福をくれたことに改めて感謝する」
ただレイナの時には来なかった。
彼女の霊格値は、ルークとは比べるべくもないからか?
とはいえ人並みを超えてソフィアぐらいはある。例の賢者には要注意だ。
───礼ならば イーリスに言うのだな
「ああ、無論イーリスにも言う」
───そんなことより 女王から 何か聞いたか?
「いや」
───だとしても 汝のことだ 気付いているとは思うが
───超獣巨大化傾向は 人間が災厄と呼ぶ出来事が 近付いて来ている兆候だ
「ああ、およそ400年周期らしいな」
───そのようなものだ
───そして今回は4期で循環する ਕਅਲਪਅの3期目に当たる
カルパ……古代エルフが使っていた時間の単位か。
───妾を持ってしても プロモス一国を抑えるだけで精一杯だ
「ほう。他の地は、あんたでも無理か?」
───そうだな 超獣昇華は新たな超獣を呼ぶからな
「それは興味深い話だ」
統計的に有意とは思っていたが、どうやら物理的な因果関係がありそうだ。
───西方諸国は誤算だったな
「誤算? つまり、災厄は西方諸国で起こるということか?」
───汝 どこまで知っている?
「超獣は人間を殺して霊格値を奪う。それが出現の理由だ。最たる手段が昇華。故に超獣は都市での昇華を目指す、効率の良い終焉の地として」
全く忌まわしい話だ。
───王族にでも聞いたか?
「いいや」
主に古代エルフの遺産から解読した内容と、賢者会議から提供される資料を合わせて分析した結果だ。
それにしても。王家に聞いたかとはな。
王家がその筋の情報を持って居ることは正しいだろう。しかし、各国の王家が共通するのであれば、特別な伝承があるというのは嘘だな。
おそらく伝える第三者的組織があるのだろう。それが何者なのかおおよそ目星は付いているが。
───では?
「古代エルフの伝承として記録されていた」
───ふむ それで 超獣の対応が国として分かれていることを知っているか?
「我がミストリアや周辺諸国は、超獣駆除や撃滅を積極的に行い、犠牲者を抑えてきた」
そのために上級魔術師を養成し、爵位を与えるなど優遇すらしてきたのだ。
───西方諸国は?
「城壁を高く厚くすることで超獣昇華の被害を防ごうとしている。人間が死なぬ限り、霊格値は奪われることはないとでも考えているのだろう」
確かに昇華に臨んでも、生きていれば霊格値は大して下がらないし、下がったとして一時的で復帰するからな。しかし、その昇華の波動を浴びることで、ローザやアリーのように昏睡状態になったり、もっと酷ければ衝撃で亡くなる者すら居る。
───ふむ よく学んでいるようだな
───どちらの国も間違っては居ない 超獣が巨大化しなければな
そう言うことだ。
優秀な魔術師養成というのは不確実だ。我がミストリアですら、賢者と成れる程度の実績が上げられるのは一時代に数名。ならば人間ではなく設備に金を掛けた方が確実と考えられなくもない。
「それが誤算だったということだな」
体長100ヤーデンを超す巨大超獣は、その西方諸国が築いた防御壁をなんなく壊して多数の犠牲者を出しているからだ。
───やはり汝は 魔術だけではなく 知力も備えるのだな
普通の推論だろう。
「何が言いたい?」
───汝を見込んで 頼みがある
† † †
「お疲れ様でございます。猊下」
白地に蒼い刺繍が鏤められた聖衣に身を包み、三重冠を被った男が、小さな聖堂に入ってきた。
「ああ」
言葉少なに、出された水を呷る。
光神教団の頂点、信徒5千万人の拠り所、教皇領の元首は少し肩で息をしていた。説話を終え疲労も有るだろうが、表情に影はない。
「予定していなかった祭儀でしたが、あのように人数が集まりました。プロモス人の信心は篤いですね」
「うむ。光神の思し召しだな。そなた達には苦労を掛けたがな」
「ああ、いえ。早速移動の準備を致します。では……ああ、枢機卿、お疲れ様でございます」
腹心であろう神職と入れ違いに、紅い肩掛けを着けた大幹部が入室してきた。彼は、教皇の顧問にして次期教皇の選挙権を持つ者。全世界に数十人しか居ない枢機卿の1人だ。
十秒程無言で教皇の顔を見つめた。
「いよいよ明日は、カゴメーヌに着きますな」
皆が知り抜いている事柄で切り出した。
「いかにも」
「ようやく御執心の者に会えるということですな」
枢機卿へ一瞥を呉れたものの、すぐには答えず水差しから手元の杯に注ぐ。そして今度はゆっくりと口元へと運んだ。
「気に入らないのかね?」
訊き返した。
「はて、会ったこともない者ゆえ、特段の好悪はございません」
「流石はアマデオ枢機卿、神職たる者そう在りたいもの……平時においてはな。もはや世界にそれほどの余裕は無いのだよ」
アマデオと呼ばれた男は、瞑目して少し見上げた。
「余裕がないのであれば、なおさら。前にも申し上げましたが、西方諸国の賢者を糾合するというのは?」
「それは、冬の烈風に晒された者から外套を取り上げるようなもの。応じる国が、どれほどあると思うかね?」
「ネフティス王国ならばあるいは。後は猊下の威信を持ちまして」
「一旦集めることはできよう。だが、集めた者の留守に事が起これば、それにて瓦解だ」
反論が途切れる。
「国の元首はそうでしょうが、当の魔術師はそうではありますまい。現にマグノリア騎士団の中でも、我こそはと申し出ている術者も居りますゆえ」
マグノリアとは、教皇領首都の名だ。ちなみに、教皇は歴史的にマグノリアの司教とも呼ばれる。
教皇は、枢機卿を見遣る。
「卿はレガリア出身だったな」
一瞬枢機卿の眉間に皺が寄る。
教皇領とは、レガリア王国内にある領地である。王国は、光神教を国教としており、自ら保護国と任じている。レガリアに取ってみれば、教皇領は寄進した土地である。そんな単純ではないと書かれているのが、良心的な歴史書だ。
「私の出身は関係ありません。ですが、彼らは違います」
先の騎士団も半数はレガリア出身だ。
「国という箱は、方便として有用な面もある。しかし、その境を越える事象を忘れてはならぬ。こたびは第3カルパゆえ1国が滅ぶだけでは済まぬ可能性もある」
「承りました。ですが、明日は虚心に面談して頂きとう存じます」
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訂正履歴
2021/03/24 若干加筆,表現変え
2022/01/31 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




